アウグスト公爵(ハンネス視点)

 ★170話のあとのおはなし


 私はハンネス。魔法と召喚術を使う魔導師で、侯爵級悪魔キメジェスと契約している。現在はヘルマン・シュールト・ド・アウグスト公爵の庇護を受けていて、王都にある公爵邸に住まわせてもらっている。公爵邸には魔法実験施設やたくさんの蔵書を誇る図書館があり、好きに勉強をさせてもらえて、有意義な生活だと思う。

 アウグスト公爵は魔法関係の事にとても興味を持っていて、気に入った者への助力を惜しまない方。そんな公爵の援助を求めて、多くの人達がやってくる。面会が叶うのは、その中でもほんの一握りしかいないんだ。


 普段は穏やかで好きなものには少年のような情熱を燃やす公爵が突然、登城すると言い出した。いつもなら先触れを出すのに、今朝は本当に唐突だ。こういう時は、危険なんだよね。先日の報告に怒っているんだろうな。よりにもよって、あのイリヤさんの家を捜索しようとしたなんて……。

 レナントが滅びたって報告じゃなくて良かった。そのくらい危険だ。


 私とキメジェスも供をする事にし、一緒に王城へ向かった。こういうのは苦手だけど、どうも悪い予感しかしない……。

 馬車に乗って堀に掛けられた橋を渡り、門番を労いつつ通り過ぎる。そこまではいつも通り、にこやかだ。

 ドアが開き、馬車を降りると速足で歩きだした。

「公爵閣下、如何されましたか?」

「陛下に用がある」

 近くにいた者が慌てて来て尋ねるが、速度を緩める事なく廊下を進む。これは怒っているなと、慣れている者ならすぐに解る。

「陛下におかれましては、現在謁見を終わらせたばかりでして、お疲れのようですので少々こちらで……」

 まずは落ち着いてと、言いたいんだろう。

 全く聞く耳を持たずにズンズンと広い廊下の真ん中を進んで行き、命令して扉を開けさせ、国王陛下の居室に堂々と乗り込んだ。そしてわざとらしいほど恭しくお辞儀をし、挨拶を始める。陛下も警戒されているな。


「これはこれは国王陛下、ご機嫌宜しゅうございますな。陛下の治世のもと、私も楽しく過ごさせて頂いておりますよ」

 陛下は公爵よりも年下で、従兄弟同志だ。仲がいいのだけれど、色々と秘密や失敗を握られていて、陛下はアウグスト公爵に弱いらしい。

「今日はどうしたのだ、使いも寄越さず」

「ハハハ、陛下。使いを寄越さなかったのは、そちらでございましょう。私の庇護する職人の工房を捜索しようとは、全く寝耳に水でした。いやはや陛下の御威光は今や目を見張るばかり、平民一人捻り潰すなど造作もない事でございますからな!」

「何の話だ、公爵。私はあずかり知らんぞ、まあ落ち着け」


 そうだろうなあ。わざわざ国王陛下にお伺いを立ててなんて、いないだろうな。金の縁取りのある黒いコートを着たキメジェスが、始まったかと茶色い瞳で公爵を見た。アウグスト公爵には、国王陛下をイジメる悪癖があるんだ……。

「知らない。ご存じありませんでしたか。それは失礼、陛下の初恋のあの方も、陛下の恋心を全く知らずにおりましたからな。告げぬことは解らぬものです。知らないというのも、いや罪深い」

 陛下の侍従も、この人こうなったらすぐには止まらないからなあと、諦めた様子で眺めている。


「ぐぐ……。ともかく、下の者が勝手にやった事だ。まずは話を聞いてだな……」

「ほうほう、下の者が。陛下の二度目の恋の時もそうでしたな。自ら話しかけられぬ陛下に代わり、周りの者が気を使ってお膳立てして。陛下はそれを、私は関係ない、迷惑をかけてすまないと仰った。あの方は陛下が自分を迷惑だと思っているのだと勘違いし、他の男性との婚約を決めました。満更でもなかったんですがねえ」

 笑顔でスラスラと出てくる。さすがだ。何度も責めてるんだろうな。


「それは反省した……。もうその話はしないでくれ。職人の件、後で詳しく事情を聞いておくから」

「あとで、後ですか。陛下の三度目の恋の時もそうでしたな、後でと言っているうちにやはり他の男性に奪われた。後にするのは良くないでしょう、もう身に染みていらっしゃると思いましたがなあ!」

 どう弁明しようにも、失恋話と結び付けられる……。これは辛いぞ……。


「公爵さま、もうその辺になさっては……」

「ハンネス、相変わらず人がいいなあ」

 ちらりとこちらに顔を向けた公爵は笑顔なんだけど、なんだろう。やっぱりまだ怒ってる。頷いて再び陛下に視線を戻した。ボタンとして宝石を使用している豪華な衣装に身を包んだ陛下が、畏縮して小さくなっている……。


「陛下、捜索に当たろうとしていたのは、トランチネルに召喚され甚大な被害を及ぼした地獄の王を、送還に導き解決に尽力された方の御宅ですぞ。感謝こそすれ、謀略の片棒を担ごうなど言語道断。未然に防げなかった、陛下にも非があります。違いますかな! 違いませんな!?」

「違わない!!」

 もう泣きそうな勢いで声を張り上げる国王陛下。


「恩人の危機とあっては、フェン公国が黙っていないかも知れませんなあ。さらに、ノルサーヌス帝国の魔導師と契約している地獄の侯爵は、あの職人の契約している悪魔に付きますぞ。キメジェス殿、職人に何かあり、かの悪魔の怒りに触れたら、貴殿はどうしますかな?」

「俺か? 俺はあの方に従うし、敵対は有り得ん」

 でてきた、段々話が大きくなるぞ。過去の暴露や責めから、未来の危機まで語り出す。どんな展開が待っているのやら……。

「公爵、もうわかった。すぐに調査して責任を追及する」

「戦争になれば、私は隠遁していれば良いのですが、陛下はそうはいきませんでしょうな。なにせ我が国の誉れある国王ですから、ああしかし、戦乱の機に乗じて、ニジェストニアは奴隷狩りをするでしょうなあ。隣国の都市国家ダルゴは静観でしょう、ワステント共和国の動きは読めませんが、ニジェストニアは攻めるとなると早い」


 いつ戦争の話にまで!? ここでいったん溜めた。くるぞ、とどめの一言だ。

「陛下は国王から奴隷へと、類い稀なる変貌を遂げられるかも知れませんなあ! 歴史に残れますぞ!」

「私が悪かったあああァァ!」

 国王陛下が公爵に縋りついている……。

 庇護すると言ってくれた時に、王家にも国にも手出しをさせないと言明した言葉を、そのくらいの気持ちで守ってくれるという決意だと思ってたんだけど、まさに言葉の通りだった。公爵と子供の頃から一緒に過ごした陛下は、何故か未だに公爵に頭が上がらないのだ。


 これで気が済んだようで、公爵は侍従に陛下は具合が悪そうだから、何か飲み物でも出してやれと告げた。清々しい程、自分の責任だとは思っていないようだ。

「ではこれで。一週間後にまた参ります、正しい判断を期待しておりますぞ」

 すっかりご機嫌で踵を返した。陛下と公爵の表情の、落差がスゴイ。

 やっと帰ってくれると、侍従たちはホッとした表情をしている。直ぐ帰れとばかりに扉を開けて、お辞儀をして退室を促す。

「失礼いたしました、偉大なる我らが国王陛下」

 なぜか慇懃な態度まで、脅しのようだ。


「誰だヘルマンを怒らせたバカ者は!! 今すぐここに呼んで来い!!!」

 廊下を歩き始めた時、国王陛下の雄叫びが聞こえた。ヘルマンは公爵の名前だ。誰に騙されてそんな事をやったんだか知らないけど、仕出かした人に同情するよ……。キメジェスも苦笑いしている。

 私達には優しい公爵なんだけど、何故か国王陛下にだけは意地が悪い。だからと言って、普段の様子は嫌ってるようでもない。せめて好きだからイジメたいだけ、だと思いたい……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る