◆年の瀬の行事(ベリアル視点)

 人間界の暦の一年が終わろうとしておる。

 さすがに北に位置する国だけあり、先日は雪が降りおった。


「かっか、おうちはどこですか? おそうじ、イリヤ手伝うですよ」

「我の宮殿は地獄にある。そなたは来られぬよ」

「イリヤ、行かれないですか。じゃあ、かっかがイリヤの村に来る? あさってねえ、イリヤの村ではお祭りです! みんなでスープを作るんですよ。おっきいお鍋にね、たくさん作るの。おだんごも食べられますよ」

 掃除の話ではなかったのかね。小娘はすぐに食べ物の事にすり替わる。

 どうやら村で年の瀬の行事をするらしいが、そのようなみすぼらしい祭りに我が参加するわけがなかろう。


「我は行かぬぞ」

「むうう。先生は~?」

 そう聞きつつ、我の膝に座りおった。我は火の属性であるから、暖かいと喜んでおる。椅子の次は暖房扱いかね!

「閣下がいらっしゃるのならお供をさせて頂くが、閣下が参加されぬと申しておるからの。遠慮させてもらうぞい」

「え~! じゃあかっか、来て下さい。かっかも先生も来ないんじゃ、つまらないです。イリヤもおだんご、まるめるお手伝いをするんですよ。かっかにはとくべつに、おっきなおだんごを作ってあげる!」

 そんなもので、この我がつられると思うのかね!

「いらぬわ!」

「ぶーぶー!!」


 次の日小娘は祭りの準備があるといい、ここには現れぬ。

 来て来てと、散々騒ぎ散らしておったわ。

「……クローセル」

「ここにおりますぞ、閣下」

「小娘に、手土産を用意して参れ」

「はは」

 どうも言うだろうと予想していたような返事である。クローセルはすぐに飛んで、町へと向かった。


 祭りの当日、我らは昼過ぎ頃に小娘の村へ向かった。村人たちが広場に集まっており、大きな鍋が火にかけられておる。器を持って行く者に、近くにいる女が具のたくさん入ったスープを盛り、渡しておる。

「あ~、かっかです! お母さん、かっかがイリヤのおだんご、食べに来たよ!」

 小娘が……ッ! 我を物乞いのように言うでないわ! そなたの団子なぞ食べに来んでも、いくらでも好きなものを食せるわ!!


 小娘の母親は我の方へ慌ててやって来て、すぐに頭を下げた。見ろ、これが正しい反応というもの。

「いつもお世話になっております。今日はわざわざ来て頂いてありがとうございます。大したものはありませんが、是非召し上がって行って下さい」

「うむ、しかし我は立って食事をするような真似は好かぬ」

「かっか、我ままです。今日はみんな、おそとで食べる日ですよ。火の近くだと、あったかいです」

「イリヤ!!」

 すぐに母親に窘められておる。当たり前である、我に対して不敬なのであるからな。クローセルの指導はまだまだ甘いわ。


「閣下、私がスープを頂いて参りましょう。イリヤの母御よ、閣下に椅子を用意するように」

「はい、ただいま」

 二人はすぐ行動に移した。クローセルは少し離れてから持って来た手土産を、母親に渡しておった。小娘は笑顔でこちらをじっと見ておる。

「かっか、こっちこっち」

 我の手を引いて歩き始めた。待っていなくて良いのかね。まあ小さな村であるからな、何処にいるか解らぬような事にはなるまい。


 焚火の近くのテーブルに大きなトレイが置いてあり、団子が並べられておった。大きさがまちまちで、形も丸というには歪である。子供たちに丸めさせ、砂糖をまぶしたものであるな。これを好きにとって良いようだ。

「む~、どれがイリヤのおだんごか解らなくなっちゃいました」

 ところどころ取られて空白の場所のある団子をじっと眺めておるが、さすがに解るまいよ。

「そなたは食べぬのかね」

「さっき、いっこ食べました。おいしいですよ。かっかとも食べます」

 そう言うと二個の団子を選び、両手に一個ずつ持つ。

「おっきいの、選んだよ。一緒に食べるです!」

 手掴みではないかね! 皿すらないのか……。これを地獄の王に献上するとは、なんとも不遜であるな……!


 焚火に当たっている子供らも、素手で団子を持って立ったまま食べておるではないか。小娘と共にいる我を見て、誰だろうと隣にいる者とヒソヒソ話しておる。

 小娘は見られているのもおかないなしに、先ほど居た場所に向かって歩き出し、団子を持ったまま先導するように我の前を歩いた。


 脇から突然、図体のでかい大人がドカドカと歩いて来て、小娘にぶつかる。

「ふきゃ!!」

「うおい、あぶねえなあ!」

 はずみで小娘は横に転び、団子は二つとも地面を転がった。コロコロと近くにいる人間の足元まで行ってやっと止まる。男は団子を一つ拾い上げながら、小娘にぶつかった男を睨む。

「おい、よそ者でも参加していいが、飲み過ぎて子供に怪我をさせられたりしたら迷惑だ。もう帰ってくれ」

 どうやらぶつかって来たのはこの村の者ではなく、祭りに参加してただ食いをしているだけの者のようである。腰に剣を佩いている事から、冒険者か何かであろうな。


「イリヤのおだんご……」

 起き上がって転がったもう一つの団子を目にし、小娘が涙目になっておる。

 冒険者の男は足を上げ、腹いせとばかりにそれをわざと踏みつけおった。

「おっと悪いな、踏んじまったなあ!!」

「おい、なんて事をするんだ!」

「どうせ食わねえだろ、地面に落ちた団子なんぞ。それとも貧しい村では、そんなものまで食うのかよ」

「そう言う問題じゃない、これは一年の実りに感謝する祭りなんだ! 粗末にするなんて、とんでもない!!」

 注意されたことに腹を立てたようで、村の男と大声で言い合いになっておる。異様な雰囲気に、何事かと近くの者達も集まり始めた。


「ふええええん!! イリヤのおだんご~!!!」

 泣きだしてしまったではないか!! 人間が解決するのならと我慢しておったが、我が眼前でこの我の契約者に無体を強いるなど、許されるわけがないわ!!

 冒険者の男は顔が赤く、酔っているのは明白である。出て行けという村人に、剣を抜いて突きつけた。

「客に出て行けとは、どういうことだ!」

「おい、こんなところで剣を抜くなんて……」

 さすがに村人はたじろぎ、観衆からきゃああと悲鳴が上がっておる。


「……そなた、小娘に謝罪をするのが先ではないかね」

「ああ? 何だテメエは……」

「なんと……閣下に対し、何たる口の利き方を!!」

 クローセルが来てしまったわ。小娘は泣きながら我のマントを掴んでおる。それで顔を拭いてはならぬ!

 冒険者の剣は一瞬にして凍り付き、冷たさに持っていられなくなり、地面に落とした。すかさずクローセルから氷のつぶてが発せられ、冒険者の体のあちこちにぶつかり、その場に尻餅をついた。

 小娘の前であるから、クローセルも怖がらせぬよう遠慮しているのだな。


「ひ、ひえ……」

 さすがに一気に酔いも醒め、危険な状況だと判断したようである。

「申し訳ありませんでした……!」

 土下座して謝り、一目散に逃げて行きおった。

 村人たちはその様を見て、喜びに沸いておる。


「ありがとうございました、剣を持って暴れられたら対処できないところでした。イリヤちゃんの知り合いの方で?」

 先ほど小娘を庇った男が、我に礼を言いに参った。

「そんなところであるよ」

「そうでしたか、どうぞごゆっくり楽しんで下さい。イリヤちゃん、お団子はまだあるから、大丈夫だよ」

「ふにゅう……」

 なんであるかな、その府抜けた返事は。


「イリヤ、怪我はない? すみません、本当にありがとうございました」

 小娘の母親が小走りでやって来て、持って来た椅子を置き小娘を抱きしめた。

「ふええ……、お母さぁん、イリヤとかっかのおだんご、地面に落ちちゃったの……。おじちゃんひどいの、おだんごをふんだんだよ」

「怖かったわね。大丈夫よ、お団子はもっとあるわよ。でもね、先生がケーキをくれたの。みんなで食べるくらいあるから、まずはケーキを貰いましょうね」

「ケーキ!! ケーキがあるの!?」

 先ほどまでグスグスと泣いておったのに、もう泣き止んで喜んでおる。本当に食い意地が張っておるな。クローセルも笑っておるぞ。


「いちご、のってる?」

「いちごのケーキも、チョコレートのケーキもあるのよ」

「チョコレートは大人用?」

「子供も食べていいのよ。たくさんあるから、早く行って好きなのを選びましょうね」

「うん!!」

 小娘は母親とケーキを取りに行った。更に小さな女児も連れておるな。アレが妹であるかな。


「あっ。かっかのおだんご、先に持ってこなきゃなの。イリヤ、落としちゃったから……」

 ええい、いちいち落ち込むでないわ。

「団子なぞいらんわ。そなたが食しておれ」

「イリヤ、ちゃんと持ってられるもん」

「……見ておれ、小娘」


 我は扇の形に火を出し、水平に振った。炎が扇の後に残り、オレンジの線が出来る。それを金の粒にして散らし、手首を返して上に拡散させた。キラキラと光のように揺らめいて、クルリと一周回りしトンと片足で地面を蹴ったのを合図に、赤い炎を噴水のように噴き出させる。

 そして扇を焚火に向け、煙突のように火を高く伸ばした。昇ったところで口を開かせ、あたかも火の龍が焚火から飛び出して昇天するようにして消していく。


「どうであるかね」

「わああ、かっかスゴイです! きれい!!」

 小娘が拍手したのを皮切りに、他の者共も割れんばかりの歓声と拍手、惜しみない賛辞を浴びせる。当然である、我の舞いは皇帝サタン陛下に披露する為のものであるぞ。それを僅かとはいえ目にする機会をやったのだ、身に余る光栄であろう。

 

 小娘がケーキを取りに行ったので、我は小娘の母に用意された椅子に座り、クローセルが持って来たスープを飲むことにした。氷を扱う間は、近くにいた者に持たせていたようである。あまり冷めておらん。村の者どもが感謝と感動を伝えに来て、また祭りに来て欲しいと懇願された。

 まあ我は地獄の王である故な、隠しきれぬ高貴さが漂っておるからな。

「どうぞ、村の者が作ったお酒です」

 おお、振る舞い酒か。手作りの果実酒であるが、なかなか良い味だ。

 村長とやらが挨拶に来たので、クローセルに相手を任せた。ケーキを手にした小娘が、笑顔でやって来る。転ぶでないぞ、そなたはすぐに泣く。

 全く迷惑な小娘である。

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