イリヤの妹エリーと、婚約者のリボル・後編(リボル視点)

 数日経っても話が進まずに、焦るだけで時間が過ぎていく。

 説得しようにも、聞いてももらえない。途方に暮れていると、村で熱を出して倒れた人が居て、トビー先生が往診に来てくれた。先生は体の弱い僕の母親を気にかけて、わざわざ訪ねて来てくれた。

 今回は母は大丈夫なんだ。そうだ、先生に相談してみよう。いいアイデアを教えてもらえるかも知れない。


「先生、病気とは関係ないんですが、相談があるんですけど」

「なにかな? 答えられるか解らないけど、聞くくらいなら」

 良かった。家にあがってもらい、お茶を出した。客間には額に入れた絵が飾ってあり、棚の上のガラスの花瓶に、花が活けてある。

「実は、結婚を反対されていて……。理由は相手が片親なのと、家が釣り合わないってことなんです。どうしたらいいですかね」

 僕の問いかけに、先生はうーんと首を捻った。

「そうか、村長さんの家だもんなあ。プライドがあるかぁ……」

 周りから見てもそうなのかな。広い果樹園では、村の人を数人雇用したりもしている。でもそうなると、僕の相手ってこの辺りで探すには、ものすごく限られちゃう気がするんだけど。


「でも、エリーさんは最近お姉さんを亡くされて、母親と二人だけになってしまったんです。僕が力にならなきゃ……」

「そっか。母親と娘、お姉さんは最近亡くなった。……ん? それってもしかして、イリヤの妹?」

「確かエリーさんが、イリヤお姉ちゃんと呼んでました。そうだ、薬を貰いましたよ。もしかして、お知り合いですか?」

 薬を作っていたんだし、同じ先生の弟子だったりするのかな。僕が尋ねると、トビー先生は頬を引きつらせた。


「家格が合わない~? イリヤの家と? アホな事言うなよ、イリヤと言えば貴族ばっかの魔法養成所に入ったって、有名になったじゃないか。しかも宮廷魔導師見習いになって、エリート街道まっしぐら。今度は魔法養成所で先生もしてたんだぞ。それが討伐中の事故で死んだもんだから、領主様がペコペコしながら国から派遣された偉そうな人を案内して来たよ。その偉そうな人が神妙になって、事情を説明して謝罪してったんだぞ」

「えええ? 噂には聞きましたけど、まさか…!?」

 あの、とんでもない天才がこんな山の中から出たって、大騒ぎになってたその人⁉ エリーさん、何にも言ってくれてないんだけど……!


「俺も気になって家の様子を見に行ったんだけどさ、高貴な騎士の方々まで弔問に訪れてなあ。死亡退職金がたくさん入るはずだから、心配なら我が家の領土に住宅と護衛を用意する、なんて申し出まであったくらいだ。どうもすごい薬をたくさん作って、騎士団に感謝されてたらしい」

 こんな田舎まで、そんな高貴な人がわざわざ訪問してくれるものなのか? しかも家と護衛を用意するって、どんな待遇⁉ もしかして引っ越しちゃったりしない?

 むしろ僕が邪魔になりそう……。

 トビー先生はお茶を飲み干してから、また話を続けた。

「魔法研究所からも何か届いたとか、あっちの村長は大騒ぎだよ。合わないなんてとんでもない、質素に暮らしてるけど向こうだって金持ちだろ。なんせイリヤの給料は、一ヶ月でここらの奴らの一年分以上だったろうから」

「一ヶ月で……」

 さすがに宮廷に仕える人は違う! しかも魔導師は、みんなの憧れの職業の一つだからなあ……!


「てか、イリヤの薬を貰ったんなら、俺のなんていらないじゃん。よく効いたろ、なんてったって宮廷魔導師見習いの薬だ。それを知ってる商人が、手土産持ってイリヤの家に買い取りに行くほどだからなあ」

「そんなにスゴイんですか」

 飲んでもらえなかったなんて、言える雰囲気じゃないぞ。頭がおかしいと思われそうだ。そんな立派な人が作った薬なんて、普通はどう巡って巡っても、庶民の手には渡らない。


「イリヤはさあ、小さい頃に森で困ってた貴族を助けたらしいんだ。それで気に入られて、その貴族に仕える魔導師が色々指導してくれた。だから、この国の貴族の魔導師にも引けを取らないようになったんだと思う。俺もその人達に会った事があるけど、もう全然違うよ。貴族の中でも偉い人なんじゃないかな。そんな人がなんで、こんな山の中にいたのかは知らんけど」

「貴族の魔導師の指導……」

 スケールが違いすぎて、想像がつかない。すごい魔導師って、どんなことが出来るんだろう……。

「あのイリヤが簡単に死んだなんて、遺体も出てこないんじゃ俺には到底信じられない。その内ひょっこり帰って来るんじゃないかって、そんな気がするんだ」

 トビー先生は少し遠くを見るような、寂しそうな目をした。

「……まあ、認めたくないだけかも知れんけど」

「何かの間違いだったら、一番いいんですけどね……」

 そうだったら、エリーさんも悲しまなくて済むのにな。

 カタンと物音がして気になって振り向くと、父が呆然と突っ立っていた。どこから話を聞いていたのか、ポカンと口を開けている。トビー先生も気付いたみたいだ。


「あ、聞いてたならちょうどいいや。いい縁談だから受けた方がいいけど、手遅れかも知れない。家をあげるって申し出を断ったら、妹さんに出入りの商人や土地の名士を紹介する事も出来るって、提案されてた」

「えええ……っ、は、早く行かなきゃ!!」

 余計な事をしてくれるなあ! そんなにいい話があるなんて、たかが小さな山間いの村の村長の家なんて、比べ物にならないじゃないか……!

「お、俺も一緒にいく……」

 父親が狼狽えながらも付いて来た。状況が呑み込めていないらしい。僕だって、寝耳に水すぎて訳が分からないよ!


「……でも、婚約者がいますって断ってたけどね~」


 バタバタと飛び出した僕に小さく呟かれたトビー先生の言葉は、届いていなかった。



 エリーさんの村に着くと、彼女の家の前に高価そうな馬車が止っていた。近くには御者と護衛らしき人が二人立っている。

「あ、あの……この家に用があるんですけど……」

 どう見ても家の人じゃない事は解るんだけど、思わずお伺いを立ててしまった。これは聞いたとおり、訪れているのは貴族だ……!

 普段は堂々としている父まで小さくなっている。

「失礼、主が面会しております。少々お待ち頂けますか」

「はい……」

 他に返事のしようがない。

 比較的狭い家だから、中から会話は漏れ聞こえていた。


「イリヤ様のお陰で、騎士を続けられたのです。ご遺族の皆様に何かあればイリヤ様が悲しまれます、心配事がありましたらいつでも相談してください」

「この辺りの領主にでも言えば、すぐ連絡を付けてもらえるはずだ。俺は第二騎士団団長、ヴィルマル・ニコライ・アルムグレーン」

「団長、ずるいですよ!」

「こっちに届けてもらう方が早いだろうよ」

 様付けですよ……

 しかも騎士団長なんて、偉そうな人が来てますよ……

 父もすっかり固まっている。声が途切れると、バタバタと歩く音がした。どうやらこれで話は済んだらしい。

「わざわざありがとうございました」

「いや、こちらこそ……、力になれず申し訳ない。お見送りして頂き、感謝します」

 エリーさんの母親が弱々しい声で貴族のお客さんを外まで送り、頭を下げる。エリーさんも一緒だ。


 先ほどまでは二人の声しかしなかったけど、もう一人の姿があった。高価なローブを着ているし、やはり貴族の魔導師様なんだろう。

「イリヤ先生と同じ宮廷魔導師見習いになって、ともに仕事をする日を楽しみにしていたのに……」

「ウォルテル殿はイリヤ様の生徒でしたね」

「はい、とてもお世話になりました。ところで、あちらの方は?」

 気付かれてしまった。隠れていたわけじゃないんだけど。

「リボルさん! あの、私の婚約者のリボルさんです。そちらはお父様ですか?」

 エリーさんが僕に顔を向け、にこやかな表情をする。しかも婚約者と紹介してくれた。これは嬉しい。

「は、はい! 愚息がいつもお世話になっております」

 背を伸ばしてまっすぐ立って、父は新兵みたいな態度になった。

 団長と呼ばれている壮年の筋肉質の男性は顎に手をあてて、僕のつま先から頭までじっくりと視線を巡らす。


「う~ん、頼りないな。なんなら騎士団に入団させてもいいと思ったんだが」

「団長、我らの第二騎士団は最も危険ですよ。イリヤ様の関係者の方に、危ない思いはさせられません」

 騎士団は無理ですよ……! 殴り合いのケンカすらした事ないんだから。

「魔力が少なそうなんで、魔法関係の仕事も無理ですね。宮廷魔導師見習いになれば信用が大きいですし、色々斡旋できるんですけど」

 それも絶対無理な仕事ですよ!

 確かに話のスケールが違う。この魔導師様は宮廷魔導師見習いになれることが、決まっているようだ。魔法養成所から毎年何人か選考にあがるらしいけど、誰も選ばれないときもあるとか。


 彼らはいづれ彼女と仕事をともにしていた宮廷魔導師も訪れるだろうと、告げてから去って行った。見習いではなく、宮廷魔導師様!

 王都の式典を見学に行って、遠目にやっと見ることができるような御方だ。

 家に帰っても呆然として黙ったままの父親の態度に、家族はどうしたんだと僕に問いかけてくる。エリーさんの家でのことを皆で食事している時に話したら、皆の手が止まって、食べ終わるまでにご飯は完全に冷めてしまった。

 さすがに家族の誰も結婚に反対しなくなり、それどころかエリーさんの家の話が出ると全員が身構えるようになった。

 結婚式には、どこまでお呼びしたらいいんだろう……。

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