男爵領のドラゴン(セビリノ視点)見習い時代

 正式に宮廷魔導師に就任してから、一年ほど経った。

 父から、我がアーレンス男爵領にドラゴンが現れたとの知らせがあった。

 ドラゴンは中級。隣にあるバックス辺境伯が魔導師を出して確認してくれた為、これは間違いがない。本来は辺境伯が協力して下さるので、中級ドラゴンならば恐れる必要などない。しかし運悪くあちらの領地には、さらに強力なドラゴンが目撃されたのだ。厳戒態勢になっているとか。

 ブレスの防御魔法が使える者を含んだ部隊を貸して頂けたとはいえ、我が領の兵では、ドラゴンの相手は心許ない。休みを申請し、私は実家である男爵領に戻ってドラゴン退治に協力しなければ。

 宮廷魔導師なんて宮殿で威張っている輩も、こんな時には命令がない限り動こうとしない者ばかりだ。


「セビリノ殿、ドラゴンが出たそうですね」

「イリヤ殿。退治に行って来ます」

 いくら魔法に長けていても、ドラゴンの相手はしたくないものだ。魔物退治をこなしているとはいえ、わざわざ男爵領まで来て手伝ってはくれぬだろう。

 と、考えたのだが。

 彼女は両手を握り、少し考えてから思い掛けない提案をしてきた。


「あの、ご迷惑でなかったら、同行しても宜しいでしょうか」

「……それは勿論構わないが……、危険では」

「承知の上です! 実は、ドラゴンティアスを使いすぎて、しばらくは申請しても支給してもらえないんです。命令で退治に行くのでなければ、ドラゴンティアスは倒した人の物にできますよね。分けて頂きたくて」

 ……確かにドラゴンティアスは魅力だが、その為に討伐に参加すると?

 ニーズヘッグの時といい、彼女は危険に飛び込むことに躊躇ためらわないのだろうか。その調子ならろくに戦いを知らない貴族の魔導師など蹴散らせそうだが、どうも魔物より苦手なようだな。不思議な女性だ。


「分けるのは構わないが、怪我をしても責任は持てない」

「はい。自作のエリクサーを持って行きますね」

 体に欠損を作るような予定でも? さすがに、女性にそこまでの怪我を負わせるわけにはいかない。私が気を付けねば。

 彼女の休みは私が申請し、私達は早速準備して、ともに男爵領へ向かう。


「急いで行こう」

「はい!」

 空中でそう告げると、イリヤ殿は元気に返事をして、スピードを上げた。いくら何でも、これでは追い付けない! そうだ、ワイバーン討伐の時に解っていたではないか。彼女の飛ぶ速度には追い付けないと。

「イリヤ殿! 速すぎます!」

「あ、すみません」

 後ろを振り向いて、私が遅れていると気付いたようだ。自分が速いとの自覚がないようだな、恐ろしい。先に行っても男爵領の正確な位置は、知らないのではないか、彼女は……。


 とにかく急いで男爵領へと飛び、まずは父と母の元へ行った。現在の正確な状況を聞く為だ。イリヤ殿には付近の町にある喫茶店で待ってもらう。

 自宅に戻ると、両親は安堵した表情で私を迎えてくれた。

「良く戻った、セビリノ。我が領のドラゴンは抑えられている。だが……」

「バックス辺境伯の領地に現れた個体ですか?」

 私の問いに、父は大きく頷いた。

「得体の知れぬドラゴンだ。火を吐くが、水属性の攻撃魔法の効果が弱いらしい。魔法全般に耐性が強いのか、それとも弱点ではないのか……」

「ふむ……、火を吐くとあらば、通常ならば水属性が最も効果を表すはず。奇妙ですな。我が領のドラゴンを退治しましたら、すぐにそちらへ向かいます」


「気をつけるのよ、セビリノ。こちらのはストームドラゴンらしいけど、油断は大敵ですよ。辺境伯の方のドラゴンは危険なら無理をせず、国の討伐隊を待ちなさい」

 母上も心を砕いて下さっている。用意してくれていたのであろう、上級のマナポーションを渡された。裕福ではない我が家には、決して安い買い物ではない。あまり心配を掛けないようにしなくては。

「ご安心を。ドラゴンティアスを手に入れてみせましょう」

 これでいいだろう。イリヤ殿のあの申しようは、とても心強かった。これで両親も緊張から解放されるに違いない。

「……魔法バカが加速した」

 父上の発言の意図が掴めぬ。何故かガッカリされているような。


 私はイリヤ殿と合流して、まずは我が男爵領のストームドラゴンの所へ向かった。移動の最中に、二体のドラゴンについて聞かされた説明は伝えておいた。

 広い荒れ地でスーフル・ディフェンスを使ってブレスを防ぎ、戦っているのが視界に入る。これならば問題はないな。兵達を守る為にスーフル・ディフェンスの範囲が広くなるから、三人の魔法使いが協力しているな。

「三人で同じ魔法。勿体ないですね」

「全くです。しかし彼らの限界でしょう」

 通常はこんなものだ。一人二人にかけるならともかく、広く防御しようと思うと、どうしても多くの魔力が必要になる。そしてその防御を一カ所でも破られてしまえば、仲間が死ぬことになる。皆、危機感を持って戦場に立っている。

「私が防御します、他の方々で攻撃して頂きましょう」

「では、知らせて参ります」


 イリヤ殿ならばこの全域を守る防御も、一人でこなせる。

 私は彼女を空中に残し、兵達の所へ降りた。

「皆、よく守った。防御は任せて、攻撃魔法を唱えよ」

 私の顔を確認すると、皆が表情を緩めた。魔法使いは薄れかけていたスーフル・ディフェンスを切り、武器を持った兵はいつでも突撃できるようしっかりと構えた。

「宮廷魔導師の、アーレンス様がいらっしゃった! まずはスタッティング・ピックで攻撃と足止めを。それから一気に倒す!」

 隊長の鼓舞に、兵が大きく歓声をあげる。魔法使いの三人はスタッティング・ピックの詠唱を開始し、その間に弓兵が一斉に射掛ける。


 竜は手で弓を払うが、何本も体に刺さった。

 負けじとばかりに再び暴風のブレスを吐きだす。

「スーフル・ディフェンス!」

 即座にイリヤ殿の防御魔法が展開され、全て防がれて兵には全く届かない。暴風は壁の外で大気に還った。

「これは何とも堅固な……」

 隊長も彼女の防御魔法に驚いている。先ほど三人で行ったものよりも、更に強度が高いのだ。

 ブレスを吐き終わったドラゴンの下からスタッティング・ピックの尖った土の柱が数本現れて、体を貫いて動きを止める。そこに槍を持った兵達が駆けて、突きを繰り出した。さらに土の柱を二人が蹴って跳びあがり、ストームドラゴンの首に剣を突き立てた。

「ここはこれでいいだろう」

 私は魔法を使わずに終わったな。


「ありがとうございました、こちらには人員を割けず申し訳なかった」

 辺境伯の兵か。むしろブレスの防御魔法を使える魔法使いまで回してもらい、助かったほどだ。我が領には一人か二人しか、いないはず。

「いや。これより辺境伯の領地へ向かう。後のことは任せた」

 振り返らずに飛んで、先へと進んだ。あちらの様子が気にかかる。イリヤ殿もすぐ私に付いて来てくれた。

「私の魔法は温存できた。傷の治療も彼らで足ります。次は本番ですよ」

「炎を吐くのに、水属性が苦手でないドラゴン。上級だと魔法の効果が薄いのなら、倒すのは厄介ですね」

 悩む表情を見せるイリヤ殿だが、ここで大丈夫だなどと軽いことは言えん。

「今度は私がスーフル・ディフェンスを使います。イリヤ殿が攻撃されますよう」

 彼女ならば、どの属性の魔法でも私以上に使いこなす。

「試したい魔法があるのです、こういたしませんか?」


 イリヤ殿の提案を聞きながら、出せる限りの速度で飛行する。荒れ地が続く場所だ。この丘の向こうが辺境伯の領地。

「父上から教わった地点に近づいている。恐らく移動しているでしょうから、近辺には注意を」

「……いました! 交戦しています」

 なんと、我が領の近くまで来てしまっていたのか。背中に翼のある大きな茶色いドラゴンで、鱗の隙間から赤い色が滲んでいる。恐ろしい量の火を吐き、ドラゴンが進むと後ろに火の粉のような光が遊ぶ。やはり火属性に思えるが。

 防御魔法で防ぎつつ反撃しているが、怪我人も多く出ていた。

 もちろんドラゴンも無事ではない。胴に刺さっている槍の持ち手部分は折れていて、矢尻が見えたり魔法での攻撃の痕跡も確認できた。幾多いくたの傷がついているが、まだ暴れまわっている。弱った印象すらない。


「初めて見ます。セビリノ殿は」

「私も見た記憶がない。これは、我が国での目撃例がないドラゴンだ」

 脅威であることは間違いない。すぐに行動を開始しなければならない。

 イリヤ殿が試したいと言っていた魔法を唱える。これは人間以外を弱体化させる、特殊な魔法だ。私も効果を確認したい。


「全能なる方の祝福を。上は天の祝福、下は横たわる淵の祝福をもって。

いやさか、繁栄の種は地に満つるなり。生きている神アム・デア・ビオ死にゆく世界アン・ドマン・バサハそして神秘的な人間の一族アン・デオマー・ケネ=ダオンテ


 特に何かが起こった様子もないが、そういうものなのだろう。彼女が失敗するわけがない。さて、私の番だ。兵士たちを鼓舞し攻撃力を増強させる魔法を唱える。イリヤ殿の魔法と合わせれば、かなりダメージが通りやすくなるはず。

 

「旗を天に掲げ土埃りをあげよ、大地を踏み鳴らせ。我は歌わん、千の倍、万の倍、如何なる軍勢にもひるまぬ勇敢なる戦士を讃える歌を! エグザルタシオン!」


「これは……、アーレンス様! 皆、宮廷魔導師のアーレンス様がいらっしゃった! ドラゴンなど恐るるに足りん、一気に倒す。槍部隊、前へ!」

 青い鎧を着た隊長が手を上げると、槍を手にした兵が一列に並んだ。そして掛け声に合わせ、槍を巨大なドラゴン相手に投げつける。

 魔法の効果は確かにあったな。槍が深く刺さり、ドラゴンも痛みを感じているようだ。そこへ魔法を叩き込むのだ。


「光よ激しく明滅して存在を示せ。響動どよめけ百雷、燃えあがる金の輝きよ! 霹靂閃電へきれきせんでんを我が掌に授けたまえ。鳴り渡り穿て、雷光! フェール・トンベ・ラ・フードル!」


 魔法使い達が、協力して雷撃を唱える。真ん中にいる人物の杖に黄色く輝く雷が発生し、バチバチと輝いてドラゴンへと向かう。槍が刺ささったドラゴンは、魔法の衝撃でよろけた。痺れの効果もあり、すぐに動くことは出来ないだろう。

 その間に槍部隊はもう一隊と入れ替わって、補給部隊から武器を受け取る。


「シエル・ジャッジメント!!」

 続いてイリヤ殿の光属性の攻撃魔法が、畳みかけるように発動される。天から注ぐ白い光は、ドラゴンを貫いてドンと弾けた。光属性がサアッと広がっていく。

「……これ……、セビリノ殿! このドラゴンは闇属性では!?」

「私もそう感じた。なるほど、四大元素の魔法では威力が削がれて当然だ」

 まさか闇とは。しかし偶然にも神聖化によりさらに弱体化された、今が好機。ここで倒す!

 ドラゴンは顔を上に向けて大きく息を吸っている。ブレスを放つ気だ。弓兵が矢を放つが、動作は止められない。次の魔法の詠唱にかかる時間を考えると、ブレスを行使するより前に倒すことは不可能だろう。私はすぐに、ブレスの防御魔法を唱えた。

 中級の火竜すら焼いてしまうのではないかと思うような、とてつもない火のブレスが襲ってくる。

「今までよりも強い……!」

「落ち着きなさい! 総員退避、ここまでくれば後は私達が仕留めます!」

 混乱しかけた兵達に、イリヤ殿が叱咤する。

 

 私がスーフル・ディフェンスを唱えると、兵達の前に薄い膜ができた。ここを炎が滑るように流れていく。勢いの激しいブレスだったが、何とか防ぎ切れたようだ。

 ブレスの終了と同時に、スーフル・ディフェンスも崩れた。ギリギリだったな。

 その間に、イリヤ殿はとどめとすべく魔法の準備をしている。


「千の耳、万の目をもって標的を捉えよ。戦場の覇者、誉れ高き炎帝、懲罰を与えしもの。凱歌を奏し栄光を讃える。炎陽を身に纏い、焼きつくす光線にて影すらも焼滅させよ。勝利は常にその手の内にあり! 撃沈せよ! ソル・インヴィクトゥス!」


 光属性の攻撃魔法で、神聖化の効果はないが、威力ならばシエル・ジャッジメント以上だ。

「ゴギャアアアアァ!!」

 黄金の光が雲のように溢れ、一筋の光彩を放ってドラゴンに注ぎ、体に大きな穴を作った。悲痛な断末魔の叫びをあげてドラゴンは倒れ、ピクピクと足を動かしている。穴からは煙が上がっていて、焦げた匂いがしてくる。

 単体への攻撃魔法だが、威力が非常に強い。兵達はイリヤ殿の命で離れていたので、余波を浴びずに済んでいた。

 ついに倒したのか……!


「セビリノ殿!」

「イリヤ殿」

「ドラゴンティアスですね!」

 ……そうだった、彼女の目的はそれだった。とんでもないドラゴンを倒せた余韻すらない。彼女に敵わないわけだ。

「どうされました? あ、魔法の検証ですか? 戻ってからゆっくり、やりませんか?」

「いえ、硬いドラゴンなので採るのも大変かと……」

 これは兵にやってもらおう。半分貰ってもいいだろうな。


「すっげ~! さすがエグドアルムの魔導師」

 不意にドラゴンよりも向こうの空から声がした。隣国の魔導師だろうか。

「貴殿は?」

「ども! コイツはウチの国に住んでて、たま~に悪さして困ってたんです。国境付近で目撃したと情報が入り、調査に来たところです。助かりました。まさかメテオドラゴンを既に仕留めていたとは」

「メテオドラゴン?」

 どうやらあの魔導師は、このドラゴンについて知っているようだ。それは聞いておかねばならない。

「そッス。正式名称はガーシェンディエーサ、湖底に住む闇属性のドラゴンです。空も飛ぶ上級ドラゴン。よく町を守り切りましたねぇ」


 隣国で警戒していた、危険な上級ドラゴンだったとは。湖底に住んでいるから、住み家に戻られたら手出しができなくなっていたのか。

「これは他にも?」

「今のところは確認されていないッスね」

 それならば安心だ。こんなドラゴンが出没するようでは、辺境伯の軍でもそうそう守りきれない。

 隣国の魔導師はとどめとなった魔法について関心を寄せていたが、教えるのはシエル・ジャッジメントを使った、ということまで。彼との情報交換は私と隊長で行い、イリヤ殿には兵達とドラゴンティアスを採って分配を話し合ってもらう。

 彼女はきっと、隣国の者相手に話し過ぎるだろうから。


 隣国の魔導師も戻り、私達は隊長から“領主様に報告してお礼をしたいので、一緒に来てほしい”と懇願されるのを断り、王都へ帰った。

 ガーシェンディエーサのドラゴンティアスは、何故か黒く濁っていた。このドラゴン特有の現象なんだろうか? これでは使えないが、中級のストームドラゴンのものはある。こちらは全部もらえたので、イリヤ殿に差し上げることにした。

 そうだ、だいぶ魔法も使ったろう。母上に頂いたマナポーションも彼女に渡そう。

 しかし私も、まだまだだな。ドラゴンティアスがないから採取する。さすがにそんな風には思えないでいた。これこそが魔導師の心掛けか……!

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