リニ、ルフォントス皇国へ(りに視点)
第三部 五章でエクヴァル君と別れてからのリニです
★★★★★★★★
窓の外にはなだらかな丘陵が広がり、森や畑、人よりたくさんの動物たちが見える。道はちょっとガタガタしているけど、馬車の椅子が柔らかいから平気。
「リニ、お菓子があるよ」
呼ばれて振り向いた。今はエクヴァルと別れて、エクヴァルの同僚のジュレマイアと、二人の上司であるエグドアルム王国の皇太子殿下、トビアス様と一緒の馬車に乗っている。エクヴァルと離れるのは寂しいけど、これもお仕事だもん。我慢しないと。
「……あの、ありがとうございます。頂きます」
トビアス様はお菓子を入れた籠を私に差し出した。その中から、真ん中に赤いジャムが塗ってあるクッキーを貰う。
サクッとして美味しい。甘酸っぱいジャムにとっても良く合う。
エクヴァルの周りの人は、こうやってたまに私にお菓子をくれるの。
「もっと食べていいからね」
「おいしいです。あ、あの。四角いのも食べて、いい……ですか?」
「いくつでも」
チラリと表情を覗いてみると、笑顔だ。私は思い切って、こげ茶色のと薄い黄土色をしたクッキーの、二つを手に取ってみた。ドキドキしたけど、いいよって頷いてくれている。良かった。
馬車はモルノ王国を越える所。国境には検問があり、兵士がたくさんいる。この馬車はルフォントス皇国の貴賓用の馬車なので、ちょっと止まっただけですぐに抜けられた。彼らはエグドアルムから来た、非公式の使節として滞在している。第一皇子と第二皇子、両方の側から接触があって、うまく交渉しているみたい。実際にはアデルベルトって名前の、第一皇子側なの。
ルフォントス皇国はモルノ王国よりよっぽど発展してて、郊外でも道がキチンとしているところが多い。都市部には大きな建物が並び、オシャレな人がたくさん歩いていて、高級品のお店もいっぱい。怖くて入れないよ。
私はモルノ王国の方が好きだな。
泊まるのはとても高価そうな立派な宿で、スイートルームをとってある。地獄にある私の家より広い部屋に、各自一部屋ずつ。ここに私一人なの……? 豪華すぎて落ち着かないよ、エクヴァル……。
広すぎて荷物をどこに置いたらいいか解らない。とりあえず全部の部屋を回った。
今いるのは、広いリビング。高そうなソファーがあって、私、このソファーで寝られるよ。ベッドルームには大きいベッドが二つと、イスと丸いテーブル。飾り棚には観葉植物とポプリが、可愛く並べられている。小さな書斎みたいなのもあり、お風呂も設けられていた。
リビングに戻って棚を見たら、中にはコップと飲み物が。おやつもちょっと入ってるよ。これも貰っていいの?
「リニ、どう?」
「あ……」
トビアス様の声。ガチャリとドアが開いた。
「開きっぱなしだよ。他の人はこのエリアには来ないだろうけど、一応鍵はしてね。……で、なんでそんな所にいるの?」
「……小さなお部屋があったから、入ってみたの」
「そこ、ウォークインクローゼットだよ」
ええ? このお部屋、クローゼットなの!? じゃあ棒が二本あるのは、お洋服を掛ける所? そういえば、ハンガーがちゃんとあるよ。
トビアス様が笑っていると、ジュレマイアもやって来た。
「どーしたんですか?」
「な、なんでもないの!」
私は恥ずかしくて、慌ててクローゼットを出て大きな声で答えた。
ジュレマイアは少し不思議そうな表情をしたけれど、それ以上尋ねることはなかった。良かった……。
「リニちゃん、ここへ行ってもらえるかな?」
渡された紙には、簡単な地図が描かれていた。この近くにある喫茶店に赤く丸印がしてあり、お店の名前と座る席まで書いてある。
「……お仕事?」
「そう。ここで第一皇子側の人物が契約してる、小悪魔に会ってくれるかい? 念の為に一人で行って。ここへ戻る時は誰にも見らんように、動物に化けて戻って来てくれ」
地図もあるのに、ジュレマイアは宿を出てからの行き方を説明してくれた。
「わかりました。私……頑張る」
「無理しないでね」
トビアス様はずっとにこやか。楽しいのかな。
好きな物を食べていいって、お金も預かった。私は早速指定されたお店へ向かう。
小悪魔かあ……、意地悪な子じゃないといいな。
歩いてみると目的の喫茶店はわりと近くて、早く着きすぎた。扉を開いて隙間から中を覗いたら、指定されていた場所は予約席になっている。四人席で、入口に張られたカーテンを閉めることが出来る。
「いらっしゃいませ」
声を掛けられちゃったよ。あの席だって言わないと。
「あ、あの、あの。このお店で、待ち合わせ、してます。席を予約しています」
どうしよう、急だったから上手く喋れない。テーブルに視線を向けると解ったみたいで、すぐ案内してくれた。
「ごゆっくりどうぞ」
ふう、座っちゃった。先にオレンジジュースだけ注文して、相手が来るのを待つ事にした。
周りから聞こえる、楽しそうに会話する声。夕方だから、ご飯を食べてる人とデザートだけ食べてる人と、色々いるよ。ケーキを食べても、怒られないかしら。
安いのならいいかも。メニューを開いて、お料理やデザートの種類と値段を確認しよう。
「よお。お前が向こうのヤツ?」
全部見終わってデザートのページをもう一回眺めていたら、不意に男の子が話しかけてきた。この子ね。
「リニ、です。よろしく」
「俺はロイ。ヨロシクな」
キュッと握手をした。良かった、悪い子じゃなさそう。
小悪魔で、私より少し背が高い。角と尻尾と羽根がある。この子はこのままでも飛べるのね。ロイは私の向かい側に座り、カーテンを閉めた。
「まずは食おうぜ。俺、ホットサンドのサラダセット」
「え、お食事するの? どうしようかな……」
一緒にお食事した方がいいのかしら。私は開いていたページから、食事メニューに移ろうとした。すると彼は止める。
「好きなモン食えばいいじゃん。デザート欲しいなら、頼みなよ」
「……うん」
せっかくだし、パンケーキを食べようと思う。見開きでパンケーキが宣伝されてる。自慢なのかな。
「決まった?」
「なんか……高いね。パンケーキ」
ちょっとしたお食事より値段が上。こんな高いの、頼めないよ。
「いいじゃん、食うのも仕事の内だよ。決まりね。店員さーん、注文いい?」
「え、もう呼んじゃうの?」
気が早い子なのかしら。まだちゃんと決まってないのに!
「だから悩んでないで、パンケーキにしなって」
だって、チョコのパンケーキと苺のと、ベリーのもあるのに。フルーツスペシャルなんていうのもあるよ。あと飲み物もいるよね、甘くなっちゃうもの。私は店員さんが向かってくる足音を聞きながら、慌てて選んだ。
頼んだのはベリーのパンケーキと、紅茶。ロイはホットサンドのセットとコーヒーだ。苦いのも平気なのかな。ブラックが好きなエクヴァルと違って、ミルクだけ入れている。
ベリーのパンケーキは、クリームがこれでもかってほどたっぷり添えてあり、そこに果肉がゴロゴロ入ったベリーのソースが掛けられている。後はシロップが二種類別に付いてきて、好きなだけかけていいみたい。生のブルーベリーも飾りつけてある。
高いと思ったけど、こんなに豪勢なんだね。ホットケーキは三枚もあって、食べきれないよ。エクヴァルがいたら、一緒に食べてくれるのにな。
「仕事だけど。俺と組んで、召喚術が行われている場所を探す。これは危険だったら絶対に近寄らない。いいな」
「うん」
パンケーキを頬張っちゃったから、うまく返事が出来ない。
ロイは気にせず話を続けた。
「こういうのは、人間より俺達の方が敏感だからさ。巨人とかヤバいのを見つけたら、近くの人間の兵隊に連絡な」
「……っ、った」
飲みこむタイミングと一緒になっちゃって、“た”しか言えなかった……! 違うよ、解ったよって言いたいの!
「悪い悪い、俺さあ、食べながら喋っちゃうから。返事し辛かったらいいよ」
お食事している間、私が返事をちゃんと出来なくても、ロイが説明をしていてくれた。この子の説明は、すごく解りやすい。
最初のお仕事は明日だ。待ち合わせの場所と時間を決めて、二人で調査。慣れてそうだし、頼もしいよね。
食べるのが遅い私が終わるのを待っていてくれて、解散した。
温かくて柔らかくて、とっても美味しいパンケーキだった。でもやっぱり全部は食べきれなかった。勿体ないけど、お腹いっぱい。
コウモリ姿で宿に戻って、トビアス様のお部屋へ挨拶に行く。ジュレマイアも一緒に待っていてくれた。
「あの、あの。会って来ました。ちゃんとお仕事、できそう……です」
「良かった。サッパリしたいい子らしいからね。少しせっかちみたいだけど」
トビアス様は心配してくれたんだ。嫌な子との仕事は辛いものね。
「でさあ、リニちゃん。これなんだけど」
なぜかジュレマイアが満面の笑顔で、紙袋を私にくれた。何が入ってるの?
受け取って開くと、フリルがたくさんで大きな赤いリボンがついた、やたらと可愛いピンクの服!
「え、え……?」
「可愛いだろ! リニちゃんに似合うと思ってさあ」
「少女趣味過ぎるよ。彼女の普段の服は、もっとシンプルだろう。きっと好みじゃないと思う」
本当だよ、トビアス様の言う通りだよ! 私、こんなの恥ずかしくて着られないよ! なんで買ってきてるの?
「ええ~、着てくれるよな!?」
「……わ、私」
ギュッと紙袋の持ち手を握る。言わなきゃ!
「うん」
「いりません!!」
「えええ~!!!」
紙袋を慌てて突き返して、自分の部屋へ戻った。後には大げさに残念がるジュレマイアの叫びと、呆れたようにからかうトビアス様の声。
ふう……、疲れた。お風呂、使わせてもらおうかな……。
お風呂にはバラの入浴剤と、シャンプーなんかのセット。本当に何でも揃っていて、デザインも素敵。もっと狭いといいんだけどなあ……。
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