リニとお兄ちゃん(りに視点)
★本編、第206話 召喚施設にて のすぐ後のお話です
召喚実験をしている塔を発見した私は、近づいた所を敵方の小悪魔に見つかってしまい、思わず塔の中へと飛び込んだ。そこではちょうど、地獄から悪魔を召喚していたところだったのだ。
漆黒の鎧を身にまとった、背の高い貴族の悪魔がゆっくりと振り返る。
怖い。私はどうなっちゃうんだろう。ギュッと目を閉じた。
「……リニじゃないか?」
私を知っているの? 悪魔の声は、聞き覚えがあるような。敵意も感じない。
そっとを瞼を上げて、確認してみる。
目の前に立つのは、ベリアル様の配下の公爵、エリゴール様だった。この人達は、エリゴール様を喚んだの?
「……御存知で?」
召喚術師が拍子抜けしたような声で尋ねた。
「俺の妹だ。リニ~、会いに来てくれたのか?」
「え……??」
私を妹なんて紹介してもいいの? そうだ、関係者だっていうことにしたら、敵だとは思われない。安全になるんだ。公爵様はすごい、一瞬でそんな事を考えちゃうのね。
「え、えと……。お兄……ちゃんに、会いに来ました」
私も公爵様に合わせて、お兄ちゃんと呼んだ。
召喚術師も、私の後ろにいるコウモリの翼を生やした青年の小悪魔も、ただただ驚いている。
「そうか、よくここが解ったな! 俺の妹は可愛くて賢い!」
エリゴール様は満面の笑みで、私の目の前までやって来た。そして大きな手で、頭を撫でる。なんでだろ?
「……いもうと」
小悪魔が呟く。彼はデーモンである私の一つ上の階級、デビル。地獄にいる悪魔は、デーモンが一番多いよ。階級が上がるほど、数が少なくなる。
「しかしですな、この場所は秘密で。知られるわけにはいかない」
慌てる術師。私はどうしたらいいんだろう。エリゴール様を見上げる。
「確か気取られぬように、なるべく直前までここで待機し、会議の日に城へ行くって話だったな。外でバラされるのが心配なら、それまでリニもここに逗留すればいいだろう。ほんの数日なんだ。リニもお兄ちゃんと一緒に待っていよう」
「なるほど、そうして頂けると助かる。小悪魔が一人増えたところで、困る事はありませんしな」
術者が納得してくれた。その様子に、デビルもホッとして頷く。公爵様と敵対したら、どうしようもないよ。
「良かった、問題ないですね。この子は何を食べますか? 滞在する手配をしなければ」
外部との連絡を取らなけらばいいだろう、という結論になった。
「甘いものが好きなんだよな、リニ。欲しいものを言え」
「あの、あの、……私。チョコレートと、プリンが好きです」
お客様みたいな扱いになってるよ。
デビルが動いて、私の部屋を塔の下の階に準備してくれている。他の使用人に色々と指示を出していた。術師は公爵様と打ち合わせ中。
「あの子の部屋を掃除して、寝床などの準備をしましょう」
「ベッドはすぐには運び入れできんぞ」
「公爵様が妹と仰っていますからね……。粗雑な扱いはなりません」
突然泊まることになっちゃったから、困っているよ。
「あ、あの、あの。クッションがあれば、猫の姿で寝ます」
柱の影からちょっと顔を出して大丈夫だと告げると、使用人がパアッと明るい表情になった。
「クッションなら近くの村で手に入る!」
「持って来るよ」
デビルが翼を広げて、私のクッションやお菓子の為に飛んで行った。こんな辺鄙な場所で突然のお泊まりなんて、悪いことしちゃったな。
エリゴール様は契約用の羊皮紙を出し、召喚術師と契約を交わしている。
「第二皇子シャークが、皇帝になる手伝いをする。ただし、我が主である地獄の王ベリアル様の御命令が最優先となる」
ベリアル様は第一皇子側についたイリヤと契約してるから、それって実質何もしないってことじゃないかな……。人間との一時的な契約より、ずっと続く地獄での生活や関係を優先するのはごく当たり前だから、相手は疑問も抱かない。
「シャーク皇子殿下が皇帝の座に就いたならば、金品は望むだけお渡ししましょう。この国には高位の悪魔と契約した者はいません、万に一つも失敗はないでしょうな! がははは!」
召喚術師の男性は大きな声で笑っているけど、むしろ成功がないよ。
黙って様子を見守る。契約はそのまま締結されてしまい、エリゴール様はニヤリと口端を上げた。
「これでいいだろう。さて、リニ! 待たせたな。何をしようか。外には出られんのだよなあ」
小悪魔と公爵様で、何をしたらいいの!? さっきの小悪魔はお使いに行っちゃったし、相談できない。私は森の中で一人暮らしだし、地獄の流行とか解らないよ。
「あ、の。お兄ちゃんのお話が、聞きたいです」
こういう時は、相手に喋ってもらう。それで私は上手にそれに合わせるようにするの。エクヴァルにそう教わったよ。
「俺の話か! 妹に興味を持たれるのも嬉しいな。そうだなあ、閣下との狩りの話がいいか?」
エリゴール様は、嬉しそうに地獄でのことを語り始めた。私はなるべく笑顔で相槌をいれる。ベリアル様との狩りでは
皆に知られないように装ってるのに、私に聞かせちゃっていいのかな。
次の話題は前に招待された、お屋敷での生活について。立派な門を持つ石造りの要塞で、庭では毎日のように戦闘訓練をしてる。
「近くには温泉が湧いているんだ。訓練の後に入る兵士がいて、俺も入りたいけどなあ、一緒になると困らせるだろ。さすがに遠慮している」
「温泉……あったかい、お水」
「女湯もあるぞ! 皆の希望で用意してある。リニも入りに来いよ」
あったかいお水。お水じゃないや、お水は温かいとお湯。体にいい効果があったり、色や匂いがあるとか。そんなのが本当に体にいいのかな。ちょっと怖い。
「そうだ。召使いどもと、妹ルームを用意してるんだが、意見が割れて進まなくてな。リニはどんなのがいい!?」
妹ルームって、何……?
「……えと、小さいお部屋が、落ち着くと思います」
「小さくていいのか? 俺の妹は謙虚だなあ」
こんな感じで何とかご飯の時間まで繋げたよ。ふう……、疲れた。エクヴァルがいたら、もっと会話も弾ませられるんだろうな。私は返事を考えるのが下手だから。
でもエリゴール様がご機嫌で良かった。明日も怒らせないように、私がちゃんとしなきゃ。
案内された部屋で休んでいると、扉をノックする音がした。
「失礼します、リニ様」
デビルが戻って来たんだ。様付けになってる。
「は、はい。今、開けます」
「クッションをお持ちしました」
慌ててドアノブを回して開くとそこには、フリルのついた大きな丸いクッションを持った、翼の生えた小悪魔。
「ありがとう、ございます。私まで様って付けなくて、平気です」
「いやその、公爵様に叱られますので」
エリゴール様ってば、何言ってるの……!?
「…………、ごめんなさい」
「朝食はどうしますか? 公爵様はコーヒーとハムエッグだそうです」
「お、同じでいいです」
本当は妹じゃないし、我がままを言ったらいけないよね。同じ物を用意する方が楽だと思ったんだけど、逆に相手は困ってしまったみたい。
「公爵様に、リニ様の好きな物を好きなだけ食べてもらうよう、仰せつかっていますので」
同じというわけにはいかないみたい。簡単にすぐ作れて、迷惑を掛けずに済むものにしよう。
「……え、えと。ジュースか、ミルクティーをください。ジュースはオレンジとかグレープフルーツとか、酸っぱいのは苦手です。あ、ココアも好き……です」
あとフレンチトースト! ……は、ダメだよね。きっと材料が足りなかったら買いに出ちゃう。
「食べ物はどうしますか?」
「甘いものがいいです。クロワッサンも、好きです」
「解りました。八時にご用意いたします。それと、カードゲームと絵本を用意しました。公爵様と遊ぶのにお使い下さい」
え、絵本? 私そんなに、子供じゃないよ。きっとエリゴール様だ。
明日は絵本を読んで、カードゲームをするのかしら。私、文字もちゃんと読めるよ。普通の本で大丈夫なのに。
デビルが去って一人になったら、肩の力が一気に抜けた。猫に変身して、早速クッションに寝てみる。大きいから楽だし、柔らかくて気持ちいい。
エクヴァル、エリゴール様のお陰で皆が優しくしてくれるけど、やっぱりすごく緊張するよ。連絡できなくて、ごめんね。早く会議の日にならないかなあ……。
帰りたいよお、エクヴァル。
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