宮廷魔導師見習い時代(魔法研究所の所長の視点)

 エグドアルム王国の魔法研究所に併設されている図書館には、魔導書、古文書、魔法アイテムや召喚についてなど、魔法関連の多くの蔵書がある。私はこの空間がとても好きだ。所長になったので、好きな本を仕入れられるのも嬉しい。

 もともと宮廷魔導師にと声を掛けられていたが、魔法研究所へ進む道を希望した。なぜなら、魔法の研究こそが我が人生の責務であるからだ。あんな権力闘争で半分終わるような、肩書きだけ目当ての奴らにまみれて自分をすり減らすのは、全くの無駄。意味があるのは身分や職業ではない、何を成すかだ。


 さて、今日は新人が図書館の受付に立つのだったな。様子を見ようと、図書館のある建物へと向かった。

 ちょうど訪問者も来たところだ。新人が一人で受付にいるが、普段ならば最低二人はいるはず。何かの用で外しているのか、新人の女性は緊張しながら対応している。

「あの、禁書庫に入ってみたいんです」

 ……禁書庫? 年は十代の……そうだな、精々半ばから後半くらいかな。薄紫の髪をした背の高くない女性で、白いローブ姿だ。思うに、魔法養成所の生徒だろうか。

 禁書庫に入れるのは、王族と宮廷魔導師及び見習い、それから私と一部の部下。特別な許可でもない限り、それだけだ。危険な魔法もあるので、厳重に管理されている。


「申し訳ありません、宮廷魔導師様や見習いの方、もしくは王族でない限り入室は許されません。図書館への間違いではないですか?」

 よし、しっかり受け答えが出来ているな。

「え? 受付でお願いしたら、禁書庫に入れてもらえると聞いたんですが……」

 もしかして、誰かに騙されているのかな? 魔法養成所にも嫌な貴族の子息なんかがいるからな。あまり身分が高そうではないし、きっとからかわれたのだろう。

「図書館へなら入れますよ。ご案内いたしましょうか? あ、先に身分証の提示をお願い致します」

「そうでした、これです」


 身分証の確認を先にしないのは減点だな。まあ気付いたから良しとしよう。

 しかし確認すると、受付の女性はなぜか固まってしまった。次にする事を忘れているのかな? 仕方ない、私が行くか。

「どうした? 身分証の確認の次は、名前と目的を書いてもらうんだ。それから今の時刻。記入が済んだら、入館許可証を渡す。早くやりなさい」

「所長、すみません。禁書庫も同じ手続きだったでしょうか?」

 焦って何を聞いてくるやら。

「禁書庫は必ず誰か一人、一緒に入る規定になっているのだが。何故をそれを今、質問するんだね? まずは彼女の受け付けを済ませなさい」

「え、はい、えと……」

 なぜか口ごもる。そして引き出しを開けて受付の上に、禁書庫への入室記録を記入する書類を取り出した。本当に禁書庫に案内するつもりか!


「落ち着きなさい。それは禁書庫への出入りを記録するものだ」

「はい、この方は宮廷魔導師見習いでいらっしゃいますので」

 ……宮廷魔導師見習い!? 彼女が?

 私はすぐに彼女の身分証を見た。この青い宝石のついた金の鷹は、確かに宮廷魔導師見習いの徽章きしょうだ。まさか、こんな若さで、しかも女性で!?


 ……ははあ、見当がついたぞ。あの欲深の魔導師長が、たんまりと賄賂を貰って採用したな。彼女も親が勝手にしたことで、実力で見習いになれたと思い込んでいるのに違いない。だから禁書庫なんて言い出したんだな。

 とはいえ、宮廷魔導師見習いならば禁書庫へ案内せねばならない。ここは私が引き受けるか。新人には荷が重い仕事だ。

 彼女は規定の手続きを終え、徽章を仕舞った。

「禁書庫にはどのような要件で?」

「まずはどのようなものがあるのか、確認してみたく思います。エリクサーに関する図書館とは違う見解などがあれば、閲覧させて頂きたいんですが」


 うんうん、エリクサーね。夢が大きくていいね。図書館のはちゃんと読んだのかな? 解った振りが一番良くないよ、お嬢さん。

 相手が宮廷魔導師見習いだから、勿論そんな事は口にしないが。

 なんだかな。とりあえず禁書庫に案内しよう。図書館の更に奥に、鍵を二重に掛けて厳重に守られている。


「そういえば、セビリノ殿はもういらしていますか? ここで待ち合わせをしていまして」

「……セビリノ殿? アーレンス君は男爵家の出とは言え、宮廷魔導師見習いの中でも優秀だ。ご本人が呼ばれ方などこだわらないだろうが、そのように馴れ馴れしくするのは如何なものか」

「申し訳ありません……」

 私が苦言を呈すると、ビクッと震えて肩をすぼめた。そんなに怒ったつもりはないんだが、嫌な貴族にでもいじめられたかな。威圧的な言い方をして、悪い事をした。

 この国には貴族に辛い目にあわされ、貴族全部を恐れるような民も少なくない。


 禁書庫の鍵を開けていると、先ほどの新人に案内されてセビリノ・オーサ・アーレンスがやって来た。待ち合わせをしているというのは、本当だったのか。彼は魔法以外には我関せずという態度だったから、こんな少女の相手をしているとは思わなかったな。意外と後輩思いじゃないか。

「イリヤ殿」

「セビ……、いえ、アーレンス様」

「? セビリノで良いと、言った筈ですが」


 待って、本人から許可を得ているの? それはどう考えても私が余計なお世話じゃないか。先に言ってくれよ~……!

「私が失礼だと注意してしまったのだ。申し訳ない、そんな事とは知らずに余計なことを」

「いえ、お心遣いありがとうございます。若輩者ですので、これからもご指導頂きたく存じます」

 彼女は人差し指をおへその前あたりで揃え、綺麗にお辞儀をした。

 ありゃ、礼儀正しい女性だな。宮廷魔導師なんて、見習い時代から威張る奴ばかりなのに。これは私の偏見であったと言わざるを得ない。


「所長もいらっしゃるとは、珍しいですね。貴殿も共にエリクサーの研究をするのですか?」

 エリクサーの事もホントなの。あれ、縁故採用とかじゃないの?

 何この娘。本当に優秀なの? そうだ、じゃなきゃアーレンス君が一緒に来るわけないじゃない!

「せっかくです、共同研究といきますかな」

「まあ、楽しそうですね。是非ともご一緒させてください!」

 彼女、イリヤはとても嬉しそうにする。これは趣味が合いそうだ!

 私は四十歳を過ぎていて、一番年上だ。ここは後進を導くつもりで、しっかりと監督して行かないと。威厳を見せねばね、威厳を。


 古い紙の香りが充満した禁書庫は、壁一面が本棚になっていて、下部には細長い引き出しが五段ほどある。中心部にテーブルが四つあり、その先にも八列ほどの本棚が並ぶ。引き出しに収められているのは、本としてまとめられていない資料や古文書だ。ここのものは全て、持ち出しが固く禁じられている。中には写すことすら許可が必要な物すらあるのだ。

 多数の本の中から、エリクサーに関する本を選んで数冊持ってテーブルに行く。

 彼女は独自の資料を出したんだが、え、なに、どこでどう纏めたの。魔法養成所を出たばかりくらいだよね? そんなに資料はないはずなんだが……?

「あ、これは私の先生が下さった資料や、実験室をお借りして製作した時の記録などです」

「ほうほう、なるほど」

 私の訝し気な視線に気付いたのか、慌てて説明をする。

 実験室をお借りしてね。それだと作ったみたいに聞こえるよ、お嬢さん。


「これがその時のエリクサーです」

 実物キタコレー!

 じゃなくて、え? どういうことなんだ?

「これがイリヤ殿が作製されたという……。ふむ。なるほど、確かにエリクサーのようですね」

 アーレンス君が瓶を目の前に持ち、揺らしてじっくりと眺めている。彼は確か三十歳だったか。そろそろ宮廷魔導師になる為に、エリクサーを完成させたい所だろう。

 それを、この娘作ったの……?

 この後は各自で本に目を通しながら、エリクサーを作製する際に重要な四元の呪文や、素材についてなどの意見を交換した。アーレンス君はエリクサー作りに意欲を燃やしている。

 彼が宮廷魔導師になる日が待ち遠しい。うんうん。

 ……このイリヤって子は宮廷魔導師がどうとか、そういう感じじゃないね。何を目指してるの、この子は。


 ちなみに宮廷魔導師になるには、エリクサーの作製以外にも方法がある。

 四属性全ての広域攻撃魔法を、一種類ずつ以上使えることだ。アイテム作製が苦手な人もいるから。彼女はそっちも出来るみたいね……。まだ使った事はないというけど、出来るな。だよね? なんだろう、解るぞ。

 召喚術なら、侯爵以上の悪魔や神族と呼ばれる種族、もしくは上位三隊に所属する天使と契約していれば、確実になれる。絶対に手放したくない人材だもんな。

 ……こっちはないよね? ないよね? やめてよ、後から悪魔が復讐に来るとか。もう絶対、意地悪い言い方はしません。

 エリクサー作製が基準だと思われているけど、別に私から訂正はしない。どうせ今なら、賄賂でなんとかなっちゃうんだもん。


 イリヤさんには自分の力や知識について、なるべく魔導師長には内緒にしておくよう忠告した。目をつけられると大変だろう。金の匂いに敏感な男だからなあ。アイツは私が苦手だから、ここには絶対に来ないんだよ。

 これからは三人で研究や実験ができるぞ、楽しみだ!

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