冒険者ギルドの受付嬢のはなし

 わりと最近なんですけど。

 このレナントの冒険者ギルドに、Dランク冒険者でエクヴァルって人が出入りするようになったんです。初めてこのギルドに来て、開口一番に言ったセリフがコレ。

「初めまして、可愛らしい方」

 慎ましやかな女性に案内してもらってきて、コレ。


 もう、トラブルの予感しかしませんでした。たまにいるんですよね、女性関係で揉める冒険者。ペナルティーが強化されたから、一般市民に絡む人はだいぶ減ったんですけど。冒険者同士だと処分が甘くなるから、自分より下の冒険者の女性を無理にメンバーに勧誘して、いかがわしいことをしようとする不埒者も居ます。

 そんなヤツ、訴えられれば上位の冒険者になれないのに。


 そんな私たちの危惧をよそに、彼は女性とトラブルになる事もなく、それどころかDランクなのに一人で討伐依頼を受けて、失敗もしない。優秀な腕でした。

 あとからあの女性がアイテム職人だけど魔法も使えるらしいと聞いたので、もしかして無理に同行させているんじゃないかしらと心配したけど、今の所そう言う話も聞かないですね。


 それより驚いたのが、Aランク冒険者やSランク冒険者にまで顔見知りがいるみたいで、やあと軽く声をかけ、君付けで馴れ馴れしく呼びかけるんです。さすがに驚いて、少し注意させてもらいました。

 ある日なんかは、Sランクの方がギルド長に呼ばれた時に一緒にいたからって、付いて行っちゃうし!本当に大丈夫なんでしょうか、彼は…?二階から降りてきた時、ギルド長の態度が変わっていた気がします。少しDランクのエクヴァル様に、気を遣っていたような。

 Sランクの人がDランクと組むなら、よほど親しいとか恩があるとかじゃない限り、通常ないし、もしパーティーを組んだなら噂になるはず。そう言う訳でもないようです。一体どういうことなのかしら……。


 他の受付や事務の仲間に聞いても、やっぱりどこか違和感があると言っていました。あ、噂をしていたら彼が来ましたよ。


「こんにちは。今日の髪型、とてもよく似合うね」

「……ありがとうございます」

 よくまあ、すぐに気付くものです。男性の冒険者なんて、あまりそう言うところに目がいかないものなんですが。


 依頼ボードを見に行く彼を目で追うと、テーブルの辺りで男女の冒険者が何か話していました。あんまりいい雰囲気ではない感じ。まさか、強制勧誘?


「嫌がる女性に強要するものではないよ、君」

 エクヴァル様は真っ直ぐにそちらに行って、自分よりも逞しい男性にいつもの軽い口調で話しかけました。見て見ぬふりをするタイプかと思っていたんですが。

「あ、この前の、道具職人さんの護衛さん…!?」

 どうやら顔見知りだったみたいです。女性の方はまだEランクになって浅い、冒険者としては駆け出しの方。一方絡んでいたのは、そろそろランクアップも視野に入っているDランク。エクヴァル様とランクは同じだけど、先輩になると思います。問題を起こさなければCランクになれるって、説明したんですけどね…!このDからCランクくらいが、一番気が緩むのかトラブルが多いです。


 男性二人は出て行って、どうなるのか、もしケンカになって怪我でもしそうなら男性職員や他の冒険者と止めに行かなくちゃと思っていたんですが、ちょっとしてエクヴァル様が一人で戻ってきました。怪我もしてません。

「だ、大丈夫だったんですか……!?」

「問題ない。君は気にしなくていいよ」

 心配する女性に、軽く笑って見せる。単なるナンパ野郎じゃないんですね。


 騒ぎにならなくて良かったと安堵していると、バタバタと階段を下りてくる音がします。

「連絡が遅いだろ!!もっと早く言ってくれ……!」

 この冒険者ギルドのギルド長と、職員の一人が慌てた様子でこちらにやって来ました。

「君、今日のマナー講義の生徒はもう集まってる?」

「はい、本日は八名ほど申し込みがありまして、先ほど全員教室に揃いました」

「そうか、参った。頼んでいた講師が、今になって体調を崩したと断って来たんだ。もっと早く言えばいいものを!」

 

 冒険者にマナーを教えてくれる講師というのは、数が少ないんで確保が大変です。講師の依頼はたまにしかないので、基本的に皆さん他のお仕事をしていらっしゃいますし。なので、その日に他の人を探せと言われても難しいのに、もう受講生も集まっているような状態では、とてもじゃないけど代わりは見つけられないでしょう。今日は中止で解散ですね。


 はあ、と大きなため息を吐いて辺りを見回したギルド長。そして依頼ボードの前に立つ人物を見つけ、すぐにそちらに向かいました。

 エクヴァル様に?なぜ??


「すみません、エクヴァルさん!報酬は払うんで、今から冒険者のマナー講師をしてくれませんか!?」

「……今から?すぐですか?」

 振り返った彼は少し驚いたようでしたが、あまり表情に変化はありませんでした。無理とも、なんで自分がとも、言わないですね。

「講師が急に休むと言い出しまして」

「ははあ、それは困りますな。私で宜しければお引き受けいたしますが、しかしチェンカスラーの正式なマナーは存じませんよ」


 本当に彼に頼むの…?ギルド長が頭を下げている。

 大丈夫かしら、ナンパ講座とかにならない?女性の受講者もいますよ?


「十分です、それに受講生はチェンカスラーで仕事をするとは限りません。だいたいどこでも通用するような、一般的なマナーだけでもいいんです」

「なるほど。とはいえ講義などしたことがないので、ギルド長が見ていて問題があったら教えてくれますかね?」

「もちろん、協力します!」


 ギルド長が見学する講義。冒険者はそれだけで緊張しますね。ただでさえ苦手な人が多いマナー講座なのに。

 二人は訓練施設などがある建物に向かいました。上の階に会議室や研修室などがあります。今回は人数が多くないので狭い第二会議室で、マナー講座が行われます。彼がDランク冒険者だと大体の人が知っているでしょうし、どんな反応をするのか見てみたい気もします。

 誰か受け付け変わってくれないかな…、休憩まではもう少し時間があるんですよね。


 時間を確認していると、若い男性の冒険者グループがやって来て、カウンターに何か乗せました。

「討伐成功です!」

 グリフォンの討伐部位である、爪と羽根を二つずつ。

 昔は特徴的なクチバシだったのですが、取りにくいという事で爪になりました。しかし爪だと他の物で虚偽の申告をする人が居たので、羽根も一緒にという事になったのです。


 メンバー全員のギルドの会員証を預かって、機械で討伐終了情報を書き込みます。その間に依頼札を終了の箱へ入れ、成功報酬を準備。パーティーメンバーは買い取りカウンターに行き、他の素材や採取した薬草の査定をしてもらっています。

「終了しました。お疲れさまでした。こちらが今回の報酬です」

「ありがとうございます!やった!」

 男性はお金と全員分のカードを受け取り、喜んで仲間と合流して買い取り価格を確認しています。

 一生懸命に依頼をこなして下さる姿は、好感が持てますね。


「おいっ!ギルド長はどこだ!?」

 今度は乱暴にドアを開けて男が入って来るではないですか。軽装の鎧ですが一般的な冒険者が身に付けるような品ではなく、身分のありそうな感じです。腰の剣には、どこかで見たような家紋らしき模様があります。

「隣の建物です、現在マナー講座を見学されていまして…」

「連れて来い。すぐにだ!」

 私は隣にいる、もう一人の受付嬢を見ました。

「呼んで来るしかないわよね」

 そう結論づけた時でした。もう一人、壮年の騎士の方が入っていらっしゃいまいた。


「ライネリオ様!そのような無茶を言ってはなりません!」

 この方の部下のようですが、たしなめて下さっています。

「ブルーノ。マナー講座をしてるわけではなく、見学だけだろ。別にこっちに来ようが構わないじゃないか!」

 そう言いながらも、少しバツが悪そうです。ブルーノと呼ばれた男性は、こちらに話しかけてきました。


「受付のお嬢ちゃん、怖がらせて申し訳ない。隣の建物でしたな?私が様子を見てきても構いませんかね?」

「はい、問題ありませんが、呼びに行って参りましょうか?」

「いえいえ、仕事を優先されるべきです。用があるからには、こちらから出向くものでしょう」

 お前に言ってるんだよ、とばかりにライネリオ様という貴族の男性に視線を送ります。彼は不貞腐れたように顔を反らし、依頼ボードなどがある方に置いてある、椅子にドスンと座りました。


 大人しくなって良かったですが、機嫌が悪そうです。

 ほどなくブルーノ様は戻っていらっしゃいましたが、ギルド長を伴ってはおりませんでした。

「おい、一人か?」

言伝ことづてです。“用があるのなら、君が来たまえ。マナー講座を一緒に受けさせてあげよう”」

「なんだと、オイッ!」

 まさか、ギルド長がそんな仰り方をするわけがありません。エクヴァル様!?なんて事を言うんでしょう、ライネリオ様はバンとテーブルを叩いて立ち上がりました。


「……と、講座を任されている、エクヴァル殿からです」

「……エクヴァル殿?エクヴァル殿が講義してるのか?そりゃ邪魔できんな!俺も見に行くぞ、ブルーノ!」

「そうおっしゃると思いましたよ」

 男性は途端に怒りを収めてご機嫌になり、ブルーノ様はニコニコしてます。知り合いだったんでしょうか…?二人は連れ立って隣の建物に向かって行きました。



 そして講義の終了時間を過ぎて、みんなでやって来ました。ずっと一緒にいたようです。

「全く。部屋の入り方も知らないようでは、子爵家の名が泣くよ」

「本当に俺まで生徒扱いするとは思わないじゃんか。相変わらずクールだなあ、エクヴァル殿は!」

「ライネリオ君は、まだ短気が治らないみたいだねえ。ブルーノ殿の心配が終わらないんじゃないかな?」

「どんどん言ってやって下さい!エクヴァル殿の言う事は、よく聞くのですから!」


 仲の良さそうな様子を、後ろからギルド長が眺めています。

「ところで、私に用事とは…?」

 どうやら本題がまだだったよう。

「そうだった!俺の領地にある部外者立ち入り禁止の森で、密採した冒険者が居たんだよ。それを伝えにな!」

「なんと、それは失礼しました!詳しいお話を是非、二階で……」


 そして皆で二階への階段を上って行きました。コーヒーを淹れてから、休憩にしようと思います。

 本当に、どういう方なんでしょうか。エクヴァル様は……。

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