ルシフェル様と地獄の皇帝陛下(ルシフェル視点)

「ルシフェル殿。」


 私の宮殿の敷地には、正面に噴水と幾何学模様の庭を作りって植木を整え、裏手には広い花壇とあずま屋を建てて造園してある。花壇には今、青い小さな花が咲き乱れて、奥には色とりどりのツンとした葉を持つ花が競うように咲いている。名前は知らない。このような花がいいと配下に伝え、整えてもらっている。


「陛下、ちょうど良い時期に参りました。花々が満開になっておりますよ。」

「……ゴホン。」

 咳払いされた。言い直すしかないね。

「サタン殿。如何でしょう、私の庭園は。」

「…流石ルシフェル殿、おもむきがある。」

 この方は不思議な方で、私には友のように接して欲しいと言う。“友”という存在に、憧憬しょうけいの念を抱いていたようだね。地獄広しと言えども、陛下と同等の力を持つ存在は私くらいなもの。気持ちは解らなくもないけど、少々示しがつかないのではないかな。

 そしてなぜかベリアルが私に気軽に接しているのを、羨ましいと仰っていた。かなりベリアルをお気に入りのご様子。同じ称号を持つという事にも、起因しているのだろうね。


「ベリアルはまた、人間の世界に居るとか。」

「かなり楽しく過ごしているようですね。この前は、アスモデウスとサバトで諍いを起こしたので、たしなめる為に私が喚ばれましたよ。」

「そなたが…?」

 私があまり人間に召喚されることを好まないと知っているサタン陛下は、意外そうな表情を見せた。それでも黒い瞳は感情が読みづらい。髪もオニキスのような漆黒で膝裏に届くほど長く、黒い服を好んで着用し、あたかも影のようなお姿だ。


「ふふ、ベリアルの契約者に私を喚んでもいいと、許可をしました。良い腕の術者ですよ。」

「……それは、珍しい。」

 瞬きをするサタン陛下に、私は微笑みかけた。陛下はベリアルの契約者に興味が湧いたようだ。

「薄紫の髪をした若い女性です。瞳はアメジストのようで、一見すると穏やかに見えるのですが、それでいて芯の強い、そして魔法に関して知的好奇心の塊のような娘でして。」


 青い花の花壇の間をゆっくりと歩き、ツンとした葉の花々の近くへ行く。この花は赤や黄色、白に紫、オレンジ、それと花びらの先だけ違う色になっているものがあり、花の形も丸い物や先の尖ったものなど、本当に同じ種類なのかと思うくらいに多種多様だ。幾重にもなる丸い形の花が、私好みかな。花びらは濃い桃色で、先が白くグラデーションを描いているのが美しい。

 もう少し先にあるあずま屋まで、歩きながら話を続ける。

「子供の頃に契約したようで、いつになく執着しているようでしたね。しばらくは戻らないでしょう。」

「……そうか。」

 おや、少し残念そうだな。話し相手としては、彼の方が話術が巧みだからね。これは面白い話をお聞かせしないとね。


「彼女、ベリアルの呪法を模倣していましたよ。彼はまだ気づいていないようなので、知った時にどんな反応をするのか、とても楽しみです。」

「…地獄の王の呪法を、人間が…?いや、バアルも昔、写されたか…」

 実は人間が使う雷を落とす魔法、あれはバアルの呪法の模倣。遥か昔、ソロモンと名乗る王に彼が使役された時に写し取られたもの。あの時の彼は荒れてたね。指輪の力で使役され、呪法を模倣された。つまり王の誇りを汚されたのだから。

 

 木造りのあずま屋に着いたので、まずはサタン陛下にお座り頂く。そして向かい側に腰かけた。花々を見渡せ、その後ろに私の宮殿が鎮座している。陛下やベリアルのものよりも小さいけれど、広すぎるよりいい。

 反対側には森が広がって、陛下の領地はその森が境界になり終わる。私がここにいる事は、まつろわぬ者達への警告にも監視にもなる。攻められたことは一度くらいかな。皆殺しにして首を晒したから、よほどの準備や覚悟がなければ他の者は来ないだろう。


「新魔法できましたと、とても楽しそうに。どのような偉業か、解っていないようでしたね。」

「なんと、不敵な女だな。」

「興味深いでしょう。」

 サタン陛下は顎に手を当てて、感心したように頷いた。黒い袖のたもとが揺れ、豪華な金の刺繍がチラチラと輝いて見える。


「彼女、肉体関係を迫ったベリアルの頬を叩いて追い出したんですよ。素敵な女性だと思いませんか?」

 この話は愉快すぎて、皆に吹聴して回りたい気分だよ。あの来るもの拒まずで好き勝手遊んでいた男が、女性から袖にされたのだから。サタン陛下も少し驚かれたようだ。彼が振られた話は聞いた事がないからね。

「…アレも拒絶される事があるのか。面白い。そなたから聞くベリアルの話は、いつも心躍るものだ。」

「彼はサタン殿の前では、妙に恰好をつけたがりますからね。」

 そして大げさな仕草をするのが煩わしい。陛下はそんな彼を見て、目元が緩むのだけど。もしや道化師でも観賞している気分なのかな?


「初めてそなたと引き合わせてくれた時も、口下手な私に代わり喋ってくれていた。」

「あの時は本当に鬱陶しかった…。次があったら、後ろから叩いても宜しいでしょうか?」

「構わん。知っておるぞ、それはツッコミというものであろう。」

 …陛下はいつの間に、そんな俗世の言葉をお覚えになったのだ…。ベリアルじゃないだろうな…。

「…飛び切りのツッコミをご披露いたしましょう。」

 ベリアルが壁を突き破って吹き飛ぶような、ね。

「楽しみにしている。」


 静かに笑い合っていると、パタパタと庭園を走る足音が近づいて来た。私を呼んでいる。

「ルシフェル様ー!!こちらにいらっしゃると伺ったのですが…」

「…ここだよ、パイモン。」

 小走りでやってきたのは人間でいえば十四、五歳位に見える、少年と青年の間といった若い姿で、女性的な顔をした王、パイモン。短い枯草のような黄緑の髪に赤茶色の瞳をして、滑らかなシャツの上から水色の布を纏っている。水色は私の瞳の色なので、好きなのだそうだ。彼は王の中でも、特に私に忠実な者の一人。


「以前興味があると仰っていた果物を入手いたしましたので、献上させて頂きたいと…、あ!皇帝陛下!失礼いたしました、御歓談中でございましたか!」

「…構わぬ。続けよ。」

 慌てて膝を折るパイモンを、サタン陛下は一瞥いちべつする。これは普段通りで機嫌が悪いわけでもなんでもないのだが、パイモンは陛下の一挙手一投足に不安になるらしい。


「いえ、その…」

「パイモン。サタン陛下にもお召し上がり頂こう。準備してきてくれるかい?」

「は…、はい!直ちに!」

 嬉しそうに顔を上げて、スクッと立ち上がった。

 一礼してすぐにその場を後にする。

「どうにもあの者は落ち着きがありませんで。」

「…快活だな。良い事だ。」

 目を細めて頬を緩める。鋭い眼光を和らげるだけで、畏怖の念を起こさせる容貌が優し気なものに変わるのだ。もっとこの表情を配下の者たちにもはいさせれば、近づく者も増えるのだろうけど。


 しばらくしてカットされたフルーツが皿に盛り付けられて届いたのだが…。

 豊富な種類の果物が、パーティー用の大皿に溢れるほど乗せられている。どれだけの人数で食べる予定だったのかと聞きたくなるほど程多い。

「パイモン…本当に彼は、加減を知らない…」

「…くく…、慕われておるな。頂こう。」

 呆れる私に反して、陛下はどこか嬉しそうだ。

 メロン、いちご、パイン、マンゴー、梨、数種類の柑橘系の果物、そして私が所望した皮ごと食べられる葡萄。葡萄を摘まんで口に含むと、柔らかい皮は簡単に身ごと噛むことが出来て、甘い果汁が口の中に広がった。

「こうして陛下と穏やかな時間を過ごせる…。近頃は特に争いもなく、平穏ですね。」

直近ちょっきんの争いは、竜神族と霜の巨神族だったな。」

「よりにもよって黒竜でしたから。また危険な領域がぶつかったものです…。」


 この世界は、人間の世界とは異なる場所にある。召喚の際に“異界の扉よ開け”と唱える事でも解るように、召喚とは人間の世界とは別の世界から喚び出す技術。むしろ、人間の世界だけが違う空間に作られているんだけどね。

 創造の力を持つ“神”たる存在が、原初の生物の影響を受けないよう隔離して作ったのが人間の世界。魂の核に神の魂を使っているため、異界の扉を開く能力を備えてしまっているのだよね。ちなみに神の魂が混在していない我々こちらの世界の者たちは、召喚をすることはできない。これはあの世界と人間を作った神が持つ能力。


 そして球体の人間の世界と違い、こちらの世界は半界と呼ばれる、円盤や頂点を下にした三角すい型の土地の上に成り立っている。半界がいくつも浮かんで動いている為、領域がぶつかったりして争いが起こる事もある。異界の扉を開かないと行かれない人間の世界と違って、空を飛んでも行き来できるね。こちらの世界の上下に、天使が住む天界と我々悪魔が住む地獄がある。

 ちなみに黒竜と霜の巨神族の問題は、話し合いである程度解決できた。トップが理性的だからね。黒竜は無礼に対しては容赦しないけど。


「失礼いたします。如何でしたでしょうか?」

 パイモンが今度はゆっくりと、様子を窺うようにやって来た。

「…良い味だ。」

「陛下のお気に召したようだ。でかしたね、パイモン。」

「あ、有り難き幸せに存じます!」

 満面の笑みで頭を下げる。陛下も穏やかにその様子を見ながら、フォークでメロンを刺して口に運んだ。わりと甘いものを好まれるようだね。


「しかし量が多いね。君も一緒にどうかな?」

「い、いえ恐れ多い!!」

 いつもなら一も二もなく飛びつく彼が、遠慮している。サタン陛下がそんなに苦手かな。実は私よりも柔和な方だよ。私は口答えは一切許さないけど、陛下は聞いて下さる。

「遠慮はいらぬ。」

「は、しかし、その…」

 答えに窮して目が泳いでいる。失礼な子だな…。仕方ない、助け舟を出すか。

「パイモン。フルーツの量が多すぎる。君の事だ、これはまだ一部なんだろう?陛下にお渡しする分を、用意させておくように。」

「はいっ!!僭越ながら、準備させて頂きます!では、失礼いたします。」

 先ほどと同じように、すぐに走り出す。


「申し訳ありません、礼儀をわきまえぬ者で…」

「…いや。」

 陛下はただ花に視線を落としていた。叱るのも謝るのも、無粋と言うものか。

 風が吹くと、花々が揺れてまた元の位置に戻る。長い茎が同じように靡くのも風情があるし、青い花びらがチラチラと振れるのも可憐だ。


「チューリップとネモフィラ。なかなか良い取り合わせだ。」

「有難うございます。」

 …そういう名前だったか。まさか陛下が御存知とは。花など殆ど見ないだろうに…。もしや、お好きなのかな?あとで株分けでもしようか。

 …ん?もう遅いかな?チューリップは球根の花であったはず、鉢に入れてお分けしよう。



★★★★★★★★★★


本編のフォロワー300人達成!ありがとうございます。星もハートも増えてます記念更新。地獄の皇帝陛下です。口下手な設定なので、あまり喋りません!配下にはパイモンと接するときのように、ルシフェル様に対するよりも高圧的です。

文章に口下手キャラは向かないっっ!!(笑)

ルシフェル様が敬語だとちょっと印象が変わってしまうかもだけど、仕方ない。


パイモンはマンガでも見た事があるので、ちょっとはメジャーかな?ルシフェル様に忠実って設定なんですよね、公式が(公式っていうのか?)。


そして召喚の世界の説明もした。忘れても読み飛ばしても、全く問題ないよ。本編では今のところ、説明する予定がないもので。別にグノーシス主義的な、人間の世界の創造主が悪とかそういうものでもないので、神様と戦いませんよ。念のため。

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