第3話 冒険者エクヴァル(2)

 登録したその日の内にEランク冒険者になった私は、ご機嫌で白虎に乗っていた。

 護衛対象の依頼主は、馬に乗っている。もともと馬で帰るつもりだったらしい。私が徒歩なら、馬を売って乗合馬車に乗るつもりだったそうだ。乗合馬車は、町から町をつなぐ交通の要として機能している。


 途中の町で冒険者ギルドの依頼として預かっていた荷物を渡して、現在は野営中。

 弱い魔物くらいしか出ていないので、まだ殆ど護衛としての役割は果たしていない。白虎に乗ったまま切り捨てる様を見た依頼主は、こりゃ早いし安心だと喜んでいた。


 焚き火を二人で囲む…

 これが女の子だったら、ロマンティックになるのにな。

 干し肉とパンとスープで軽い夕飯を済ませ、暖かい紅茶を飲む。

 今日は雲のない空に月が細くかかり、星がキレイに瞬いていて、森の向こうには一つ目巨人…

 ん?巨人?


 突如バキバキと木が折れる音が響き、巨大な鉄の斧を手にしたキュクロプスが現れた。しかもこちらに向かってきている。

 巨人の中では大きい方ではないが、さすがにそれでもデカイ。この魔物は肌が固く、剣が通りにくいのが厄介だ。

「うわわあ!!に、逃げるぞエクヴァルさん!!!」

「隠れてて下さい。護衛の仕事ですから。」

 私は現在使っている剣を持っていてくれと渡して、アイテムボックスに隠しておいた普段国で使っている武器を取り出した。それは渡したものの半分程の太さしかないが、皇太子殿下から下賜されたオリハルコン製の非常に硬い剣で、鞘には殿下の親衛隊であるシンボルマークが刻印されている。国を離れれば見られても解らないだろうけど、ここはまだ隣国だし、低ランクの冒険者が持ってるものでもないしな。


「いや、しかしアレは一人でどうにかなるとは…!」

「あ~、じゃあ私が死んだら逃げらるように、準備してればいいんじゃないかな。」

「おいおい!!無理だ、戻って来いよ…」

 適当に答えて、剣を目の前に掲げた。

 魔力を通し、剣の宝石に籠められた攻撃力強化の魔法付与効果を最大限に強める。


 ズシン、ズシンと巨人が歩く度に足音が森に響く。木を掻き分けるようにして歩き、ついに目の前までやってきた。

私はキュクロプスの横まで素早く進むと、気付かれる前に足に一太刀浴びせる。

「ウグオオオォ!!」

 痛みでこちらを振り返ったキュクロプスの、一つしかない目と視線があった。

 巨人は痛みよりも怒りの方が強いらしく、持っていた巨大な斧を大きく振りかぶる。

 いいねいいね!身が引き締まる怒気だよ!

 巨人の斧なんてまさに一撃必殺、気分が乗るね!


 宙でいったん止まった斧が私に向けて動き出すのを確認して、剣を一旦鞘に仕舞い、安全な地帯まで下がっておいた。それは私が居た場所に狂いなく振り下さる。地面を叩いて土が塊となって飛び散る様が、夜の闇の中で焚き火に照らされている。

「大気よ渦となり寄り集まれ、重ねて我が敵を打ち滅ぼす力となれ!」

 詠唱をしながらその手に飛び乗って、ブーツに仕込んである飛躍魔法を発動させて跳び、再び詠唱を再開。

「…風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ…、ストームカッター!」

 巨人の顏の前まで飛んで掌相を作り、風で切り裂く魔法を飛ばす。

 開かれた巨大な目は、いい的だ。

 顏を覆って暴れる巨人の肩に一度着地し、剣を鞘からぬいて、飛び降りながら肩から背中を一気に断つ。

 掌相が必要なのは困るけど、使えるなこの魔法。父上の魔導書庫から奪ってきて良かった。


 着地して、キュクロプスの様子を見る。痛みに悶えて膝をついているが、まだ生きている。

 生命力が強いもんだ。

 暴れられたままだと困るので、ジタバタとするソイツの動きに注意しつつ、首を落として終わりにした。


「…ハイ、終了!もう大丈夫ですよ~。」

 私が声を掛けると、依頼主は木の後ろでまだ震えていた。

「あ、あんた何者だ…!?そんな細い剣で、一人で巨人を倒すなんて…」

 んん?まさか私が怖いの?え?こんなに善良なのに。ちゃんと仕事してるし。


「何者と言われてもね、今は貴方の護衛ですよ。それにこの剣は、攻撃力増強の魔法付与がしてあってね。」

 どう説明していいかと迷っていると、今度は複数の男性の声が聞こえてきた。

「こっちだ、こっちに行ったぞ!」

「さっきの揺れは奴だろ…」

「今は見えないが気を付けろ、キュクロプスだからな!」


 なんだ、討伐隊出ていたのか。逃げれば良かったかなあ。

 三人の男たちがバタバタとこちらにやってきて、首と胴体が分かたれたキュクロプスを見て、目を丸くしていた。

「こ、これはどういう…、君達か!?君達が倒したのか?冒険者なのか…」

 あー、失敗した。この男には見覚えがある。

 この国の国家守備隊、第一師団所属の連隊の、隊長だな。式典なんかで外を警備してる奴らの、ナンバーツーだ。殿下と何度か見かけてるからなあ…

 向こうも私の顏と剣の鞘の刻印で解ってしまったらしい。 

「あ、貴方は…エクヴァル・クロアス・カールスロア様…!?」

 いやフルネームで呼ぶとか、何考えてんの?


 だめだ、溜息しか出ない…

 ここは我がエグドアルム王国の隣国、サンノ共和国という小国で、魔法大国と言われるエグドアルムよりも立場が弱く、大変な討伐の時にはこちらに力を貸してほしいと打診してくることもある。ポーション類の輸出もかなりしている。

 そんなわけで、エグドアルムからの影響力がかなり強い国だ。


 仕方ないので聞かれた人間だけに話すしかない。討伐隊は数十人規模らしいが、他の者は寄せない様にさせた。

 なのでここにいるのは私、依頼主、この隊長と残り二人の兵。

「まず先に一言。私は皇太子殿下の密命を遂行中なので、居所を知られては困ります。全て内密に。」

「は、はあ…」

 なんだか気の抜けた返事だな。寝てるのか?後ろにキュクロプスの作り立ての亡骸があるから、気が削がれてるのか?

「もし今回の事で私の動向が知られ、捜査対象が気付いて隠ぺいや証拠の処分に走り、事がならなかった場合、皇太子殿下が即位した際には貴国との関係が最悪のものになると心得て頂きたい。」

 ごくりと唾をのむ音がする。

「そして、私は人を探しているだけで、この国で何かするわけではないし、この国に関する調査もしていない。その事に関する警戒は必要ありません。」


「そ、そうでしたか。…それは少し安堵しました。」

 自分の国に関係する事かは気になる所だろうからな。この辺の不安を取り除いておけば、くだらない手出しや間抜けな調査は考えないだろう。 

「このキュクロプスの討伐に関しては、君達が行った事にしてもらいます。」

「いやしかし、それは…」

 手柄を取るようで悪いと言う隊長の言葉に、私はさらに機嫌を悪くして足を組んだ。


「しかし?それは何に対する“しかし”なのかな?」

「いえ、キュクロプスですし…」

 相手はハッとしたように私を見た。今まで単なる温和な美男子だとしか思っていなかったんだろう。

「君は私の話を聞いていないようだね。私が倒したと暴露して、どう内密にするつもりだ?そもそも、なぜ私の名を呼んだ。私が一人でここにいることが異常事態だと、すぐに解るだろう。」

 横柄な態度になってしまうのは仕方ない。

 返事もできずに俯く隊長の脇まで歩き、座っている彼と同じ高さにしゃがんで肩をぽんと叩いた。

「そういう事は、私をスパイとして始末する時だけにしてくれないかな。」

 わざと耳元で低く呟くと、四十過ぎのガッチリした軍人が目に見えて顔を青くする。

 どうもこの国の人間は朴訥ぼくとつというか、危機感が薄いと言うか…。

 

 私は依頼主の方へ歩いて行き、場所を移動しようと告げた。キュクロプスの処理は任せた!

 そして去り際に振り返る。

「ああそれと。わざわざ密命だと告げているんだ、話を止めるくらいの気の利かせ方を見せてくれたまえ。」

 男達は何も言えずに、静まり返っていた。



 少し離れた所で、依頼主がようやく緊張が解けたらしく、私の方を向く。

「えと…さっきの事なんだが、あんた…、いや、貴方様はすごい人なんでしょう…?」

「…先ほどの事は口にしない筈だけど?私はね、口封じなんてしたくないんだよ。普通に接してくれないかな。」

 私が笑った顔を見て、彼は肩を縮こまらせて怯えた様子を見せる。

 他の連中だったらこんな民間人に口封じなんて言わないかも知れないが、私は仕事には万全を期したいタイプなんだよね。

「いやその、そうだけどそうじゃなくて…」

「……ん?」

 依頼主は、何かを決意したようにまっすぐこちらを見た。 

「…護衛代…!足りないんじゃないか!??」

「へ?それ?だって私、Eランクだし。」





 □□□□□□□□


 

 横たわるキュクロプスの体は、脚が切られ、背中には一直線に深い傷が入っていた。顔は魔法で切り刻まれたと思われる傷が無数にあり、首がキレイに切断されている。

 あの堅い皮膚を軽々と切り刻み、一刀のもと首を落としたのだ。


 あの者を侮りすぎていた。


 エクヴァル・クロアス・カールスロア。

 仕事は真面目だが、よく笑う飄々とした人物で女好き。

 エグドアルム王国の皇太子殿下の親衛隊の一員で、殿下と近しい筈なのに、普段はあまり目立たない。

 我が国の諜報部の報告では、エグドアルム王国の“皇太子殿下の五芒星ヘキサゴラム”と呼ばれる、密命までこなす側近中の側近の一人だとされている。

 そしてその五人は、一人一人が単独で竜を討つことができる強者。ひとたび殿下が命令を下せば命を賭して行うと言われていたが、まさかあんな軽そうな人物が、と思っていた。竜を倒せるというのも、どうせ誇張だろうと。

 しかしあの酷薄な瞳。

 これ以上余計な口を開けば全員生きて返さない、そう言われているようだった。

 キュクロプスをただ一人で無傷に内に倒すような人間だ、もしそう口にしても単なる脅しではなく実行可能なんだろう。


 細い月が、あざ笑うかのように中天にかかっていた。

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