第2話 冒険者エクヴァル(1)

「こんにちは~、冒険者登録がしたいんですけど。」

 平屋の木の建物はあまり広くなく、二つの受付カウンターの内、一つにしか人が居ない。それも三十歳前後の男性だ。女の子が良かったなあ。


「はい、まずはこちらにご記入願います。」

 男性は登録用紙と書かれた紙を渡して来た。

 出身、エグドアルム王国。名前、エクヴァル。年齢28歳。戦闘スタイルは剣と召喚術、回復魔法を少々。攻撃魔法…は、ちょこっとだけだし書かなくていいか。本当は偽名にしたい所だけど、ばれると問題になりそうでやめた。


 冒険者になろうと言うのには、理由がある。

 身分証明書になるからだ。

 私はこのサンノ共和国のすぐ北にある、魔法大国エグドアルムの軍人で、エクヴァル・クロアス・カールスロアと言う。カールスロア侯爵家の三男だ。

 これからチェンカスラー王国という、我が国と国交もない遠い南にある国に行かなければならない。それでもまだ、大陸の中ほどよりは北寄りだな。そんな場所に、我が国の不祥事の生き証人ともなる、イリヤという女性を探しに行き、生存を確認して証言をとり、保護しなければならないからだ。まあ保護は必要ないくらい魔法が強そうだが。


 もし何かあって身元を確認されても、皇太子殿下の密命で動いているので親衛隊とは名乗れないし、カールスロアの名を出すわけにもいかない。万が一にも、不祥事を起こした魔導師長に警戒されるような事をしてはならないのだ。証拠の隠滅を謀られるからだ。捜索していることが知られれば、生存を勘付かれ、彼女の暗殺もあり得る。そういう奴だと思う。

 アイツは絶対、牢に入れる。奴の査問委員会が開かれるなら、ぜひ招待状を頂きたい。


 さて、冒険者だが。Fランクの見習いから始まり、基本的にSランクまである。依頼をこなせばランクアップ。ちょっと楽しいかも知れない。Fランクは依頼内容を問わず、五つの依頼をこなすだけでEになれるらしいので、できればすぐにでもこなしてしまいたい。

 ギルドに登録して、コインのようなランク章と、身分証明書代わりになるギルドカードを受け取った。

 隣の部屋には依頼が貼ってあり、そこから選んで受注をする。採取もあるが、やっぱり討伐かな!

 地図も貼ってあるので、位置を確認しながら出来るのが嬉しい。さすがに隣国の土地勘まで無い。


「ふふ~ん、冒険者か。一度やってみたかったんだよなあ。」

 父上にそう言ったら、冷たい目をされたが…。いやだね、固い人間って。

 グリフォンの討伐、いいね。ダークウルフ、近そうだしやっとくか。巣があるなんて気が利くな、探さないで済む。あと一つはマンティコア。うんうん、久々に見る。


 鼻歌交じりにその三つのカードを持って行こうとした時だ。

「あんたさぁ、Fランクでしょ?そんな討伐ばっか受けて、何考えてんの?」

 若い女性の声だけど…。これは私でも可愛くは思えない。

「…いや、冒険者と言ったら討伐じゃないの?」

「だからって、無理じゃない?」

「無理なら逃げて来るさ。」

 面倒なのであとは無視して受け付けに持って行く。受け付けでも困った顔をされてしまった。


「あの、このグリフォンの討伐はFランクでは受けられませんが…」

「え、そうなの!?規定があるの!?じゃあ仕方ないか…」

 マンティコアを討伐したいなら、できればパーティーを組むように言われた。冒険者としての仲間の見つけ方…わからん!とりあえず仕方ないので、この二つとついでに出来そうな採取も受けた。


 最初に行ったのは、近くにあるダークウルフの巣。臭いのする香をぶちこんでおびき出し、マイ白虎と共闘でサクサクっと退治。今回の旅の乗り物として召喚し、契約したけど、なかなか使えるヤツで重宝している。

 その後マンティコアを探しつつ薬草を採取。マンティコアはライオンに似た体で色は赤、尻尾はサソリだ。尻尾の攻撃が危険。見掛けたらちょうど襲い掛かってきたので、躱し際に剣で切り裂いた。

 そして両方の討伐部位を入手、すべて完了。

 ああ…楽過ぎてつまらない。ワイバーンの方が楽しかったなあ。


 戻ろうと歩いていると、私が諦めたグリフォンを発見した。あの可愛くない女性ともう一人の短髪の女性、それから剣士らしい男性が戦っている。三人とも10代だろう。

 …グリフォンに苦戦するのか。特技だな。飛ばれると面倒だが、わりと弱いと思うんだが。

 男がグリフォンの爪で怪我をして、生意気な女性が回復魔法を唱える。短髪の女性は斬りかかるが、大して傷を負わせられないようだ。力がないなあ。

 

 仕方ないので、白虎に頼んで横からグリフォンに噛みつかせた。

 驚いて隙を作る三人…。大丈夫か、本当に。なんでここで止めを一気に刺さない。

「悪いけど私はFランクだしね。これ以上の手助けはしないよ。戻って来い、白虎。」

 白虎を招き寄せると、背に乗って街まで走らせた。

 馬よりも乗り心地がいい。虎より一回り大きくて体力があり、毛がふわふわなんだ…!かなり気に入っている。


 短時間で依頼をこなした私にギルドの男性が驚きつつも、ギルドカードを受け取り、何かの機械に乗せて操作している。

「…あ!」

「何、どうした?採取する物でも間違えてた?」

 思わず身を乗り出すと、男性は情けない表情をして

「も…申し訳ありません、マンティコアもFランクでは受けられない依頼でした…」

と、消え入りそうな声で呟いた。折角こなしたのに、数に入らないんじゃつまらないぞ!

「え!そういうのアリ?その場合って、どうなるのかな!?」

「…私の落ち度なので、単に私の評価が下がるだけです…。」

 会員の冒険者を危険にさらした、という理由で怒られるらしい。依頼をこなした事には変わりないようで良かった。


 ホッとしていると、バタバタと数人が走ってくる足音が近づいてくる。

「大変だ、ワーウルフだ!武器を持ったのが五体もやって来て、人を襲ってる!!」

 この村は自警団くらいしか居なく、防衛は殆ど冒険者頼りになるらしい。あまり潤っていない村で重要性もないため、警備の兵が回されていないとか。なので、緊急事態だと真っ先に冒険者ギルドに駆け込むそうだ。

「ヤバイじゃないか…!!でも今ここにいるのは、Fランクの彼だけで…!」

 受け付けの男性の顔が青ざめている。ワーウルフはわりと危険な種族として、こういう小さな村で恐れられている。穏やかなのも居るらしいが、そういうのは山でひっそり暮らしていて、人里に来るような奴らは見かけた人間を皆殺しにすることもある。


「ん~じゃあ、私が行きますか。」

 飛び込んできた男性とすれ違って開けっぱなしのドアを潜った。

「え、ワーウルフですよ!?自警団の人もすぐ来ますから、協力を…」

「いや、相棒が居るからね。」

 地面に座標軸となる円と五芒星ペンタゴラムと文字をサッと描いて、少し離れる。

「偉大なる御名により、閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ出でよ!我が相棒、白虎!」

 円から白い光が放たれ、白虎が現れる。怖がらせそうだから還してたんだよね。

 周りに居た人たちも驚いて声を上げ、白虎を興味深く眺めている。

 ちなみにちゃんとした契約さえしてあれば危険がないので、わざわざ魔法円マジックサークルを用意して防御する必要はない。

 魔法円とは、召喚術師が円の中に入って、召喚された対象の攻撃から身を守るためのものだ。


「さて、ワーウルフはどこだって?」

「あ、あっちの…村の入り口の所です。」

 大勢が居る時は、誰か一人に声を掛けた方が答えてもらえる。

 私は近くにいた比較的冷静そうに見えた男性に尋ね、ありがとうと言って白虎と共に走り出した。


 村の入り口は木の柵しかなく、それも三分の一は破壊されている。柵の近くに怪我をして腕から血を流している女性がうずくまっていて、五体のワーウルフは獲物を定めたとばかりにゆっくり近づいて行った。

「来ないで…っ、助けて、助けて…!」

 錯乱しそうな様子に、私はすぐさま白虎に指示を出しす。

「白虎!左翼に展開しろ、各個撃破するぞ!」

 私は右側のワーウルフに狙いを定めて両手で剣を握り、出せるだけの速度でワーウルフに向かった。 

 ワーウルフ達はこちらに気付き、女性を襲うのをやめて私に剣を向ける。

「そうそう、敵はこっちだよ!」

 振りかぶって斬りつけてくる剣の内側に身を躱し、私の剣を体の左側の、臍より少し上くらいの場所で水平に構え、すれ違いざまに一刀で切り裂いた。そのまま右足で通り抜け、一体目の後ろに居た次の個体が体勢を整える前に剣を右上に構え、いったん左足に重心を移してワーウルフに向き、右足で踏み込みながら一気に切り伏せる。二体撃破。

 真ん中に居たヤツがウオオと怒りの雄たけびを上げつつ、力任せに剣を振ってくきた。

 あーやだ、雑雑。

 ギリギリの距離を測って継ぎ足して後ろに引き、剣を振り切った無防備な体を、身を低くしながら貫いた。


 白虎の方は一体を始末して二体目の腿に噛みついた所だった。

 お茶目な奴だ、それじゃあ斬られるぞ。

 私は一歩踏み出してからひょっと飛んで、白虎に噛まれながらも襲おうとしていたワーウルフの剣を持つ手を、後ろから斬り落とした。

 後の始末は白虎に任せて、怪我をしている女性に向かおう。これが紳士の務めというものだ。


「お嬢さん、もう心配いりませんよ。怪我を治療しましょう。」

「…あ…、う…」

 膝をついて手を差し出すが、女性はよほど怖かったらしく、涙をぼろぼろと零して震えるだけで、言葉も出ない。

「水がめに甘露は満たされる。年輪を重ね葉は繁り、幾重の枝に実りあれ。願わくばいみじく輝く一滴を分け与え給え。歓びは溢れる、汝の奇跡の内に。ソワン」


 水属性の中級回復魔法だ。これで問題ないだろう。破けた服は直らないけど。

 傷跡すら残さず治療ができて、ありがとうと何度も言いながら、女性は声をたてて再び泣き始めてしまった。

 

 観衆からは歓声がもたらされる。周りに人が近寄ってきて、泣いている女性の知り合いらしき人が彼女の肩を抱いて無事を喜んでいた。

「スゴイ強いんですね!ギルドに来て下さい、緊急依頼としてカードに記録できますから!これで貴方はEランクですよ!」

 先ほどのギルドに居た男性だ。興奮した様子で、私に語り掛けて来る。

「本当に!?そりゃあ嬉しい、すぐ頼むよ。」


 ギルドでは先程と同じようにカードを機械に乗せ、情報の書き換えを行っていた。その間に私のランク章であるコインは、Eランクのものと交換された。これは嬉しいぞ!

 危険性のある緊急依頼を規定の時間内にこなして報告すれば、報酬ポイントが余分に付くそうだ。

 

 新しくなったランク章を眺めていると、後ろから誰か近づいてくる。

「いやあ見てたよ。強いんだね!それで、出来れば南の国境付近の街まで、護衛してほしいんだけど…」

 中年の男性だ。帽子を被って茶色いベストを着た、温和そうだがあまりパッとしない感じの男。

 南か。ちょうどいいな。

「私も南に行く予定だ、受けてもいいね。出発はいつ?」

「できれば今日にでも出たい。兄貴の娘が怪我をして、大変らしい。何もできないが、様子を見に行きたくて…」

 あ、なるほどなるほど。だから私ね。

「まあ、ギルドランクあげたいし、構わない。回復魔法を使ってほしいんだろ?」 

「い…いいのか!?図々しくてすまない、護衛代がギリギリで回復薬を買えないんだ。兄貴はポーションを買ったらしいんだが、効果が薄いらしくて、手紙で泣きついてきた。」

 話によると、どうやら途中の街でお金を稼ぎながら行くか考えていたらしい。しかし時間も勿体ない、と。

 私が快諾すると男性は破顔して手を握り、なぜかギルドの依頼が張り付けられている掲示板に行った。

 そして一つの依頼札を持ってきて、私に手渡す。


「これは途中の街まで荷物を運ぶ依頼だから、一緒に受けるといいよ。わりとそういうのを許してくれる人も多いから、他の人の護衛をする時は確認するといい。ただし、途中の場所でも討伐依頼だと危険が伴うから、護衛中に受けるのは嫌がられる。」

 ほお!これはいい事を聞いた!効率的にランクアップできそうだ。

 そして本人も依頼札を作り、この料金でいいかと確認してくる。私は二つ返事でOKした。


 ワーウルフ退治を見ていた人達から色々と声を掛けられたり誘われたりしたが、その日の内にこの小さな村を発つことにした。


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