第5話 冒険者エクヴァル(4)

 さらに南に下って、だいぶ目的地に近づいてきた。

 今日はこの街で宿を取ろう。大きめだが素朴な感じの街だ。

 ここは坂が多くて、温泉宿が並んでいる。基幹産業は観光らしく、様々な年齢の人々が楽しそうに歩いて賑わっている。

 こういう所を女の子と歩きたいな。そして貸し切り温泉にふたりで入るんだ。


「あ、天使。」

 背中から生えた真っ白い翼に、思わず声に出してしまった。

 どうやら冒険者とその契約者らしい。男はBランクのランク章を提げている。

「やあ、君も冒険者?」

 男の方が声をかけて来た。

「ああ、まだEランクなんだけどね。」

「ランクなんて頑張ればすぐに上がるさ。僕はウルバーノ、Bランクだ。何か困ったことがあったら、相談に乗るよ。」

 天使を連れているだけあって、親切な男だな。そういえば、Aランクになるには特に、人格や他者からの評価も考察されるって聞いたな。そういう意味かも知れない。

「私はエクヴァル。旅の途中だけど、何かあったら遠慮なく声を掛けさせてもらうよ。」


 宿を選んで荷物を置き、早速温泉に入って来た。

 ちょっと熱いけど最高。夕飯も美味しかった。たまにはこういう贅沢もいいものだな。

 気分よく廊下を歩いていると、なにやら階段の踊り場の方から話し声が聞こえた来た。


「そのような事、許しておけんだろう!」

「いや、熱くなるなよ。人命優先だ。無理な捜査は人質が危険になるだけだ。」

「そうだが…しかし!」

 町で会った、先ほどの軽装を解いた冒険者のウルバーノと、黄緑がかった色をした短い髪の天使、カシエルだ。何やらキナ臭い話をしているなあ。

 気分もいいし、暴れる話だったら噛ませてもらおうかな~。


「やあ、さっきはどうも。同じ宿だったんだね。で、どしたの、こんな場所で危なそうな話して。」

「ああ、エクヴァルさんだっけ。いやちょっとね、冒険者ギルドで聞いた話なんだが」

「…あまりこういう場で話す内容には聞こえなかったよ。部屋に移らないか?」

 声を潜めると、確かに、とウルバーノが苦笑いを浮かべた。


 話の内容はこうだ。

 冒険者ギルドで、とある依頼を見つけた。内容は、行方不明者の捜索や目撃情報の提供。

 どうやら盗賊団が絡んでいるらしく、情報だけでも多少の賞金を出すそうだ。その盗賊団は、人さらいまでして奴隷が合法の国に売るとか。転々と場所を移っているため、捕まえられないらしい。それを見た天使カシエルがすぐにでも何とかしたいと言い、ウルバーノはこういった捜索は難しいから慎重に、とたしなめていたようだ。

 天使、好戦的だな。


「ふ~ん。ならダメもとで、私が盗賊団を探ってみようか?」

「…できるのか?危ないし、盗賊団がどこに潜んでるか、どんなメンバーか、何もわからないんだよ。」

「最近また行方不明者が出ているから、まだこの街の近くに居るのではと噂されいる。」

 ウルバーノは私を心配してくれているようだ。カシエルはやれるならやってくれ、といった感じだな。

「私みたいなEランクとかの冒険者は、捨て駒としてちょうどいい筈だろ。うまくいけば人質を移す時の護衛として、駆り出されないかなと思ってね。」

「そううまくいくかなあ…」

「やれる手はどんどんやって行けば、いいんじゃないの?」


 次の日、私たちは三人で街の中を歩いた。

 土産物屋が立ち並ぶメイン通りは人が多く、女性の姿も沢山ある。浚ってすぐに出て行っているか、まだ物色しているのか…。まだいるとして、どこに潜伏しているのか。

 温泉客だけじゃなく、冒険者や新しい宿を建てる建築関係者など、色々と歩いている。

「…あ、これいいね。お土産にいいかな。」

 私はすぐ脇の土産屋で売っている、キラキラ光るキーホルダーを手にした。

「おいおい、遊んで…」

「しっ。あの向こうの宿の前に居る男が怪しい。買い物の振りをしろ。」

「そのような事が解るのか?」

 天使のカシエルが、声を潜めて訊ねてくる。

 ウルバーノも私に合わせて、土産物を手に取って選んでいるふりを始めた。

「若い女ばかりをチラチラ見てる。アレは物色してるね。」

「…あんた、よく解るな。まさか同業者じゃないよな?」

「……失礼だな、君は。」

 

 ここでいったん目立つ二人と別れ、私はあの怪しい男の動向を探った。

 彼は特に何をするでもなく、昼間から酒場に入って酒を飲み始めた。

 私も同じ店に入り、うっかりしたフリをして男のテーブルの酒を倒す。ガタンとグラスが倒れ、透明な液体がテーブルに零れた。

「おい、何すんだよ!」

「…こりゃすまない!お詫びに何でも飲んでくれ、ここは払うから。」

 一旦は怒鳴った男だったが、この言葉を聞いてあからさまに嬉しそうな表情を浮かべる。

「そうか?ならまあ…いいけどよ。」

 私はさりげなく向かい側のイスに座り、同じテーブルを囲んだ。

 そして濡れたテーブルを拭いてもらい、男に確認しながら酒とつまみを何種類か頼む。


「いやあ、なかなか仕事がなくて焦ってたんだ。何をしても長続きしない方でね。」

「おいおい、あるんだろうな、ここで払う金くらいはよ。」

「このくらいなら何とか。ていうか、もうパーッと使っちゃおうかと。」

 笑いながら何も考えていない軽い男を演じて、Eランクのギルド章が見えるようにする。男は確かに確認して、ニヤリと笑った。

「何なら、仕事を紹介しようか?」

「仕事!?そりゃ助かるけど、私で出来そうな事かい?」

「勿論だ。」

 簡単に食いついてきたな。これは近々、動きがあると見た。


 宿を引き払うよう言われ、私は金がうくと喜ぶフリをしつつそれに従って、連れられて街の外れまで歩いた。そこにある廃旅館が拠点のようだ。明日の夜に出立で、南西の街に移動するので、その護衛をしろという。

 南か。南東なら良かったけど、まあいいか。

 気付かれないように使い魔を飛ばし、ウルバーノとカシエルに伝達する。


 部屋には四人の男がいて、皆今回の護衛らしい。他にも盗賊の仲間らしき者たち、少しは腕のたちそうな用心棒も建物内にいるが、肝心の被害者が見当たらない。ここではないのかも知れない。

「あ~男ばっかりだな。ここは女の子、いないの?」

「…なんだなんだ、軽そうな男だな。夜に出発するってんだし、女は居ないだろ。」

「なんてこった。まだこの街に来て、一人にも声をかけてないのに…」

 ここにいる奴らは、何も知らなそうだ。私と同じ、声を掛けられたが内容もろくに知らない冒険者だな。


 そして出発の夜。

 私たちは先頭近くを歩かされた。これは、前から交渉相手もしくは仲間が来て、もしかすると私たちを挟み撃ちにして始末するつもりかも知れない。人身売買の目撃者になるからな。

 一日歩き、途中で一晩野営して、次の夜に到着予定らしい。

 数台の馬車の内の二つから、女性の呻きのようなものが時折聞こえている。一緒の部屋に居た他のメンバーが、やばい事に巻き込まれたと怯えていた。

 

「やあ。飲まないの?」

 一人で少し離れた場所にいる四十歳前後とみられる男性に、コップを持って声をかけてみた。

「……他の連中と違い、ずいぶん明るいな。」

「そう?人生、楽しくした方がいいじゃない。」

 呆れた様な諦めたような笑いをする男だ。擦り切れた服で、鎧もろくに整備されていない。

「…まあ、そうだな。もう逃げるわけにもいかんだろう…。」

 男は自嘲気味に、自分はもとBランクの冒険者だったが、賭博にハマり借金の末に問題を起こし、冒険者資格をはく奪されて彼らの手下になったと呟いた。

 多分、明日私が殺されると思って話してるんだろうな。そういう使い捨ての護衛を、前にも見ているんだ。

 何の覚悟も決められない。だから君は二流以下なんだよ。とは言わずにおいた。


 ところであの二人はちゃんと大丈夫なんだろうか。私の使い魔がついているから、居場所は追える筈だが。

 明日、誰かと合流したところを叩く予定だ。

 ちなみに私の使い魔とは、コウモリと黒猫に変化できる小悪魔。小悪魔で二つに変化出来る者は珍しいが、かわりに戦闘能力がほとんどない。本当の姿は10歳くらいに見える、角と尻尾を生やした女の子の悪魔。紫の大きな目をした可愛い子だけど、ちょっと気弱だ。


 道を進むごとに、周りの雰囲気は処刑台にでも向かうような暗いものになっている。

 いやね、最初から依頼が怪しかったと思うんだけど。金額も良かったし、これ最初から殺せば払わないで済む設定だったんじゃないか。

 そして着いたのは、奴隷売買が認められている国の入り口付近だった。そのちょっとした小屋の前で、商談相手のような男たちが姿を見せた。でっぷり肥えて高そうな服に身を包んでる奴が、トップなんだろうな。

 馬車を覗いて、さらわれて来た女性たちを品定めしている。

 トップと思わしき男が内の一人をムリヤリ連れ出し、服を破いた。女性が悲鳴を上げるのを、頬を力任せに叩いて黙らせる。そして体を確かめる、とか言い出しやがった。

 …これはもう、アウトでしょ。


「やめておけ、私は女性に乱暴する者は許せない性質たちでね。」

「…Eランクが、粋がるじゃねえか!」

 近くにいた用心棒らしい、筋肉質の屈強な男が私を殴りにかかってくる。

 内側に入って腕を取り投げ飛ばすと、気持ちいい程すっ飛んでくれた。

「おい、アイツをぶっ殺せ!」

 トップらしき肥えた男がそう叫ぶと、皆が剣を抜いて準備を始める。殺されると気付いていた使い捨ての護衛達は、震えていて何もできないようだが。

 私もここはひとつ、自慢の剣で相手をしようかなっと!


 襲い掛かってくる相手の剣に合わせるように切りつけると、敵の剣や胸当てごと体まで斬れる。

 まあ、当たり前だ。攻撃力を強化したオリハルコンだし、ランクにもよるだろうけど、竜の鱗も斬れるからね。鉄や鋼なんて、相手にもならない。

 ちょうどこのタイミングで冒険者ウルバーノと天使カシエルが間に合った。使い魔に合図を送り、被害者のいる馬車を教える。二人には特に、被害者を守ってほしい。人質にされると面倒だし。


「うわああ!何だこいつの剣、切れ過ぎる…」

「やべえよ、Eランクの動きじゃねえ!早い!」

 お喋りしている敵を止まる事なく斬り捨てていき、既に相手は当初の半分以下の人数になってきた。

 ウルバーノは敵が斬りかかるよりも早く剣を振って斬り殺しているし、天使もなかなかの剣の腕前だった。勢いよく敵に向かって攻撃を繰り出し、次々に素早く切り込んでいく。時折魔法も打ち込んでいる。天使や悪魔って詠唱いらずなんだよな…、羨ましい。


 そこであの、元Bランクがやって来た。こちらを睨みながら剣を前に出す。

「…そこまでだ。」

「それはこちらのセリフだね。」

 男が剣を水平に振るのを後ろに下がり難なく躱し、剣が通り過ぎた右上から振り下ろす。相手は剣を上げて何とか防ぐが、少しよろけた。

「なってない!なってないね、全く!そんな剣では私を満足させられないよ!」

 隙を逃さず、防がれた剣を前に滑らして、そのまま男の胸を突いた。

 後ろに下がったものの避けきれず、鎧を貫いて赤い血が流れる。


「おい…なんだんだ、あの男!Eランクじゃないのか!?」

「それに天使と、Bランク冒険者だと!なぜここに…」

 盗賊たちも突然の強襲に混乱しているようだ。


 私は目の前の男が傷を追って前かがみになったところを、一気に首を落とした。

「……もっと楽しい相手はいないのかな?」

 うっかり笑ってしまいそうだったので、なるべく無表情で周りを探る。戦っている最中に笑うのは不気味だからやめろと、周りから言われているのだ。

 この男が最強だったらしく、誰も襲ってくる気配はなかった。


 不意にザッと何かを蹴る音が聞こえ、その方向を見る。誘拐犯の親玉が走って逃げる所だった。

 しかし森の中に入ったところで大きな悲鳴が上がり、大きな虎…白虎がその男を咥えて姿を見せた。ヒイと、男達の声にならない悲鳴が聞こえる。

 逃げるやつがいるだろうと思っていたので、森に潜ませていた私の白虎だ。

「白虎か…どこから!」

 天使君が臨戦態勢に入ったので、すぐに説明した。

「あ、それ私の白虎。敵の逃走を防ぐよう、指示してあったんだよ。」

「うわあ…、慣れてるなあ…」

 ウルバーノはしげしげと白虎を眺めている。召喚師でもあるし、他者が召喚しているのは興味の対象になる。


「もうこいつら戦意がないみたいだし、捕縛しちゃおうか。あ、刃向かってくれていいから。まだ戦い足りないんだよね。」

 なぜかみんな武器を落として投降した。覇気がないな。

「あ、そうだ。コイツ、か弱い女性を殴ったから、腕を斬り落としていいよね?」

 一応確認すると、ウルバーノがものすごい勢いで首を横に振った。先程まで偉そうな顔をしていた肥えた頭目も、半泣きで謝ってくる。

「やめとけって!女の子が怖がるぞ!!!」 

「…じゃあやめとくか、仕方ない。」

 ヒュッと剣を振って血を飛ばし、軽く拭いてから鞘に納めた。


「あいつが一番ヤバイな、カシエル…」

「ああ…犯罪者以上に危険な人間だな…」

 聞こえてるからね!君達!!

 

 その後は警備に引き渡し、女性達は無事に帰された。

 私は南に向かっている途中だからと告げ、ギルドでは二人でやったと報告してもらう事にして、ここで別れを告げる。

 別れ際にウルバーノが私の剣を見て、一瞬目を止めた。

 …これは何か勘付いたな。目敏い事だな。

 その後は緊張を気付かれないように振る舞っていたので、このままで済ませて黙っている気だと感じ、何も言わずに別れることにした。

 お気に入りの剣だけど、しばらくは代わりになるものを探した方がいいだろうか。意外と知っている人間もいるんだな。


 もっと温泉に入りたかったが、帰りにまた寄ってゆっくりしようと思う。いつになるか解らないけど…

 



 □□□□□□□



「軽薄に見えていたのに、恐ろしい男だったな…。あれは、単なる冒険者には思えなかった。何も聞かなかったが、気にならないのか?」

 天使のカシエルが問いかけて来た。あの男が何者なのか。そんなに他者を探るような奴ではないが、珍しく気になったらしい。

「魔法使いとか、僕ら召喚術師とかにとって、魔法大国エグドアルムってけっこう憧れなんだ。」

「…エグドアルム?」

 唐突に言われて、カシエルは訝し気な表情を浮かべた。

 僕は彼を見て頷く。

「けっこう秘密主義な国でね、神秘的に感じるんだよ。まあ内実は、貴族の横暴が酷いらしいけど。それはともかく、その国についてちょっと調べてた時期があるんだ。召喚術とかのヒントがないかと思ってさ。」

 話を反らされたように感じるかも知れないと思ったが、カシエルは僕の話を黙って聞いてくれていた。


「あのエクヴァルってやつの剣に刻印された紋章…、あれはあの国の親衛隊かなんかの物だった気がする。彼を探るのは、国家機密を探る事になると思う。危険だ。」

「……なるほど…」

「こんな国まで来るほどだ、そしてあの言動。…迂闊に聞いたら、殺されそうだよ。」

「そうだな。躊躇しないだろうな…」

 カシエルが苦笑いする。表情も変えずに斬りかかってくる姿が、目に浮かぶようだ。

 ここのところで色々と依頼もこなしたし、少し温泉に入ってゆっくりしよう。そう話して町に戻った。

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