カールスロア侯爵夫妻とアナベルちゃん・中編

 途中で昼食をとり、農園の視察は午後から。

 お昼は私からしたら質素に感じたけれど、きっと領民にはこれでも精一杯なのね。品数はともかく、味はまあまあ良かったわ。

「デザートはないのかしら?」

「あの、このゼリーはお気に召さなかったでしょうか……?」

 給仕の女性がおずおずと尋ねた。

 赤、紫、白と三層になったゼリー。紫の層には丸いブドウの粒が見えている。でもデザートって、もっと豪勢なものがいいじゃない。

「これもいいけど、アイスクリームはないのかしら? 歩いたから暑くなったわ」

「申し訳ありません、この町ではアイスクリームを販売しているお店もないんです……」

 なんだ、そうなの。アイスクリームで手を打とうと思ったのに。田舎だから仕方ないわね。


「前日に行くなんて言い出すからだ。困らせるんじゃない。それに、さっきも菓子を食べたろう」

「ないものまで出せなんて言いませんわよ!」

 夫が小声で苦言を呈してくる。いやあね、さっきの焼き菓子と食後のスイーツは話が全然違うわ。剣を使う人全員が、槍も得意じゃないでしょうに。

「侯爵夫人、リンゴ園でリンゴを使ったスイーツを用意してくださっていますわ」

 アナベルさんは、多少は気を遣えるようね。

 そうね、そっちが本命ね。


 食事が終わると、すぐに移動。せわしいわ。

 広い道を一時間ほど進んでから曲がり、ゴツゴツする狭い道になった。道の向こうに男性が立っていて、私達の馬車を見つけるなり侯爵様の馬車だ、と騒いで細い道へ姿を消す。品がないわ。

 私達の馬車が細い道に差し掛かった時には、走っていった男性の姿はもうなかった。人が通るしかできない細さなので、通り過ぎてから曲がる。

 両側に広がるのが目的のリンゴ畑ね。たくさんの真っ赤なリンゴが木にぶら下がっている。畑の先には収穫したリンゴを選別したり、保管したりする建物がある。外には壊れた木の箱が積まれていた。


「到着致しました」

 先にアナベルさんが降りて、必ず周囲を見回してから私達に降りるよう言うのよ。我が家の護衛がいるんだから、何かあっても任せておけばいいのにね。意外と心配性なのかしら。

 リンゴ農園では私達の到着を、今か今かと待っていた。たくさんの従業員がいて、皆が緊張した固い笑顔でお辞儀をしている。

「このようなところまで来て頂き、ありがとうございます。誠心誠意、ご案内させて頂きます」

 今度の責任者は女性なのね。顔をこわばらせながら、誰よりも低く頭を下げているわ。

「もっと気楽にしなさい。じゃあ早速、リンゴの生育状況を見せてもらおうか」

「はい、こちらの畑にどうぞ。晴れの日が少ないので少々小ぶりですが、おおむね順調です」


 エグドアルムのリンゴは、あまり大きくない。大きいものでも、女性の握りこぶしくらいかしら。一回りも二回りも大きい他国からの輸入リンゴは、高級品扱いになるの。

 でも煮るにはやはりエグドアルム産がいいと、スイーツに使われることが多いのよ。畑の視察が終われば、素敵なスイーツが待っているわ。


 夫は真面目な顔で説明を受けているけど、私は興味がないのでつまらなかった。むしろ虫でもいたら嫌だもの、さっさと畑から戻ったわ。私の護衛が、椅子を用意するようにと従業員に指示している。

 私は侍女に日傘を持たせて、座ってリンゴジュースを頂きながら待つことにしたわ。

 ただ、これだと遊びで付いてきたみたいだわね……。

 従業員に仕事がきつくないか、対価はしっかり支払われているか、住居に不満はないか、と労働環境について尋ねておいた。できる女な私。完璧よ。


 以前ハットンが凶作で税収が減ったと報告してきたのに、実際はそこまでの不作ではなかったことがあったのよ。またくだらない工作をされないよう、作物の状況はしっかり把握しておかないといけないわね。

 ホントあの男は小賢しく、どこからかお金をかすめ取ろうとするんだから。浪費癖があるそうだから、贅沢をしすぎているに違いないわ。


 夫とアナベルさんは、しばらくして戻ってきた。

 リンゴ農園の女性経営者も笑顔だわ。夫はちょっと機嫌が良すぎじゃないかしら、若い娘達と一緒だからって。随分楽しい視察みたいね!

 今回のスイーツはアップルパイよ、これはお腹がいっぱいでも食べられるわね。艶があってキレイだし、サクッとする生地に柔らかく煮たリンゴ。カスタードクリームも入ってるわ、そうこなくっちゃ。

 視察も悪くないわね!

 リンゴ園の後は、近くの村や町に寄って領民や町長の話に耳を傾けたり、小麦畑を眺めたりしたわ。収穫間近なのね、黄金色に輝いていてとてもキレイ。食欲をそそる色よねえ。夕食は何かしら。


 宿は川沿いにあって、木造の二階建て。周囲は平野なので、遠くからでもすぐに見つけらた。今回は貸し切りなので、他にお客はいない。当たり前だわね、領主で侯爵だもの。

 木材は川を流されてやって来るの。午前中に視察した橋を潜って、森から運ばれてくる。川の幅が狭い箇所を広げられたり、カーブを緩やかにしてあるのよ。

 この宿、景観はともかく、内装はあんまり立派じゃないわねえ。調度品が地味で、部屋も狭いし。壁も天井も普通だし。

 食事はまあまあの味で、焼き立てパンが柔らかくて美味しかったわ。ベッドは硬くて、あまりいい気分ではないわね。それでも静かだったし、ぐっすり眠れた。

 夫のいびきは少しうるさいけど、慣れたからあまり気にならないの。

 以前あんまりうるさいから鼻と口を塞いだら、殺す気かって怒られちゃった。


 さて一夜明けて、質素な朝食も平らげたわ。

 今日は盗賊被害にあった村の視察。

 家を焼かれた村民には、取り急ぎ建てられた平屋が用意されている。そういう報告は受けているから、どういう状況かしっかりこの目で確認するわけ。

 被害の規模を直接確認して、盗賊の手がかりも探すのよ。

 盗賊の根城は判明していないし、規模もはっきりとは分かっていない。

 襲撃してきた人数は二十人にも満たないくらいで、馬や獣に乗っている者もいた。攻撃魔法も使用されたとか。召喚師と魔法使がいるのかしらね。


「さっさと倒しちゃえないの?」

 盗賊なんか、ちょちょいのぽいじゃないの? 国軍を動員すれば敵わないよ!

「どこにいるかも分からん相手を、どう倒すんだ」

「何の為の軍隊なんですか、侯爵なんだからしっかりして!」

「民がこれ以上傷つかないよう気にされるなんて、夫人は心優しいですね」

 あら、アナベルって子は分かってるじゃないの!

 夫ときたら四角四面しかくしめんで、融通が利かないったら。方法を考えるのがあなたのお仕事でしょ、私が知るもんですか。


 話していると、集落の広場らしき場所で馬車が止まった。ここが被害にあった村ね、壊れた家や片付け途中のがれきの山があるわ。

 私達の後ろを走っていた荷馬車も到着。すぐに兵達が荷物を降ろし始めた。

 支援物資の食料だわ。略奪されたから、足りないのね。村人が感謝して集まってくる。そのうちの一人が、夫へと駆け寄った。

「侯爵様、お願いします。私の話を聞いてください!」

「止まれ、無礼だぞ!!!」

 女性は何度も着て擦り切れた服で、必死な形相ぎょうそうをしているわ。

「落ち着きなさい、調査の為に来ているんだ。順番に聞く」

 夫は片手で制して、護衛を前に立たせた。

 村長や自警団の報告を受けるところだったので、そちらを優先しようとする。


 いやだわ、あんなに泣きそうな女性を放っておくなんて。しかも着古した服を着ているのよ、よっぽど困っているに違いないわ。

 紳士のする行いじゃありませんよ!

「あなたが邪険にするなら、私が聞きます。どうしたのかしら?」

「お、……奥様、ありがとうございます。実は私の家の納屋が焼かれてしまいました。家は住めないほどではないんですが、納屋にあった機織り機が燃えてしまったんです。これでは仕事ができません、どうかお助けください……」

 女性は涙をこぼしながら膝を突いた。よっぽど困っているのね。

「納屋に機織り機があったの?」

「母が病で使えなくなったので、納屋に置かれていたんです。私も織物の仕事を始めたんですが、具合の悪い母がいる母屋にまた運ぶより、そのまま納屋で作業しようと……」


 まあ、なんて孝行娘なの! 生活のかてになる機織り機が燃えてしまったなら、今日の食事を支援したからって、その場しのぎなだけじゃない。

 機織り機が必要なのね!

「確か我が家に、使ってないのがあった筈よ。それを運び込ませましょう」

「い、いいんですか……? 少しでも資金を集めなきゃと必死だったのに、機械が頂けるなんて……! それも侯爵夫人様のものなんて」

「私のじゃないわ。侯爵家に住み込んで仕えている、職人の機械を買い換えたの。捨てずにとってあるわ、それをあげる。代わりに私にタペストリーを編んでちょうだい。新しいのが欲しかったのよね」

「いいことをしていると思ったら、何をねだってるんだ……!」

 夫が呆れた声を出す。なによ、聞いているんじゃないの。最初からあなたが受ければ良かったでしょ。


「糸も都合するし、いいじゃない」

「素晴らしいお考えですわ。侯爵夫人に献上できるなら、彼女も幸福でしょう。仕事に張り合いが生まれます」

 アナベルさんがにこにこしている。彼女は仕事は真面目でも、笑顔が多い穏やかな娘なのね。

「そうでしょう、楽しみにしているわ」

「あ、ありがとうございます……!」

 決まりだわね。私も立派に仕事したわ~。ちょっと休もうかしら。


 椅子を用意させていると、夫とアナベルさんがこそこそ話をしていた。

「すまないね、アナベル君。妻がワガママばかりで」

「まさか、とても賢明なご判断ですわ。侯爵夫人からのご依頼があれば、彼女への支援を不公平だと不満をこぼす者もいないでしょうし、依頼用の資材や資金を横領する愚か者も現れないでしょう」

 それって、彼女の父親のハットンや、ハットン子爵に取り入って甘い汁を吸おうとしている連中を指しているのかしら。

「ふむ……、確かにそうか。どうせ思いつきだろうに、怪我の功名だな」

「助けを受ける者は、思惑でも偶然でも関係ないものです。してもらった行為に違いありません」

「それもそうかな、早急に全て手配しよう」


 つまり、私の行動が立派なのよね! それをなによ、怪我の功名って。失敗みたいに言うなんて、夫の方がおかしいわよ。

 アナベルさんは私の味方なのね。ちょっとこの娘、好きかも。

 カレヴァに似合うかと言われれば、まだまだだけどね!

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