◆森のお薬屋さん(冒険者の視点)

「次はこの先の分かれ道を右に行った村に、配達だ」

「採取は全部、済んだかな」

「終わったよ。あとは常時受け付けてる、ポーションとかの素材でもあれば」


 俺達は冒険者だ。二人組で、とある山の中を歩いている。

 この山の中には村が幾つも点在しているから、複数の依頼を受けて一気にこなす。一つずつじゃ効率が悪いからね、地図をしっかり頭に叩き込んで、効率よく回らなきゃな。

 物資を運ぶ荷馬車が通るこの道は、広くなっていて歩きやすい。

「そろそろ休憩しようか、その先に馬車の待避場所があるから」

「そうだな、喉も乾いてきた」

 馬車がすれ違えるほどではないので、所々道幅を広げた退避場所がある。

 通行人は少ないが、やっぱり広い場所の方が休憩しやすいな。


 今日は誰とも行き合わないし、退避場所に馬車もいない。

 普段なら何もないそこに、何故か布が広げてある。布の上には瓶や何かを包んだ小さな紙を、丁寧に整列させて並べてあった。奥に子供が一人、座っている。まだ五、六歳くらいかな。薄紫の髪で、薄汚れた緑色のワンピースを着ていた。

 え、なんで? なんでこんな場所に、しかも一人で? 親はいないのかな。近くを見回しても、本当に誰もいない。子供だけだ。化けキツネとかじゃなくて、本当に単なる子供なんだろうか?

 子供と目が合うと、嬉しそうに破顔した。

「わあい、お客さまです! イリヤのお薬屋さんへ、ようこそ! どれが欲しいですか?」

 お薬屋さん? これ、薬なのか? 本当に? 俺は相棒を振り返った。


「……こんな場所に子供が一人って、怪しくないか? どう思う?」

「……むしろ怪しさしか感じないよ」

「だよなあ。……お嬢ちゃん、どうしてここで、お薬屋さんをやっているの? お母さんが心配するよ」

 本当に人間の子供なのかな。俺はなるべく怖がらせないよう、優しく声を掛けた。子供の扱いなんて分からん!

「あのねー。イリヤの村に、明日お店屋さんが来るんです」

 唐突に商人の話を始めた。子供特有の脈絡のない会話かな、これ。

 苦笑いする俺達をよそに、子供……、イリヤって名前かな。イリヤちゃんは普通に話を続けた。


「イリヤ、お小遣いがもうないの。だから、お薬を売ってお金にするです。そしたら、おかしが買えるですよ!」

「へえぇ……、お薬を売って……」

 さも名案とばかりに胸を張るイリヤちゃんに、相棒は曖昧な返事をする。事情は分かったけど、疑問しか残らない。

「その……、このお薬はどうしたの? 家のを勝手に持ってきたら、怒られるぞ」

「イリヤが作ったお薬です。怒られないですよ」

 えええ……!? むしろ勝手に持ち出していた方が良かった。子供が作った薬を買うのは怖すぎる……! いっそ泥団子とか謎の木の実なら、遊びに付き合うつもりで買ってあげられる。

 イリヤちゃんは早く買ってと期待に満ちた瞳をして、俺達を見上げていた。

 俺は相棒と顔を見合わせた。買わないで立ち去るのは難しい。


「へ、へえ、イリヤちゃんが作ったの。偉いね。……何のお薬なのかな?」

「これは~、お熱をさげる薬。こっちはぶつけたところに、ぬる薬です。イリヤこの前ね、木にぶつかっちゃったの。痛くて少し泣いちゃったけど、お薬をぬったら、ぜんぜん痛くなくなったんだよ!」

 粉薬が熱冷まし、瓶に入った軟膏は打ち身の薬か。

「すごいねぇ」

 他に言いようがない。薬は使ってみないと、効果が分からないからな。ただ、子供が作った薬を飲むのは怖すぎる。塗り薬ならなんとか使えるかな……。


「あとね、おなかが痛い時に飲む薬です。ちょっと甘いんです」

 自分でも飲んだみたいだ、味の感想が出てきた。とにかくどれかを買わなければ。買って欲しいの圧が凄い。

「じゃあ、打ち身の薬はいくらかな?」

「んとねー、銅貨が二枚です」

「瓶も入れてその値段!??」

 安い。安すぎる。むしろ怪しい。本当に大丈夫?

 俺達が薬を前に立ち尽くしていると、ガサガサと草を踏み分ける音がして、森から人影が現れた。


「せんせー、お客さまです。先生もおもてなすです!」

 イリヤちゃんが人影に向かって、小さな手を懸命に振る。グレーがかった長めの髪を下の方で纏めた、学者っぽい人だ。コートに木の葉が付いている。

 この子の先生なの……!??

「……本当に売っていたのかの。すまぬな若人わこうど、放っておいて構わぬわい」

 先生は少し呆れた表情をした。貴族じゃないかな、でもこの子供はどう見てもそこらの村の普通の子供。

「放っておいたら泣いちゃうんじゃ……?」

「イリヤは菓子が欲しいだけでな。小遣い程度なら私が渡すぞい」

 先生が買わなくていいと言うので、イリヤちゃんは口を尖らせた。

「も~。イリヤのお薬を売るです! 先生、じゃましちゃダメ!」 


「……あの……、もしかしてこの薬、先生もご一緒に作られたんですか?」

「ほほ、そうだの。私が監修しているし、火を使う時は一人にはさせないぞい」

 てことは、イリヤちゃんが作ったこの薬は、実質この学者先生の薬なのでは!?? 改めて眺めると、先程まで怪しさ満載だった薬が立派に映るから不思議だ。

「……買います! 全て買います、全部でいくらかな?」

「やったです! ありがとうござるます~。全部で~……????? むむむむむ???」

 あ、しまった。イリヤちゃんの動きが止まった。計算できないみたいだ。首を傾げて考えている。そもそも、ちゃんと値段を考えてあるの、この子?


「イリヤ、薬を纏めて客に渡すのだぞい。代金は私が受け取っておくからの。子供が余分な金子きんすを持つのは宜しくない、母御ははごに預けるわい」

「いやですっ! イリヤのお金、イリヤが持つの~!!!」

 頬を膨らませて、首を横に振るイリヤちゃん。そうそう、明日使いたいんだっけ。もらわないと不安だよな。

「じゃあ、銅貨五枚をイリヤちゃんに渡そうか」

 提案すると、イリヤちゃんは拗ねた表情のまま俺を見上げた。

「足りないです」

「……十枚でどう?」

「はいです! えへへ~、明日はおかしを買うですよ。紙も買うの。今度はね、ピンクの包み紙にするです」


 イリヤちゃんは笑顔で首から提げている巾着を開き、そこに銅貨をしまった。十枚あるから、小さな巾着はいっぱいになってしまう。

「瓶に入った塗り薬、銅貨二枚って言ってたんですけど……、そんなに安くないですよね?」

 支払いは先生になったから、適正価格になりそう。思わず全部と言っちゃったが、払い切れなかったらどうしよう……。

「さすがにその値段では、瓶の代金にもならんぞい。そうだの、……五枚でどうかの? まとめ売りだし、少しは安くするぞい」

「ありがとうございます!」

 瓶は先生が用意していたということで、瓶の代金を差し引いてイリヤちゃんの家に渡すらしい。そしてまた、瓶を買ってくるのだ。本当にいい先生だなあ。


「これが、お熱の薬。こっちが、お腹の薬。ぶつけた時にぬる薬と~、あとは……なんだったか忘れた薬!」

「痛み止めと、咳が出る時に飲む薬だの」

 紙に包まれた薬は、どれだか分からなくなりそうだ。熱の薬だけ水色っぽい紙、あとは藁の色をした紙。目印らしい模様が書かれているものの、何を表しているのか見当がつかない。この子が書いたのかな。

 二人で分けて、持っている方が責任を持って効果を覚えておくことにした。


「あのね、イリヤ魔法も使えるよ。お勉強、してるんですよ!」

 支払いを済ませて薬を鞄に仕舞っている俺達に、イリヤちゃんが話し掛ける。薬が全部売れてご機嫌だ。

 敷いてあった布は、先生が畳んでいるんだが。手伝わなくていいのか?

「偉いねー。先生が教えてくれるの?」

「そうなのです。かっかも教えてくれるです。みてみて!」

 薬の瓶が割れないよう、着替えの服で包んじゃおう。紙で包んだのは薬用の布袋に入れて、バラバラにならないように。

 言葉だけで返事をして顔を向けなかったので、イリヤちゃんは手を叩いたり足をパタパタさせて、興味を引こうとする。仕舞い終わるまで待ってくれ。


「水よ、わが手にて固まれ。氷の槍となりて、わが武器となれ。いちろに向かいてひょーてきを貫け! ア~イスランサーーー! ヘーイ!」


 すごい、詠唱をしっかり覚えてる。

 本当に発動しているぞ、氷が集まって長くなった。ただ、なんだか波打ってクネクネしている。イメージが雑なのかな。先が丸くなっていて、氷の槍っぽさはない。

 それは俺達を目指して飛んでくる。

「え、当たる当たる!」

「なんでだー!???」

 見なかったからって、本当に唱えてしかも標的にするか!? 酷すぎる!

 当たっても、ちょっと怪我をするだけだろうけど!


「何をしておるのだわい!!!」

 先生が気付いて慌てるが、防御魔法は間に合わない。それでも何かしようとして、動きを止めた。

 次の瞬間、氷の槍っぽいものの周囲に火が発生して、もわっと白い蒸気が上がる。氷の槍っぽいものは、水滴をわずかに残して消えてしまった。

 何が起きたんだ!??

 イリヤちゃんは上空を見上げている。


「かっかだ~」

「阿呆!!! 人に向けて攻撃魔法を放ってはならぬと、教わらなかったのかね!」

 叱りながら地面に降りると、イリヤちゃんが笑顔で駆け寄る。

 あのね、今怒られているよ? 怖い顔で睨まれているよ?

「そうでした! でもイリヤ、魔法を見せてあげたかったです。だって、上手にできるんだよ」

「木にでも当てておれ」

「むむ~。木はつまらないのです」

 かっかと呼ばれた赤い髪の男性は、両手を広げるイリヤちゃんを肩に乗せた。やたら手慣れている。

「……いつまでも遊んでおるのではない、行くぞ小娘」

「はいです。ばいばい、またよろしくですよ~!」


 かっかは再び空を飛び、イリヤちゃんが手を振りながら遠ざかる。先生も後に続いた。呆気に取られている間に、去って行っちゃったよ。

 結局、この人達はなんだったんだろう。

 薬はよく効いたし、かなり安くてお得だった。また買いたかったけど、あれからイリヤちゃんに会うことはなかった。

 他の連中に話しても、夢でも見たんだろう、キツネに騙されたんだと笑われる。気持ちは分かる。


 また森のお薬屋さん、開店してくれないかなー! きっとかっかや先生に止められているんだろうな。

 全部買うよ!??

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宮廷魔導師見習いを辞めて…の、こぼれ話 神泉せい @niyaz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説