◆子供時代 作文の宿題(ベリアル視点)

「かっか~!!」

 

 狩りを終えて来た我に、小娘が手を振りながら駆け寄ってくる。相変わらず、締まりのない笑顔をしておるわ。我が配下、侯爵クローセルは離れて見守っておる。

 我は小娘の母親に近くに竜でもおらんかと訊ね、そういう噂の場所を聞いたことがあると言うので、行って参ったところである。中級のドラゴンがおり、なかなか楽しい狩りができたわ。そのドラゴンから採ったドラゴンティアスを取り出し、目の前で止まった小娘に渡してやった。

「ほれ、狩りの手土産である。薬の材料になるものだ、仕舞っておけ、小娘。」

 小娘は直径十五センチほどの透明なドラゴンティアスを両手で受け取り、日に透かして見ておる。

「わああ!キレイ!これがお薬になるですか。ありがとうございます!!」

 体ごと後ろを向いたと思うとそれを突き出し、クローセルへ自慢げに披露する。

「先生!かっかがステキなものをくれました!」


「良かったのう、イリヤ。」

 クローセルは目を細めて小娘に頷き、我の方へと向き直った。

「ドラゴンティアスでございますな。良い狩りをされたようで。」

「うむ、なかなかの獲物であった!」

 小娘は初めて見るドラゴンティアスに興奮して喜んでおる。

 少しして突然何かに気付いたようにあっと呟き、それを抱きしめて我を見上げた。


「そうでした、かっか。かっかのいいところはどこですか?」

「…そなた、何を聞いておるのだね…?」

 クローセルが慌てた表情をしておる。原因はこやつであるな。

「イリヤは今、先生に文字を教わってます。それで、作文のしゅくだいがあってです、かっかのいいところを書くんです。でも、いいところがわかりません!」

 ……堂々と何を言うのだね、この小娘は。我の良い所など、作文では書き切れぬほどあるではないか!

「これ、そういう事は本人に聞くものではない!自分の目で見て、考えるのだ!」

「……クローセル。そなたは考えねば、我の長所すら浮かばぬのかね…?」

 ジロリとクローセルを見ると、慌てて首を振って弁明をする。

「いえ、そういう訳ではありませんで!ええ、何と申しますか…」

「かっか、すぐ怒る~。」

 ぐぬ!小娘が生意気に、口を尖らせて茶化してきおる!わざとらしく体を揺らす所が、なんとも小憎たらしいわ。


「…怒っとらん!」

 クローセルが地面に布を敷いたので、それに片膝を立てて座る。すると小娘が我のもう片方の足に座ってくる。最近、当たり前になっておらんかね?これで、いいところがないと申すかね!?


「かっかはカッコいいから~、それを書きます。」

「ふむ…解っておるではないか。」

「でもかおって書いたらおわっちゃう。二文字しかないです。」

 酷くないかね!我に対する態度ではないわ!! 

 クローセルの奴め、笑いおって!後で覚えておれよ!今更咳払いして真面目な顔をしてみても、遅いわ!


「かっかはイリヤに先生をしょうかいしてくれたのが、いいです。先生はすごくいろいろ知ってて、とてもすてきです。かっかもまほうを教えてくれるけど、先生の方がていねい。それにやさしい!!」

 …結局クローセルを褒めておるだけではないか。

 しばらく勝手に話しておる小娘を放っておいたが、良い案が浮かんだ。さっそく実行するべく小娘の両脇を掴んで持ち上げ、クローセルに手渡す。

「クローセル、狩りをする。小娘を連れて参れ。」

「ははあ…、なるほど。閣下の勇姿をお見せ頂くわけですな。」

 たかが人間の小娘に侮られたとあっては、地獄の王の名が泣くと言うもの。まっすぐに飛び上がり、森を見下ろしてしばし飛行する。

 クローセルは小娘を小脇に抱えて付いてきた。さすがにどうかと思ったが、小娘は大人しくしておる。


 ワイバーンの谷と呼ばれる、ワイバーンが繁殖する渓谷の付近まで来ると、三体が宙を舞っておった。これは重畳、すぐに獲物に出会えたわ。

「見ておれ、小娘!炎よ濁流の如く押し寄せよ!我は炎の王、ベリアル!灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」

 肩から炎が噴き上がって手を覆い、寄り固まって剣の形を作る。赤黒い炎の剣である。

 まずは三体のワイバーンに炎を浴びせ、怯んだところに剣を振りかぶる。首に斬りつけて一頭墜落させ、次は正面から手に集めた火を一気に放って倒し、最後も一太刀で切り伏せる。

「かっか強い!!!すごい!!」

 クローセルは小娘が良く見える様にと抱きかかえておる。ワイバーンを倒す度に小娘は手を叩いて喜び、歓声を上げた。

 三体のワイバーンは、あっという間に谷の底に姿を消した。


「ほほ、閣下はご立派であらせられよう?」

「うん!かっか、いばりんぼなだけじゃなかったです!」

 小娘は我をどのように見ておったのだね…?

 まあ良い、これで少しは我の力が小娘にも解ったろう。小娘はクローセルに抱えられながら、我に両手を伸ばしてきおった。やはり我の方が良いようだ。仕方があるまい、我は地獄の王である故な。クローセルから小娘を受け取り、肩に乗せてやると、喜んで我の頭を小さな手でぺチぺチと叩く。

「これ小娘!誰の頭を叩いておるか!」

「かっか、これはしんあいのじょうですぞ!」

「なにが情であるか。落とすぞ。」

 クローセルの口真似などしおってからに。少し揺らしてやると、小娘は慌てて我の頭にしがみ付いた。

「わきゃきゃ!!こわい!!かっかいじわる!!!」

 相変わらず騒がしい小娘である。

「…閣下、イリヤがべそをかいておりますぞ。そのくらいで勘弁してあげては…」


「…ふええぇ…っ」

「これ、いちいち泣くでない。…今度甘い菓子を用意してやる。」

「えぐっ、…おかし…、たべるうぅ…」


 谷の下には小さきワイバーンが飛んでおる。どこかに巣があるようで、切り立った崖に生える木をくぐって飛び、上流へと姿を消した。谷底には細く川が流れ、所々岩が顏を出して水を分ける。



「で、小娘の作文とやらの出来はどうであったね?」

「は…はあ。書けてはいるのですが…。」

 クローセルはなんとも言い辛そうにしておる。しかし我について書いたはずである、確認する必要があろう。

 おずおずと差し出されたソレを奪い取り、見てみると。


『イリヤのおともだち』


 なんだこのタイトルは!!!小娘!!誰が友達であるかっっ!!


“かおはいいけどすぐおこる”

―などと書いてあるわ!

“手から火が出た。あつそう”

―とはなんだ。何故だ、良い所として書かれておらぬ…!

“かっかの肩が、いちばんいいのりもの”

―だと…!?あやつめ、我を移動手段として見ておるのかね…?少し教育せねばならぬな…。


「クローセル!小娘に地獄の王の何たるやを、しっかりと教えぬか!」

「は…!それはもう、じっくりと説明いたしまする…!」


 次の日のクローセルの授業は、地獄についてになった。

 小娘は“閣下”の意味さえ、知らずにいたようである…。

「かっかはいばりんぼ!先生はえらいひと!」

 などと、堂々と言い放ちおったわ。おのれ…!!

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