最初の討伐後の二人(セビリノ視点)

「ずいぶん怯えた様子だったが、ニーズヘッグまで倒して来た時はさすがに驚いた…」

 食堂でイリヤを見掛けた私は、トレイを持って彼女と同じテーブルへ向かった。彼女は私と同じ、宮廷魔導師見習い。私はまだエリクサーを完成させていないので、正式採用には至っていない。

 ここは変則的な働きをする、第二騎士団に所属する者たちが使う食堂。討伐任務の打ち合わせを兼ねて私たちも共に食事をさせてもらうようになってから、関係のない時でも使わせてもらっている。

 魔導師の貴族達と一緒というのは、息が詰まる。それに宮廷魔導師の食堂は無駄に豪華すぎるし、性に合わない。


「セビリノ・オーサ・アーレンス様。ワイバーンは群れでも怖くありません。でも、貴族の方が苦手で…。それに、騎士様に混じるのも、恐れ多くて…。」

 控えめに喋るが、内容はどこかおかしい。

 通常はワイバーンの方が脅威だし、騎士団の連中こそ魔導師を苦手としているもの。同僚ながら、奴らは横柄で失礼な人種だ。高位貴族の魔導師なんて、私とて本音で言えば関わりたくはない。


「言っておくが、見習いとはいえ宮廷魔導師なんだ、君が騎士団に命令していい立場だ。」

「……え?私がですか!?」

 このエグドアルム王国は、魔法大国と言われるだけあって魔導師の立場が強い。どうも理解していないような…

「基本的には討伐において、第二騎士団の指揮官と同じ権限を持ってる。君が作戦を計画して遂行しろと言えば、彼らに拒否権はほとんどない。ただしあまりに稚拙な内容だと、騎士団を含む、軍を統括している参謀本部から苦情が来るから、気を付けるように。」

 我が国は北に位置して食料自給率は低いが、魔法アイテムの輸出で得た利益を使い、軍事面にも力を入れている。攻められない理由の一つだ。要所要所に練度の高い兵を配備してある。

 それにしてもほとんど式典要員の第一騎士団よりも、討伐で国に貢献している第二騎士団が立場が下なのは哀れだといつも思う…。


「作戦とか、難しい事は解りません…」

「……とりあえず、一人で突っ込むのをやめるべきだ。」

「はい。」

 魔物と対峙している時の方が生き生きとしているのではないか、彼女は。私は別に、叱っているわけではないつもりだが。


 いくら宮廷魔導師見習いとはいえ、十五歳の少女と話すすべなど私にはない。私のほぼ半分の年齢だ。

 彼女も黙ってしまい、対応に困っていると明るい声が私の後ろから響いた。


「アーレンス様とイリヤさん。先日はお疲れ様でした。」

 第二騎士団の団長、ヴィルマル・ニコライ・アルムグレーン。大柄で短いこげ茶色の髪をした、人好きのする笑顔の男性だ。魔法もそれなりの腕前で、仕事以外でも話をしやすい。

「団長様、先日はご指導いただき、ありがとうございました。」

 イリヤが立ち上がって頭を下げる。ふむ、間違った対応だ。これではアルムグレーン団長の方が困るだろうが。


「エリクサーまで提供したろう、もっと堂々としなさい。それが魔導師だ。だいたい貴殿が“さん”などと呼ぶのが間違いではありませんか?」

「そ、そうでした。宮廷魔導師の見習いでしたな。つい娘の友達のような気持ちになってしまう。イリヤ様、先日は貴重なポーションを提供して頂き、感謝申し上げます。」

 指摘すると団長は頭を下げた。

「そ、そんな騎士様!勿体ないことです!」

 彼女は慌てて両手を顔の前で振って、申し訳なさそうにする。

 背が高く筋肉質な四十歳近い男が相手で、貴族でもない少女に威厳を保てとは難しかったか。 


「そうだ、紹介したい男がいるんですよ、お~い。」

 団長は後ろを向いて誰かを手招いた。黄緑色の髪をした、若い騎士団員だ。食事のトレイを持った男は、すぐに適当なテーブルにそれを置いた。

「ビッレ、この方がお前に飲ませたエリクサーの作成者だ。」

「貴方が…!本当に有難うございました!貴女のおかげで、腕を取り戻すことができました!」

 エリクサーで腕を復元したのか…!あのエリクサーは確かに効果のある本物のようだ。私でさえまだ完成させていないと言うのに、完成したのが偶然であったとしても、偉業には間違えない!なんという腕前だ。

 ビッレという男性は、満面の笑みで深く頭を下げた。そして以前と同じように腕が動くと、回したり握って見せたりした。


 お礼を言われた彼女は、はにかんで照れくさそうにしている。

「アイテムは使う為にあるのです。お役に立てたのなら、それが一番ですよ。」

 なんとも謙虚だ。偽善者だと悪し様に言う者も居るだろうが、ただ、私には好感が持てた。

 確かに道具は使う為に作る。全く正しい言い分だ。

 最近私は、宮廷魔導師への正式採用を目標にし過ぎていたかも知れない。エリクサーを作るのは研究者として当然の帰結。肩書に固執すると好ましくない結果になると、在職している高慢な宮廷魔導師の人格が証明している。


 騎士たちは別にテーブルに行き、私たちは食べかけだった食事を再開した。

 彼女を田舎者だ、礼儀もマナーも知らないと罵る輩も居るが、所作は貴族のように身に染み付いているとまでは言えないものの、なかなか洗練されている。平民だからと差別する者の、なんとも浅ましい事。

 そしてなんだか、おいしそうに食べる。特別な料理でもないのだが、山間いの村が出身と聞いているし、食生活が貧しかったのだろうか…?


「…そういえば。ワイバーン討伐の時の、あの魔法…」

「スタラクティット・ド・グラスですね。あれは氷の柱の数を自分で設定できますので、使いやすいですね。」

 笑顔で話す。私も知っていると思っているようだが…

 

「あ、その…できれば詠唱を教えてもらいたいが…、いや、忘れてくれ。」

 あんな強力な魔法を簡単に教える人間は居ないだろう…。いくら請求されるか解らないが、今の私にはまだ金銭的な余裕はない…

 彼女は二、三度瞬きをして、何か少し考えているようだった。

「そうです今度、魔法実験施設であの魔法を一緒に研究いたしませんか。柱の数による効果の違いや、込める魔力を変えた場合の攻撃力の変化などを調べたいのです。」

「それは、有り難いが…。いいのか?」

「勿論です!御迷惑でなければ、ご一緒できると嬉しいです。」

 こちらが教えてもらう立場になると言うのに、気を使わせてしまったかも知れん。それにしても、なぜそんな嬉しそうにするのだろう?


 そしてこの時に、水属性が得意だと言う彼女の魔法の凄まじさを目の前で見せつけられる事になる。ワイバーンの時は数を多く出し過ぎて、アレで威力が弱まっていたようだ…。なんとも恐ろしい才能だ。しかし、次の討伐が楽しみになった。今度はどんな彼女の魔法が見られるのだろう?

 私も負けてはいられない。せっかく施設も資料もあるのだ、まだまだ勉強せねばならない。

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