宮廷魔導師見習い時代(第二騎士団所属ビッレの視点)


 第二騎士団に魔物討伐の王命が下り、宮廷魔導師組織から派遣された魔導師を含めた討伐部隊が、任務におもむいた。

 その後、新たな討伐任務が発生。

 今度は私、ビッレも討伐隊の一員として名を呼ばれた。

 討伐対象はコカトリス。石化のブレスを吐く危険な鳥型の魔物で、緊急を要する。 新たに部隊を編成し、時を置かずに討伐へと向かうことになった。戻ったばかりの先程の部隊も、慌ただしいなと出陣式を眺めている。

「出陣だ!」


 そこで宮廷魔導師側から選定された魔導師と合流するわけだ。が。

 なんでまたすみれの君こと、イリヤ様がいるんだ? 先の討伐にも同行したから、別の魔導師が派遣されるハズだぞ。我々は嬉しいけれど、これはアリなのか……?

 戸惑っていると、隊長がこっそり耳打ちしてきた。

「魔導師どもは自分の銅像を作るのは好きだが、石像になるのは怖いらしいな。完全な押し付けだ」

「だからって酷いですねえ……」

「全くだ。お前こそまた腕を失わないようにな。気を付けろよ、ビッレ」

「分かってますよ!」

 以前の討伐において、腕を千切られたことがある。アレはかなりの激痛だったし、その後も回復するまで辛かった。イリヤ様のエリクサーのお陰で、腕はすっかり元通りに回復している。本当に足を向けて寝られない。

 そもそも国内で陳情された全ての魔物討伐をになう第二騎士団が一番多くの怪我人を出すのだから、回復アイテムをもっと優先的に使わせてほしい。



 コカトリスのブレスじゃ、受けてから時間が経てば回復は不可能になる。本人はお疲れで申し訳ないが、イリヤ様が同行されるのなら安心だな!

 後方支援として別の魔導師もいるが、全然やる気は感じられない。自分より若い女性を危険な討伐の矢面やおもてに立たせて、良心は痛まないんだろうか?

 移動中、そっとイリヤ様の側に寄って話し掛けてみた。

「お疲れ様です。討伐から帰られたばかりでは? お体は辛くないですか?」

「さすがに歩き疲れました……」

 イリヤ様は騎乗と契約されていないし、馬にも乗れないからなあ。後ろにお乗せしたいけれど、他の団員に睨まれそうだ。ただでさえ規則違反になるしな……。

「飛んだ方が楽ですよね? 目的の村で合流されては如何でしょう」

「いいんでしょうか? 騎士と行軍する決まりだと聞き及んでおりますが」

 原則としてはそうなんだよな。とはいえ、いざ戦闘という時に疲れ切っていても危険だろう。

 俺達の会話を聞いていた別のヤツが、後方で馬車に揺られている支援魔導師の様子を窺いながら、こっちに近付いた。そもそも馬車に相乗りさせて差し上げればいいのに、嫌な男だな。


「先に情報収集するとか、そんな名目にしておけば問題ないですよ。コカトリスですからね、実際に遭遇した人から大きさでも尋ねて待っていてくれれば……」

 コカトリスは、エグドアルムではあまり目撃されない魔物だ。聞き込みの為に先に移動するのは、おかしいことじゃない。誰かから話を聞き、適当な店で休憩しつつ待っていれば面目も立つ。

 隊長にも話を通して、イリヤ様には一足先に向かってもらった。

「……どうせこれ、魔導師長が金をもらって急がせてるんだろ」

「命令を下すのは陛下だが、魔導師長は相談役でもあるからな。あの気弱な陛下を動かすのは楽だろ」

「王妃殿下が口を出してくれると助かるんだがなあ……」

 

 宮廷魔導師長は国王陛下に強い影響力を持っている。しかし芯が強い王妃殿下のことは、かなり苦手としているのだ。

 ……単に芯が強いだけでなく、討伐もこなし、嫌なことには力でノーを突き付ける女傑なんだよね。隣国から嫁いで来られた方で、今でも故国に戻れば王室よりも民の支持が厚い。

 もし我が国の陛下が強気で強引な政策を取るような人物だったら、隣国は完全に属国になってしまったのではないだろうか。

 王妃殿下を恐れる魔導師長は、必要以上に自分から御前に出ることはない。王妃殿下は逆上すると、どんな貴族の家だろうが武器を持って乗り込むからなあ。


 若い頃は海賊退治をして海賊のお宝を身代金として巻き上げたり、違法操業をする他国の漁船を沈めたり、やり過ぎだといさめた近衛団長と殴り合いのケンカをして友情をつちかったりと、とにかく武勇伝に事欠かない。

 エグドアルムは海軍が弱い。

 王妃殿下のお陰で海軍力を付けてきた隣国と条約を結び関係を強固にしようと、王室としては本来、社交界で有名だった王妃殿下の妹君に婚約を申し込んだつもりらしい。姉とは全く正反対の、大人しくて知的な女性なんだ。

 何かの手違いで来てしまわれたが、“違う”と口にできる猛者もさはいなかった。


「あの村だな」

 一晩野営をして、目的の村に着いた。支援魔導師と団長が数人を連れて村長の家へ出向き、我々はイリヤ様と合流する。

 店は数軒しかないので、すぐにお姿を発見できた。イリヤ様は庶民の食堂で優雅に座っていらした。やはり高貴な方に映るのだろう、それなりに客はいるのに、イリヤ様の近くの席はすっかり空いている。

「皆さん、お疲れ様です」

 元気な声で出迎えてくださった。癒される……。

「お待たせ致しました。団長が村長の家を訪問しています、本日中に討伐に発ちましょう」

「やっぱり討伐の騎士様……! こんなに早く来てもらえてありがたい。大きな鶏の魔物が棲みついて、森に入れないんです」

 食堂にいた連中が、わああと拍手で歓迎する。

 石化のブレスを吐くコカトリスによほど困っていたんだな。コカトリス相手に無理はできない、もし石化しても薬が手に入りにくいはずだ。


「コカトリスは、さほど大きくないようです。ただ、卵を温めているという目撃情報もあるので、早く倒しましょう。増えると厄介ですから」

 繁殖する前に気付いて良かったな……! 繁殖力は強くないが、石化ブレスを何羽も同時に放たれると防ぐのが難しくなる。知能がないから、途切れたら順番に吐くとか、作戦を立てた行動はしない。

 ここで腹ごしらえをしたら、討伐に出発だ。

 さてついに出番だという時。

「私は森になんて行かないぞ……! こんな田舎まで来るのも嫌だったんだ、しかもコカトリスじゃないか!!!」

 ごね始めたのは、宮廷魔導師として派遣された男だ。これが魔導師、駄々をこねる子供と一緒じゃないか。そもそも単なる後方支援として参加しておいて、何をぬかしているんだか。


「……そうですか」

 団長の声が低い。きっと村長の前ではいい顔をしたんだろうな、この魔導師。

「おい庶民の女、しっかり仕留めろよ!」

 逃げるくせに偉そうに。イリヤ様は離れた場所から軽く頭を下げられるので、我らが間に立ってお姿を隠すようにした。

 騎士団所属の魔法使いもいる。揉めても仕方ないし、立場はこちらの方が弱い。無理に連れて行くこともできない。

 我々は出発することにした。イリヤ様もいらっしゃる、腰抜けはいらん!!!

「イリヤ様。あの方がいらっしゃらない分、防御魔法は私達が使います」

「ありがとうございます、協力をお願いします」

「こちらこそ!」

 騎士団の魔法使い二人とイリヤ様が、コカトリスと対峙した時の打ち合わせをしている。一羽とは限らないので、防御魔法は最小限の人数で唱え、周囲を警戒する。


 森の入り口は、領主から派遣された領兵が見張っていた。

 彼らからコカトリスが外に出ていないことを確認する。引き続き誰も来ないように、張り番を任せた。

 我らは分散しないように注意しながら、森へ入った。コカトリスと遭遇した時に防御魔法の範囲から外れていれば、石化のブレスを浴びてしまう。どの方向から現れるか分からない、あらゆる方向を警戒しながら徐々に森の奥へと進む。

「グェエー、ゴッゴッゴ」

「コカトリスの声だ、近いぞ!」

 木々の間に赤いトサカが見え隠れしている。まだこちらに気付いていない。

「弓隊、前へ。左右に分かれて構えよ」

 弓を持った数人が、慎重にコカトリスを狙える位置へ移動した。なるべく音を立てないように、木の影に隠れつつ、かつ迅速に。

 虫かそれとも落ちている木の実でも食べているのか、コカトリスは地面をつついている。


「放て」

 指揮官が顔の高さに手を挙げたのを合図に、引き絞った弓から一斉に矢が放たれる。ヒュヒュンと飛び、何本も無防備なコカトリスの羽毛に刺さった。

「グエーッ!?」

 驚いて顔を上げたコカトリスを、槍隊が飛び出して突き刺す。羽をバタバタとさせて威嚇するが、剣を持った騎士が槍隊と入れ代わりで武器を振った。

 順調だ、魔法もなく倒せたか!?

「こっちにもいます!」

 別の班からの声に振り向くと、ブレスの準備をしているコカトリスがいた。


「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」


 騎士団の魔法使い二人が、すかさずブレスの防御魔法を唱える。

 薄い防御の壁がスウッと展開され、灰色の石化ブレスを防いでくれた。ちなみに木や草は石化しないが、ここに昆虫でもいると石化してしまう。こういう痕跡がある時は、コカトリスの存在を疑うべし。

 イリヤ様は防御魔法を確認してから、短い詠唱を開始。これは攻撃ではないな。


「壁よ包み込むものとなれ、丸く丸く……柔らかき檻、怨敵を捕らえたまえ」


 聞き慣れない詠唱が終わっても、何も発動しない。

 いや私達を包む防御魔法の壁が形を変え、今度はコカトリスをブレスごと囲んでいく。ブレスが中に閉じ込められ、コカトリスは自らの石化ブレスに包まれた。他人の魔法に干渉して、追加詠唱を行使するとは!

「これでコカトリスは弱ります。ブレスが消えてから、とどめを刺してください」

「はいっ!」

 全員が揃って返事をする。コカトリスのブレスを無効化するなんて、さすがイリヤ様! 魔法が途切れてブレスが消えていくのを待ち、攻撃を仕掛けた。

 討ち取ったら次は卵探しだ。繁殖したら困るからね。

 暗くなる頃に、討伐任務は全て終了。森の入り口を守る兵も連れて村へ戻った。

 

 城へ帰還したら、最初にするのが任務終了の報告だ。

 何故か歩いただけの支援魔導師が、一番称賛されてやがる。本当に宮廷魔導師か、アイツいらないのにな……!

 イリヤ様は、任務が終わった後に貴族の魔導師達が、冷たい視線を向けくるのが悲しい、と仰っていたことがある。押し付けているくせに、怪我でもすればいいと思っているんだろう。本当に根性の曲がった連中だ。

 なので普段の魔導師長への報告は、アーレンス様がおこなっていた。

 今回は手柄のないヤツが成果を主張して、勝手に魔導師長の元へ報告するだろう。恨めしいが、本当に憎らしいが、イリヤ様の平穏を考えればその方がいい。

 魔導師長の側近は貴族主義の、イリヤ様にとって会う価値がない連中ばかりだ。


 職場が居づらいって、嫌だよなあ。どうにかならないだろうか。

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