エクヴァル君と親衛隊2(親衛隊の誰かの視点)

★今更ながら、初対面の時のお話です


 ついに配属が決まった。

 皇太子殿下の親衛隊に入隊できた我々は、いずれ殿下が即位の暁には近衛兵にそのままなれる。全部で千人、その内から選ばれた各部隊で三十人の精鋭、合計百五十人だけが約束されているんだけどね。

 皇太子殿下には、密命もこなす側近が五人いる。

 親衛隊は五つの部隊に分かれ、この五人の直下に置かれる。殿下から直接拝命する、この五人の指示に従うことになるわけだ。

 さて問題は、五人のうち誰の下につくのか。五人といっても、明かされているのは四人だけ。最後の一人は“ミッシング・ファイブ”なんて囁かれている。とにかく表に出てこないのだ。いずれ誰か判明するだろう、それも楽しみの一つだ。


 そんな我々、第二部隊総勢二百名の前に姿を現したのは。

「やや、さすがに壮観だね」

 エクヴァル・クロアス・カールスロア。

 カールスロア侯爵の三男で、殿下のご学友。コネで側近になれたと噂の男だった。正直、ちょっとガッカリした。皆そうなんだろう、肩が下がる。これからは彼をカールスロア司令と呼ばねばならない。


 カールスロア侯爵家は武門の家柄で、エグドアルム王国三大侯爵家の一つに数えられる。

 三兄弟は、長男が国王陛下から紋章官に任じられているエリート。ただ、紋章官は戦争になっても戦わない。交渉などをする役職なので、侯爵はあまり快く思っていないようだ。あの人、わりと脳筋だからな。危険も少ないし、普通の親なら大喜びだ。

 次男は乱暴者。子供の頃は優秀だったんだけど、甘やかされてダメになった典型例だね。ちなみに無職。

 そして三男。皇太子殿下の側近、エクヴァルその人。

 士官学校の成績は、可もなく不可もなく。軽い女好き、との噂。侯爵は側近に選ばれている彼には、あまり興味を示さない。親子で同じ部屋にいてもろくに会話もなく、彼も父親と関わるのを好まない。そんな感じらしい。

 カールスロア侯爵って軍人としては立派だけど、親としてはイマイチだよな。


 そんなエクヴァル司令が、どんな演説を聞かせてくれるのかな。

 壇上に立った彼は、我々をザッと見渡した。

「諸君、親衛隊への入隊おめでとう。うーん、あまり喋っていてもつまらないだろう。せっかくだ、自己紹介がてら手合わせをしよう」

 いきなり手合わせとは。怪我をさせたら問題にならないかな。相手は三大侯爵家の人間だぞ。我々は、特に三十人の精鋭は、学術よりもむしろ武力をかんがみて精鋭に選ばれている。接待かな……。

 精鋭である三十人全員に、木剣を持つよう彼が促す。

 他のメンバーは少し離れて観戦をすることになった。


 武器を手にして、誰から行くか目配せをする。カールスロア司令は我々の様子を黙って眺めていた。

「まだ決まらない? 私から行ってもいいのかな」

 待ち切れないように、木剣の刃の部分で自分の手をトントンと叩く、カールスロア司令。大丈夫かな、あの人。

 予告だといわんばかりに切っ先をスッと前に出したと思うと、彼はいきなり走り出した。

 は、速い!

 カンと乾いた音がして、一人目と木剣がぶつかる。攻められた仲間はとっさに構えたが、間に合わず体勢を崩してしまった。次の瞬間、司令の木剣は仲間の腹に食い込んでいた。

「ぐはっ……っ」

「油断し過ぎだね!」

 もう隣にいる男と切り結んでいる。動きも決断も早過ぎる!

 これで剣術で有名にならないなんて、おかしい!!

 近くにいた仲間が、司令の背中に向けて木剣を振り下ろした。一歩横に逸れながら振り向き、木剣を躱して逆に相手の肩へ一撃加える。


「遅い遅い遅い! これで殿下が守れるのかっ!!」

 ガンガンと打ち倒していく。地面に倒れた男を蹴飛ばして退かし、次の相手に斬り掛かった。その口元は愉悦に歪み、剣の勢いに反し目は冷酷なまでに冷たい光を放っていた。控えめに表現して怖いし、ヤバイ人だ!!

「ガッ」

 悲鳴を上げることすらままならず、また一人同胞が倒れる。うずくまる姿を冷めた目で見下ろすカールスロア司令の脇へ、一人が木剣を振るった。

 前にいたもう一人と切り結んだタイミングだったので、ついに一撃当てたのだ! 

 これは痛い……ハズ!

 カールスロア司令は一瞬揺らいだものの、ものともせずに切り結んだ相手の剣を流す。反動で前に進んだところに、司令が上から木剣を振るった。

 さらに攻撃を加えて喜んでいる相手の胸に、剣で突きをお見舞いする。切り結んでいたヤツが、攻撃を加えた相手との間に倒れていくというのに、だ。

 まさかすぐに反撃がくると予想していなかっただろう。マトモに攻撃を喰らい、木剣が地面にカラランと落ちて跳ねていた。

「ぎ、ひいぁあ!」

「私の間合いに入っていて、何故そんなに無防備なんだ!」


 いや普通、ここはやっつけたと思うでしょう!

 軽い女好きだ……? 騙された、危険な戦闘狂だあああぁ!!

 周りで観戦しているヤツらも、顔が引きつっている。最初はダレた雰囲気もあったが、今は雑談をする者もいない。目を付けられたくないのだ。

 立っているのは残り少ない……、意を決して後ろから木剣を振り被った。

「はあっ!」

 気合を入れて振り下ろ……そうとした瞬間、振り返った紺の瞳と視線が合う。

 死ぬ。

 直感的にそう感じて全身に寒気が走り、木剣を握る手が思わず緩んだ。

 司令は素早く一歩引きながら体ごと振り返って、木剣を叩きつけてきた。飛んだのは自分の木剣で、司令の剣が来る方向から体をずらすしかできなかった。

 痛い痛い! 二の腕に直撃し、思わず押さえてしゃがみ込む。

「とどめを刺して欲しいのかな?」

「……いえ……」

 コツンと木剣で脳天を軽く叩かれた。

 顔が上げられない。彼は楽しそうでいて、昏い眼差しで見下ろしているだろう。ひいい、怖過ぎる……。


 その後、全員が地面に沈むまでには大した時間を必要としなかった。呻き声が満ちている。骨が折れたヤツはいるが、幸いにも死者は出なかったようだ。

 観戦していた中で、回復魔法が得意なメンバーを含めた、衛生班が治療にあたる。

「想像していたよりも、強くないね」

「しょ、少々油断しておりまして。次からは……」

 バッサリ言い捨てられ、誰かが弁解を口にする。

「戦場だったら死んでるでしょ。死んでから言い訳するのかな? 誰に?」

「……」

 さすがに返す言葉もない。真剣だったら命はなかったと思う。

「君達の代わりは、いくらでもいる。安心して散ってくれたまえ。ただ、殉職だと家族に相応に払わないといけないからね……、しっかりと役に立つように」

 こういう時って、命を大事にとか、油断大敵とか言ってくれるんじゃないの……? もちろん満面の笑みを浮かべている。彼には情けなどないのだ。

 強くならなければ……切り捨てられる。親衛隊に入隊し、しかも精鋭部隊に配属された栄光に酔いしれるのは終了していた。我々は虎の檻に放り込まれたのだ……。


「あらあら、やっぱりこうなるのね」

 やって来た黒髪の女性。確か、アナベル・ロバータ・ハットン。ハットン子爵の長女で、トビアス殿下の愛人ではとも噂されている、恋多き女性。

 関係者以外立ち入り禁止の、親衛隊の訓練場にもフリーパースなのかな。

「アナベル。そだ、君も試合してみる? ウチの精鋭部隊、まだまだでね。親衛隊の他のメンバーも、委縮してるんだよねえ」

「うふふ、エクヴァルの変貌って初見では心臓に悪いわよね。いいわ、どなたかお相手してくださる?」

 そういえば親衛隊の隊服に似た衣装だ。だからって、戦わせるの? このセクシーな女性を?

 鬼だな、ホントに。お相手してくださるなんて、ダンスのパートナーを探すみたいじゃないか。彼女も分かってないのでは。


「で、では自分でお願いします」

 大地と親交を深めている我々を通り抜けて、戦っていなかった一人が木剣を手に彼女の前に立った。彼女は戦えるのかな、それすら不明。もしかして魔法を使う?

「お願いね」

 剣は得意じゃないのと、彼女は木剣より少し短い、丸い棒を手にした。カールスロア司令は、無情にも開始の合図をする。

 隊員がじりじりと前に進みながら、掛け声とともに木剣を横に振った。

「はっ!」

 軽く棒で合わせて避ける、ハットン子爵の令嬢。すかさず振り上げて追撃をする隊員に、令嬢が僅かに近づいた。

 振り下ろされるよりも早く腕を棒で打ち、隊員が怯んだ隙に一歩大きく進みながら、反転して男の横に並ぶ。彼女の持つ棒が相手の脇の下に当てられ、するりと肩の上に移動し、二人が同じ方向を向いたのだ。

 まさにダンスでもするような、軽やかな動作だ。反転しながら上手く動かしていて、棒は押さえるように下ろされ、隊員はそのまま地面に突っ伏した。

 

「はい、勝負あり。彼女は短剣や素手での接近戦が得意なんだよ。私もたまに投げられる。本当に君達、学ばないねえ」

 パンパンとやる気なさそうに手を叩く、カールスロア司令。

 接近戦が得意な女性……。愛人か何かのフリをして、立派な身辺警護だったのか。これは敵をあざむく作戦なのか……。

「ふふ、ごめんなさいね。特訓のメニューが増えるわね」

 優雅に去っていくハットン子爵令嬢。そう、彼女が隠された五人目の側近。

 殿下の側近って……クセのある人物ばかりだ!


 明日も生きていられますように。

 我々は星に祈りを込めた。

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