フォロワー1万人達成! 記念子イリヤ更新(クローセル視点)

「先生、この紙に書いてあるお薬、薬草がちがいますよ。まちがってるです」

 私が昔に契約した人間のレポートを、イリヤに読ませた。製薬を生業とする男であった。採取の護衛の為に召喚されたのだが、小悪魔を喚ぶ予定だったと言う。魔力が多かったので、門が大きく開いたのだな。

 ちょうど人間の世界に本を買いに行きたかったから、私が出たのだ。

 あの男は研究熱心だったので、レポートはイリヤの役に立つであろうの。


「これは代用品を使った薬の作り方だ。だからこれで、いいのだぞい」

「むむ? ちがうのに、あたり?」

 イリヤは首を捻って、不思議そうにしている。まだ納得していないようだ。

「同じ薬を作るにしても、根幹になるものでなければ素材は代用が利く。つまりだの、色々な薬草でポーションを作ることが出来れば、足りない薬草があっても別のもので補えるのだ」

「ふみゅ。じゃあ何を用意するですか?」

「それを色々と研究するのだぞい。イリヤにはまだ早いからの、覚えておくだけで良い」

「は~い」

 元気に返事をしたイリヤが、空を仰いで急に立ち上がった。

「これ、授業の途中だぞい」

「かっかです、先生。かっか~!」


 もう飽きていたのかも知れんの。イリヤは宙を行く閣下に両手を振り、駆け出してしまった。閣下はそなたをどこへ連れて行くか、考えていらっしゃるというのに。

 見上げたままで片手だけを振り続け、走って追いかけるイリヤ。

「かっか~、どこ行くですか」

「前を見なさい。危ない……」

「ふきゃあ!」

 ゴン。

 注意するのが遅れてしまった。そのまま木に突っ込み、豪快にぶつかって後ろに倒れる。本当にどうしようもない子供だわい……!

 慌てて近寄ると、すぐに上半身を起こした。


「ふええ、痛い~。ああああぁん!」

 泣くのだから、もっと注意せよと言うのに。閣下も気付かれ、こちらに降りていらっしゃる。

「おでこをぶつけたのかの。薬を塗るぞい、手をどかしなさい」

「ぐす、お薬……」

 瓶を取り出し、ヒヤッとする軟膏を塗りつけた。これでいいだろう。

「これはイリヤが作った薬だ。どうかの、効果は」

「イリヤのお薬!? すごいです、もうぜんぜん痛くないですよ」

 すぐに笑顔になったが、そんなに即効性があるわけがない。そもそも痛み止めではないぞい。偽薬プラシーボ効果のようだの。

 薬をイリヤに持たせ、また夜寝る前にでも塗るように告げておいた。


「全く。何をしておるのかね、小娘は」

「かっかが、イリヤが呼んでるのに、どっか行っちゃうから」 

 わざわざ来て下さった閣下に、拗ねた表情をしているぞい。感謝せぬか。

「我に用でもあるのかね」

「……どこ行くのかなーって」

「どこでも良いではないか。ほれ、いつまで地べたに座っておる」

 閣下はイリヤを立たせて、いつもの切り株に座るように促された。

「かっかもイリヤとお勉強、するですよ。先生みたいにりっぱになれます!」

「……せぬわ」


 本当に、とんでもないことを言い出す子供だわい。閣下は私よりも、遥かに立派でいらっしゃる。閣下、私を睨むのはやめて下され。閣下を敬うよう、しっかりとイリヤを指導しておりますぞ。

「イリヤもちゃんと、教えてあげるよ」

「そなたが我に、何を教えるのだね!」

「かっかは魔法を教えてくれるけど、お薬作りはイリヤの方ができるもん!」

 しまった、先ほどの薬で自信を持ち過ぎてしまった……。泣き止んだのは良いが、どうもこの子供は極端だのう。得意満面だ。


「イリヤのお薬、すごいんですよ。かっかにも分けてあげるね。また怪我をしたら、使うといいですよ」

 使いかけの薬を、閣下に渡してしまう。それはイリヤが使う物だぞい! 閣下に献上するのなら、せめて未使用の物にするのだ……!

「……使うといいとは、礼儀をわきまえぬ子供よ」

 私がオロオロとしていると、閣下はまだ赤いイリヤの額をじっと見て、薬を受け取られた。

「もう治っちゃったよ」

 額を摩って、自分の薬の効果をアピールしている。


 こんなに閣下に大事にされているのだ。いい加減、理解して欲しいわい。

 閣下はまた出掛けられ、イリヤも今度は大人しく授業を受けていた。


 日が傾く少し前の、イリヤが帰った後に閣下は戻られた。

「小娘は帰ったかね」

「は。あの後は集中して学んでおりました。自作の薬の効果があったのが、よほど嬉しかったのでしょう」

 また薬を作ると、張り切っていたわい。熱冷ましも作った、次は皮膚病の薬にでもしようかの。幸いこの山で材料が揃う。

 イリヤは真面目に取り組んでると報告すると、閣下は少し嬉しそうにされた。


「それにしても、小娘め。また我に薬など押し付けおって」

「また? イリヤは他にも、閣下に薬を渡されたので?」

「最初に会った時にな。ほれ、これである」

 閣下は無造作に薬を出された。瓶に巻かれた紙には文字はなく、記号とイラストが記されている。これは文字が読めない民に売る為のものだ。

 使いかけであるし、家の常備薬でも持っていたのだろう。それにしても、何故この薬を閣下に献上したのだ?

「……閣下は、お腹を下されたので?」

 おかしいのう。この世界の食べ物が、お体に合わなかったのだろうか。

「……何故だね」

「これは下痢止めの薬のようでございますぞ」

 イラストからして、どうもそのようなのだが。私の説明を聞いた閣下の口元が、ピクピクと引きつる。


「……こ~む~す~め~!! よくも我をたばかりおったな……!!!」

 どうやらお気付きではなかったご様子。黙っていれば良かったぞい……!

 イリヤに貰ったものだからと、必要はないが持っておられたのか。

 イリヤよ……、いい加減にしてくれんかの……!

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