アーレンス男爵の憂鬱(セビリノ君パパ視点)

「……先日の見合いは、先方に迷惑をおかけした……」

 連休をもらい久々に我が家へと戻って来ていた息子は、私の呟きに何の事だというような、不思議そうな表情を見せた。

 息子であるセビリノが宮廷魔導師見習いに抜てきされてから、今まで付き合いがなかったような貴族からも、見合いやお茶会の誘いが増えた。息子は見合いは全て断ってくれと言うが、どうしても断れない話があったので、顔合わせだけでもと無理に受けさせたのだが。

 ……結果は散々だった。


「お前は魔法以外の話は出来んのか……」

「難しいですな。他にどのような話をしたら、よろしいでしょうか」

 真顔で何を聞くんだ。呆れる私を見かねてか、妻が話を続けてくれた。


「セビリノに貴族の誰かの噂話などはムリですわね。そうね、話題の本の話とか」

「本。そういえば先日、黒本堂の本店に行って参りました。中級クラスの攻撃魔法の魔導書を、今まで黒本堂と付き合いのなかった魔導師が執筆されたそうで。それの内容確認を、エグドアルムの宮廷魔導師の方にと頼まれまして、私に話がまわってきたのです」

 魔法の話だな。まごうことなき魔法の話だ。


「……女性は花が好きだろう。良い庭園や公園の情報はないのか」

 セビリノは頷いて、これなら解ると受け合う、が。

「花。エピアルティオンの花は趣があると思います。洞窟に生えるので飛行魔法が使えぬのならば行き辛いですが、私の秘密の採取地を教えても」

「採取と言ったな……」

 庭園を教えるように言ったと思うんだが。

 どうしてそうなるのだ。我が子ながら解らん……。


「食べ物のお話なら無難でしょう。王都になら、美味しいレストランやスイーツのお店がたくさんあるでしょう?」

 さすが妻、住んでいる都市の話なら出来るだろう。息子は少し考えている。

「スイーツ、ですか。私は専門外ですね。よいハーブを売っている店は如何でしょう? たまに希少価値のある薬の材料も、売り出されますよ」


「結局すべて魔法関係の話になるではないか!」

 だめだ……。ただでさえ仕事第一で、家庭を疎かにするのは目に見えている。セビリノの嫁には忍耐力が求められる。浮気をしてもいいのなら耐えられるだろうが、見習いとはいえ宮廷魔導師の妻と不倫したい男性など、余程のバカか命知らずだ。


「まあまあ、貴方も落ち着いて。セビリノ、貴方の女性の好みは? 好きなタイプの女性になら、もっと思いやりのある対応が出来るのではないかしら?」

「好み……ですか。ふむ、考えた事もありませんが。一生を共にするのならば、やはり食べ物の好き嫌いがなく、趣味の合う女性が良いかと」

 そして趣味が魔法と仕事なのだな! 絶望的だ……。

 これ以来私たち夫婦は、セビリノと結婚の話をする事を諦めた。



 我がアーレンス男爵家は武門の家柄で、もともと爵位だけで領地はなかった。

 五代ほど前の先祖が戦争で大きな武功を立て、この領地を賜ったと伝えられている。先祖は戦上手だが貴族間のかけひきなどは苦手で、この下手な伯爵家より広くとも実りが少なく、危険な魔物が多く出没する地を押し付けられた感じになったようだ。

 土地はあれどもあまり裕福ではないが、厳しい土地で懸命に生きる人々の気風と、実直な我が家の家風との相性が良かったらしく、領民とは良好な関係を築いている。



 子供の頃から背が高く体格にも恵まれたセビリノが魔導師を目指すことを、当初は他の貴族から武門の家柄の嫡子であるのにと、揶揄されたものだった。それでも魔法に興味のあったセビリノの為に魔法の家庭教師を付けたが、すぐに教師を追い越してしまう。潤沢な資金も伝手もないのだ、教師のなり手が見つけられない。

 やがて養成所に入所することができ、そこを好成績で卒業して宮廷魔導師見習いになると、見下していた連中は掌を返して接近してきた。現金な奴らだ。


 現在は念願の、正式な宮廷魔導師として採用されている。珍しくかなり興奮した様子で報告に帰って来た日の事を、つい昨日のように思い出せる。

 セビリノは積極的に討伐に参加して報奨金をもらい、全て領の為にと仕送りしていた。そう言う点では立派な息子だ。我が領に強力な魔物が出没したと知らせれば、すぐさま駆けつけて守備兵と共に討伐をしてくれた。

 隣の領を治める辺境伯が派兵してくれる約束も取り付けてあるので、そちらの軍と共闘することもある。辺境伯はセビリノを気に入ってくれていて、会うたびに褒めてくれている。


 やがて宮廷魔導師長による数々の不正が暴かれて糾弾され、逃走した挙句に他国にて自滅すると、なんと息子に次期魔導師長の打診があったそうだ。しかしセビリノは自分の修行ができなくなると、きっぱりと断った。魔法第一だからな、やはりという感じだ。

 魔導師長ともなれば、人事や他国との外交、予算についてなど、とにかく雑用がふえる。今まで通り討伐して研究して、などとはいかないだろう。


 その後は何故かチェンカスラー王国に行きっぱなしで、やっと一時帰国した息子がなんと、紹介したい人がいると言って来たのだ! これはもしや!?

「貴方、単に気の合うお友達かも知れませんよ。魔法第一のあの子には、気軽に遊ぶような親友もおりませんでしたもの」

 妻の言う事も尤もだ。聖獣を使った通信の返事で異性かと確認したところ、そうだと答えが来た! 希望の光が差して来たぞ……!


 息子が連れてきたのは、薄紫の髪をして控えめで清楚な印象の、十歳は年下の女性だった。おお、素敵な女性を選んだな! ついに、ついに、ついに!!!

 しかし喜ぶ私の耳に入ってきたのは。

「師匠のイリヤ様です」

 意味が解らんぞ、息子よ……!!!


 女性も困ってしまっていた。

 さらに魔法と結婚したと思われているという妻の言葉を聞いたセビリノは、何を考えたか唐突に結婚してくれ、などと申し出たのだ。勿論、断られた。バッサリだ。

 

 私が妻にプロポーズした時は、レストランの個室を予約し、指輪を渡して申し入れたものだ。成功の暁には、あらかじめ店員に頼んでおいた花束とケーキを、音楽の演奏に合わせて持って来てもらった。サプライズに妻はおおいに喜んだ。親が決めた許嫁だったが、そのくらいの演出は必要だろう。

 息子のプロポーズときたら、酷いものだった。嫌われなかっただけ儲けものだ。イリヤという女性は貴族ではないというのが信じられない程に上品で謙虚で、息子には勿体ない程だった。


 そもそもプロポーズする時に“師匠”などと言っているようでは、全く脈がない。

 名前で呼ぶのだ、そういう時は。

 しかし自分で気づかなければ意味がないだろうな。私は何も言わないぞ。本当に結婚したいと思えば、自然に相手を名前で呼ぶだろう。アイツはまだまだダメだ。


 我が家に一泊滞在した彼女は、夜中までセビリノと居間で話をしていたようだ。結婚前の男女だ、何かあっては宜しくないので、使用人に同じ部屋に居る様にと命じておいた。

 次の日に二人が帰ってから、どんな話をしていたのか尋ねてみると、使用人は少し困ったような顔をした。


「難しい話が多く、あまり理解できなかったのですが」

 前置きをして話し始める。

「どうやらドラゴンを退治した時の魔法の話、プリママテリア? の、変換とかなんとか、そんな魔法に関する話などを、しておられました。それと魔法薬の代替品を使った時の効果について、あとはエリクサーがどうとかお話されていたようなのですが……」


 まさか。あの女性は、セビリノと同じ趣味を持っているのか!?

 本当ならば希少だ! 実在するとすら思っていなかった!

 これは是非息子に頑張ってもらい、まずは異性として認識されるところから始めて欲しいのだが……。そもそもセビリノの方が、彼女を魔法の擬人化扱いだった。


 前途が多難過ぎる……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る