第3話 初取得

「え? ヘルさん!」


 薄れていく視界と軽い酩酊感のなかで確かに聞こえた苦笑交じりのヘルさんの言葉。それは私との小さな約束を了承する言葉だった。

 あの仕事一筋でツンな感じのヘルさんが、最後に主義を曲げてくれたかと思うと、それだけでなんだか嬉しい。次にどこかで会えるときがあればそのときが楽しみだ。


「さて、それはそれとして。いまは姉さんのお陰で手に入れた初のVRMMOを全力で楽しもう。まずは、と」


 顔を上げてまず目に入るのは大きな山。そして、5メートルほどの高さの壁と正面で開け放たれている外開き・・・の門。その門の脇に門番の人がいて、門の向こうには建物や通行人が見えるので、ここが始まりの街リイドなんだろう。ここから見た限りだと、なんとなく後ろの山にめり込むようにして街が作られている感じだ。ちなみに街の反対側を見ると周囲は膝くらいまでの草に覆われた草原が続いている。

 とりあえず周囲の確認はそのあたりにして、街に入ってみようか。と歩いてみて気が付く。


「……凄いな、本当に自分の体みたいに動かせる。多少の違和感がないわけじゃないけど、十分無視できるレベルだ」


 その感覚が、ちょっと面白くなってきてストレッチをしたりして体を動かしていたら、意識が馴染んだのかすぐに違和感もなくなった。そうなってくると、今度はなんだか楽しくてしょうがなくなって、さらに見様見真似のシャドウボクシングや、空手正拳突き、ムエタイのキックなんかの動きをしていたら。 


<【体術】を取得しました>

 

なんか覚えました。


「そういえば〔見習い〕中はスキルを覚えやすいんだっけ」


 アナウンスが聞こえてきて思わず動きが止まってしまったが、もう一度同じ動きをしてみると明らかにさっきより鋭さが増している。


「なるほど、これがスキルか。そういえば自分のステータスも見られたよな……えっと」


 あった。注意して視界の右上のほうを見ると虫眼鏡のアイコンが不自然に浮かんでいる。これに焦点を合わせるとアイコンが正面に移動してくるので、これをタップすればメニュー画面を開くことができる。その中からステータスのマークをタップすればステータスが表示される。慣れれば一連の動作は視線だけでもできるらしいけど、余裕のあるときは空間をタップする感じがVRMMOっぽい。メニューは発声でも代替できるみたいだけど、街の中でひとりごとは目立ちそうでちょっと恥ずかしいだろう。

 表示されるステータスは自分以外に可視化するかどうかも決められるらしいが、基本的には他者不可視にしておこう。


名前:コチ

種族:人間 〔Lv1〕

職業:見習い〔Lv1〕

副職:なし

称号:なし

記録ホルダー:なし

HP:100

MP:100

STR:1

VIT:1

INT:1

MND:1

DEX:1

AGI:1

LUK:97

スキル

【体術1】


「あ、LUKが高い。これは運がいい」


 それ以外の数値は見事に最低値、だけどプレイ開始時の初期値はHPとMP以外は全種族とも同じ。種族ごとの変化が出るのは基礎レベルが上がったときで、[ドワーフ]はSTRやVIT、DEXがあがり、[エルフ]だとINTとMID、DEXが上がる。[人間]はLUK以外がランダムで上がるみたいだけど、あまり偏らずに平均的に上がるらしい。あとはレベルアップによってSPステータスポイントが貰えるため、それを自由に割り振ってプレイヤーごとに特徴を出していくシステムだ。

 あとは職業レベルがあがるとその職業に適したステータスが上がっていくからプレイヤーの数値上のステータスはその合算で決まる。

 ただし、LUKだけはステ振りができないうえに、初期値も本当に運が影響していて、各プレイヤーごとにランダム。その範囲はたしか1から99の間だったはずだから、私のとびぬけたLUK値はリアルラックの賜物ってことだ。それにちゃんと取得した【体術】も表示されている。


「でも、これだけチュートリアル中のスキルが覚えやすいなら……」


 例えば足元の石を拾って、街の反対側に向かって投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。拾って、投げる。


<【投擲術】を取得しました>


「よし!」


 思わず声が漏れる。試しにもう何個か石を投げてみると、さっきまでは弾道も狙いも定まらなかったのに今度は狙った付近へ鋭く飛ぶようになったし、飛距離もかなり伸びている。

 ……やばい、これ楽しい。現実の自分ではできないことがステータスとスキルの助けがあればできる。まだ始めたばっかりだけど、VRMMOにどっぷりとはまる人が多いというのもよくわかる。


「となってくると、もっとたくさんスキルを覚えたい。いろいろ試してみるか」


◇ ◇ ◇

 

<【瞑想】を取得しました>

<〔見習い〕として十個のスキルを最速で取得したため【10テンスキル最速取得者〔見習い〕】の記録所持者になりました>


≪【10スキル最速取得者〔見習い〕】の記録が更新されました≫


 ※注 < >=プレイヤーアナウンス,≪ ≫=ワールドアナウンス


 なんかもらいました。【記録ホルダー】はこのゲーム内でのギネス記録みたいなもので、運営が決めた種目? において全プレイヤーの中で最も優秀な記録を出したプレイヤーひとりだけに与えられる。当然ながら記録を抜かれたプレイヤーは【記録】を失う。

 運営が設定した【記録】の対象は意外と多く【30日間最多ソロ討伐数】なんかの戦闘系だけではなく、【料理レシピ数最多取得】みたいな生産系もあるし、【フレンド最多登録数】なんてのもある。それに各記録もある程度の基準を越えないと認定されないから、いまだに【記録】保持者どころか、対象行為が分かっていないものもたくさんあるらしい。

 初ログイン前に【CCO】のことを調べたときに【記録】の存在は知っていたけど、自分が【記録】を取れるとは思わなかったから、今回取得したこんな【記録】があることすら知らなかった。貰った【記録】を確認してみると、効果はこんな感じ。


【10スキル最速取得者〔見習い〕】

・条件

 〔見習い〕職のときにスキルを十個取得するまでの時間が一番早かった者が所持する記録。

・効果

 記録を所持している間、スキル熟練度が微増する。


 持っている間はスキルの熟練度が微増か。チュートリアル中は熟練度がほとんど得られないみたいだし、転職したら覚えたスキルのほとんどはリセットされるから、この【記録】の効果が本格的に役に立つのはチュートリアル終了後ってことかな。

 で、私のステータスはこう。

 

名前:コチ

種族:人間 〔Lv1〕

職業:見習い〔Lv1〕

副職:なし

称号:なし

記録:【10スキル最速取得者〔見習い〕】

HP:100

MP:100

STR:1

VIT:1

INT:1

MND:1

DEX:1

AGI:1

LUK:97

スキル

(武)

【体術1】【投擲術1】

(魔)

【瞑想1】

(体)

【跳躍1】【疾走1】

(生)

【採取1】【採掘1】

(特)

【罠設置1】【罠解除1】【罠察知1】 


 跳んで、走って、草むしって、地面の石を掘って、丈の長い草をたくさん輪の形に縛って、縛った草を探しながら解いていったあとに、大の字になって目を閉じて休憩していたらいろいろ取得した。

 うん、さすがチュートリアル。

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