第11話 魔法屋エステル


「あんちゃん! 今日はちゃんと帰ってくるんだよ。夕方までに戻ってくればまた料理を教えてやるからね」

「ありがとうございます、おかみさん」


 食事のあと、しきりに遠慮するおかみさんを説得して後片付けを手伝い、ついでに明日の仕込みを手伝わせてもらった。その結果、やっぱりおかみさんが手間暇かけてこその美味い料理だということがわかった。私もリアルでは一人暮らしのため、簡単な料理はしていたが、いかに機材と素材と調味料に助けられていたかを実感してしまった。本当の料理というものの片鱗を垣間見たような気分だ。

 そして、おこがましくも【料理】のスキルを覚えてしまった。さすがにいまの実力でスキル頼みの料理はおかみさんに失礼な気がしたので、おかみさんにここにいる間は弟子として料理を教えてもらえるようにお願いしたら快く了解してくれた。しっかり教われば現実での料理の腕もあがりそうで、ちょっと楽しみだ。


 そのあと部屋に案内してもらったが、ゲーム内とはいえ三日も徹夜したせいか、崖から転げ落ちるかのようにぐっすりと眠ってしまった。おかげで今日は朝から調子がいい。




「次は魔法とかどうだい? 魔法屋へ行けば〔見習い〕用の巻物スクロールを貸してくれるから行ってみな。冒険者ギルドの隣だよ」

「魔法! わかりました、行ってみます!」


<チュートリアルクエスト3『宿屋で泊まろう』を達成しました>

<報酬として100Gを取得しました>

<チュートリアルクエスト4『魔法を覚えよう』を受領しました>


「ちょっと待ちな! どうせ一日ほっつき歩いてるんだろうから、弁当くらい持っていきなよ。夢幻人のインベントリなら腐ったりしないんだろ?」

「はい、ありがとうございます!」


 出掛けにおかみさんがくれた葉野菜に包まれた焼き兎肉を挟んだおいしそうなパンを、お礼を言って受け取りインベントリにしまうと誰もいない大通りをひとりで歩く。

 いよいよ魔法かぁ、【神聖魔法】は取得したから【聖癒ホーリーヒール】で回復の魔法は使っていたけど、攻撃魔法はまた別物だよな。


 小さな街の中、しかも目指す店は通りを挟んだ反対側、魔法屋に着くまではあっという間だ。すぐに到着した魔法屋の看板は魔導書と水晶玉を意匠したものでわかりやすい。


 年甲斐もなくワクワクしながら扉を開けて店に入ると、中は意外と殺風景だった。まあ、この街のお客さんは夢幻人である私だけだろうし、夢幻人がこの街の魔法屋で買い物をすることはまずない。だから店としては商品を陳列する必要はないし、お客さんをディスプレイで惹きつける必要もない。

 つまり商品棚が空っぽで、店員がカウンターにだらしなく突っ伏して伸びていてもまったく問題はない。ないんだけど……棚はともかく、店員の態度は絶対に制約が解けたせいだろう。


「あの~、おはようございます」

「…………なに?」


 店員は、まるで魔女のように大きな鍔の三角帽子をかぶったまま、投げ出した右手を枕にカウンターへ突っ伏しているので、ここからは性別も年齢も分からない。だが、投げ出された腕の細さと白さ、聞こえてきた声、そしてカウンターに広がっている透き通るような金色の長い髪を見るに若い女性であろうことは推測できる。


「魔法を覚えたいんですが……」

「……ん? ああ、はいはい。じゃあこれ持っていって」


 枕じゃないほうの左手でカウンターの下をごそごそしていた店員が、四本の巻物を乱雑にカウンターに放り出す。


「あの……どうやって使うんでしょうか?」

「はぁ? ……ちっ、めんどくさいわね。開く、読む、狙う、撃つ、おしまい」


 むむ、さすがにこれはどうだろう。顔も上げないまま、適当な説明をして左手をひらひらと振る店員というのは、いくら制約が緩くなっているとは言っても手抜きが過ぎるんじゃないかなぁ。まあ、そっちがその気ならこっちも……


「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」

「はいはい、よかったわね。魔法を覚えたら次は薬屋だから勝手に行っていいわよ」


 チュートリアルの進行すら放棄ですか、そうですか。それなら遠慮はいらない、かな?


「はい、ではさっそく」


 貰ったスクロールの中から蒼い紐が巻かれた【水魔法】のスクロールを紐解いて“開く”……そして“読む”。


「【水よ、弾となりて】」

「はぁ! あんたなに店内で!」


 私がスクロールを読み上げ始めたのを聞いて、慌てて顔を上げた店員さんは推測どおり若い女性だったが……想定外だったのは、その店員さんが金髪金瞳の超絶美人だったこと。


「【敵を穿て水弾ウォーターバレット】あ、しまった」


 それがどの程度だったかというと、店内の壁を“狙って”“撃つ”予定だった【水魔法】が、店員さんに見惚れてしまったことで狙いの判定が店員さんになってしまったほど。

 その状態で初めて攻撃魔法を使用したのに、かろうじて……本当にかろうじて直前で魔法を上方にそらせたのは奇跡的偉業ではないだろうか。


「へぇ……今回の夢幻人さんは随分とやんちゃなようね」

「い、いえ……それほどでも」


 なんとか、店員さん直撃コースを避けられたとはいえ、放たれた【水弾】は店員さんの頭上、つまり天井に当たった。私のステータスが低いことに加えて、〔見習い〕用のスクロールだったゆえに天井板を壊すことすらできない威力のようだが、天井に当たって弾けた水は下へと降り注ぐわけで……そこでは店員さんが三角帽子に流れてきた水を鍔の端から滴らせながら、引き攣った笑みを浮かべていたりする。


「あなた、お母さまから室内で魔法を撃ってはいけませんって習わなかったのかしら?」

「……え、えっと、幼少のみぎりに父母を事故で亡くしてまして、あ、生憎あいにくと存命中には習わなかった気が」


 まあ、両親が死んでいなくてもそれを習うことは一生無かったと思うが……アルやミラ、ガラのような強者の雰囲気を放ちながら、物騒な笑みを浮かべる店員さんには言わないほうがいいだろう。


「ふふふ……それは災難でしたわね。ではわたくしが代わりに教えてあげましょうか?」

「い、いいいえぇ、結構です。でで、でも、店内で魔法を使ったのは申し訳なかったですけど、もとはと言えば店員さんが私を適当にあしらおうとして手を抜きまくっていたのが原因ですよね? 私は言われた通りに“開いて”“読んで”“狙って”……は失敗しましたけど“撃った”だけですから」

「ふふふ、いえいえ遠慮はいりませんわ。水をぶっかけてわたくしの目を覚まさせてくれたお礼に、大魔女グランウィッチエステルの至高の技をお見せしますわ」


 お、お名前ゲット。なんて浮かれてみるが、こちらの言い訳は聞いて貰えないらしい。

 問答無用でゆらりと立ち上がったエステルさんが、白く細長い指を私に向けて伸ばす。あ、これ……絶対にやばいやつだ。


「まずは【無詠唱】」


 エステルさんの小さなつぶやきと共にエステルさんの周囲にパチンコ玉ほどの青い玉が浮かぶ。たぶんだけどあれは高度な技術で制御された、ただの【水弾】の魔法だ。でもその威力と精度はもはや別の魔法と言えるレベルな気がする。あれに比べたら〔見習い〕用スクロールの【水弾】なんかコップの水をかけられるよりも程度が低い魔法だろう。


「次は【連続魔法】、ついでに【並列発動】。しかも複数属性ですわ」


 エステルさんの周囲に色とりどりの玉が次々と増えていく。青は水、赤は火、緑は風、茶は土、黄色と黒は光と闇だろうか……その数すでに三桁近い? いつの間にか私の後ろにまで配置されていて、退路も塞がれている。……もっともあまりにも圧倒されて過ぎてて、逃げる気にもならないんだけどね。現実逃避をするならば、超絶美人のエステルさんが光り輝く玉にデコレーションされているみたいでとにかく幻想的で綺麗だ。


「さらに【複合魔法】よ」

「うぉ、これは…………エステルさんも魔法も凄い綺麗だ」


 エステルさんの周囲の玉同士がくっついて、さらなる輝きを放ち、エステルさんを照らす。そこには、カウンターに突っ伏して惰眠を貪ろうとしていたぐーたらな店員の面影はもはやない。


「な、なにを……ふ、ふん! わたくしの凄さが今更わかっても遅いのよ。どうせあんたたちは死なないんだから出直してらっしゃい」


 エステルさんが指を鳴らす。同時に周りの魔法たちが一斉に私へ向かってきて、

体のあらゆるところに撃ちつけられた魔法で体ごと吹き飛ばされる。


 結局ここでも、リイド住民の手荒い洗礼を受けた私は再び神殿へと飛ばされることになった。 


<【魔法耐性】を取得しました>

<【無謀なる者】の称号を獲得しました>


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