第10話 宿屋のおかみラーサ


 はい、ぼっこぼこです。九種類を半日がかり、休憩なども挟みつつなんだかんだで12時間くらいかけて、ひたすらボコボコにされ続けました。神殿送りにはたまに・・・しかならなかっただけ、アルよりは良心的だと思いました、まる。


<ギルドの講習により【短剣術】を取得しました。【短剣術】は取得済みのため【短剣王術】に変化します>

<ギルドの講習により【投擲術】を取得しました。【投擲術】は取得済みのため【投王術】に変化します>

<ギルドの講習により【拳術】を取得しました。【拳術】は取得済みのため【拳王術】に変化します>

<ギルドの講習により【剣術】を取得しました。【剣術】は取得済みのため【剣王術】に変化します>

<ギルドの講習により【大剣術】を取得しました。【大剣術】は取得済みのため【大剣王術】に変化します>

<ギルドの講習により【盾術】を取得しました。【盾術】は取得済みのため【盾王術】に変化します>

<ギルドの講習により【槍術】を取得しました。【槍術】は取得済みのため【槍王術】に変化します>

<ギルドの講習により【弓術】を取得しました。【弓術】は取得済みのため【弓王術】に変化します>

<ギルドの講習により【斧術】を取得しました。【斧術】は取得済みのため【斧王術】に変化します>

<【頑強】を取得しました>

<チュートリアルクエスト2『冒険者ギルドで戦闘スキルを覚えよう』を達成しました>

<報酬として100Gを取得しました>


 そして、なんかおかしなことになった。

わかりたくないけど、【頑強】はまあわかる。アル、ミラ、ガラにあれだけやられたら物理耐性上昇効果のあるスキルのひとつふたつくらいは覚えてもおかしくない。アナウンス自体は講習が終わるまでなかったが、この講習で神殿送りの回数が減ったのは早期段階でこれを取得していたからという可能性もある。


 問題は講習を受けた九種の戦闘スキル。おそらく、各戦闘スキルのレベルが上がりきった先の上位スキルが【○王術】。発売当初からプレイしているプレイヤーたちが、集中的に特定の武器種を使い続けて、ようやくひとつふたつ取得できるようなスキルだ。

 それなのになんでだろう?

 講習を受ける前、私の戦闘系スキルのレベルは間違いなく全部1だった。講義中に上がったとしても、〔見習い〕ならせいぜい2がいいところのはず。


「よぉし! よく頑張ったな新人! 我がギルドの講習は厳しいが効果は抜群だ! 最後までやりきれば必ず該当武器のスキルが取得できる! 新人も自分のステータスを確認すれば燦然と輝く九つの戦闘スキルが表示されているはずだ! それこそが新人の努力の証! 流した血と汗と涙の結晶だ!」


 新人の講習で、汗はともかく血と涙が流れちゃうのは問題だと思う。効果は抜群とか言ったって、それはクエストの報酬みたいなもので、おそらく適当に手を抜いて講習を受けても終了時には絶対に取得できるたぐいの…………あ!


「……そういうことか。つまり講習を受ければ必ず・・スキルがもらえるはずなのに、私は先にそのスキルを取得してしまっていたから、やむなく上位のスキルに置き換わったんだ…………なんという裏技」


 でも、そうしないとチュートリアルクエストの『冒険者ギルドで戦闘スキルを覚えよう』が達成できない。このクエストが達成できないと次のクエストが発生しないから、ゲームとして詰んでしまう。

 普通ならチュートリアルに従ってプレイをするから、まっすぐ神殿に行って次に冒険者ギルドだ。当然その間に戦闘スキルを取得するなんてことはことはない。制約が解除されたあとのアルとバカみたいに模擬戦を延々と繰り返すようなおかしな奴でもいない限り。

 って、私か。


 妙にすっきりとした顔のガラ、ミラに「疲れただろうから一度宿屋で休むといい」と勧められたので、お礼を言ってギルドを出ると次のクエストが出た。


<チュートリアルクエスト3『宿屋で泊まろう』を受領しました>


「次は宿屋か……ここではあんまり疲労を感じないけど、リイド生活はもう4日目なんだよな」


 半日ギルドでしごかれたせいで外はもう暗い。どうも昼夜を忘れてアルと模擬戦をしていたせいで時間の感覚がおかしくなっている。チュートリアル中は空腹も疲労もほとんどないみたいだけど、本プレイが始まったらゲーム内とはいえ寝食無視のこんな無茶なプレイは成立しないらしい。眠るほうはまだしも、空腹は長く放置すると無視できないほどの明確なペナルティがでるそうだ。


「お邪魔します。冒険者ギルドから紹介されてきました」

「はいよ! いらっしゃい!」


 冒険者ギルドの向かいにあった宿屋『銀花ぎんか亭』の扉を開けると、そこは四人掛けのテーブルがふたつあるだけの小さな食堂のような空間だった。奥にはこじんまりとしたフロントがあって、その奥にある開きっぱなしの扉の向こうには厨房も見える。

 入口を抜けて声をかけると、厨房から貫禄のある中年女性が出てきて威勢よく返事をしてくれた。


「すいません、この街に滞在中はこちらに泊まらせてもらうことになっているみたいなんですが」

「おや! 思ったより普通の子じゃないか。四日も宿に顔を出さないくらいだからどんな変人かと思ったよ」


 おかみさんは、そう言うとあっはっはと笑う。その笑いには勿論嫌味なものは欠片もなくて、おかみさんの人柄の良さが滲み出ている。なんとなく肝っ玉母さんという言葉が脳裏に浮かぶ。


「はは、すみません。ちょっといろいろありまして……私はコチと言います」

「はいよ! あたいはラーサってんだが、好きに呼んどくれ。宿泊も勿論大丈夫だから安心おし。〔見習い〕の間は宿代もいらないからね」

「ありがとうございます。……えっと、おかみさん?」


 なんとなく、名前で呼ぶよりもしっくりくるかなと思ったんだけど、失礼だったかな?


「ん? あぁ、構やしないよ。ラーサさんなんて呼ばれるよりもよっぽどあたいらしいからね。それよりもあんちゃん、食事がまだなんだろ? ちょうど準備ができたところだからそこに座って待ってな。部屋は食事が終わったら案内するからね」

「はい、わかりました。こちらに来てからちゃんと食べるのは初めてなので楽しみです」

「そりゃ、責任重大だね。こんなおばちゃんの料理じゃ口に合わないかも知れないが、量だけはサービスするからたっぷりと食べな」


 さっきまで空腹感はあまりないと思っていたけど、いざ食事となるとやっぱりお腹が減っていたような気もするから不思議だ。言われるがままに食堂の席にすわっていると、すぐにおかみさんが大皿に盛られた料理をどん、どん、とテーブルに置いていく。

 見た目は肉が多めの肉野菜炒めと、ごろっとした野菜を具にした豪快なスープ、山盛りに盛られたパン、そしてワインが注がれたジョッキ。


「あ、うまい」

 

 ちゃんと箸が用意してあったので、肉野菜炒めの山に手を伸ばし肉とキャベツをまとめてつまんで口に運ぶ。うん、薄味だけど普通に美味しい。リアルの料理に比べると調味料が少ないのか、味付けは少量の塩がメイン。肉も脂が少なく淡白なため多少の物足りなさはある。だけど、おかみさんが丁寧に下処理をしたというのがよくわかる一品だった。


「そりゃよかった。お客はあんちゃんだけだ。好きなだけ食べな」

「はい、ありがとうございます。おかみさん、このお肉ってなんの肉ですか?」

「そりゃ、この周辺で捕れる草兎グラスラビットの肉さ。こいつは雑食だからクセがあるし、肉も固くて扱いは面倒なんだが、ちゃんと手間暇かけてやれば食えなくもないだろう?」


 おかみさんの言う通り口の中のお肉にはクセや固さなんてまったく感じない。一見大雑把に盛られているように見える料理も、よく見れば火の通りやすさとかを考えてなのか具材ごとに最適なサイズで均一に整えられている。きっとおかみさんは限られた食材と調味料しかなくても、その条件の中で最も美味しく食べられるようにどんな小さな手間も惜しまない料理の達人だ。


「ふぅ、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 

 気が付けば料理は綺麗になくなっていた。さすがに私ひとりで食べつくすのは無理だったので、途中からおかみさんも誘ってふたりでジョッキを傾けながら完食だ。


 ここに来てからの私の話を聞いて馬鹿笑いするおかみさんの笑い声を肴に、とても楽しい一時ひとときだった。

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