第9話 冒険者ギルド職員ミラ・ガラ
「やっときた……」
ギルドの扉を開けて中に入った私の耳に飛び込んできたのはそんな呟きだった。
リイドの街の冒険者ギルドは夢幻人がひとりしかいない設定のせいか、それほど広い造りにはなっていないようで、三畳ほどのスペースに銀行の窓口のようなカウンターがふたつあるだけだった。ギルドの職員も猫系獣人でケモミミが可愛らしい女性がひとりしか見当たらない。当然さっきの声も彼女だろう。
「こんにちは。冒険者登録をお願いします」
「はいはい。じゃあ、これがギルドカード。夢幻人はインベントリにしまっておいてくれれば大丈夫だからさっさとしまっておいて」
「……あれ? なんか思っていた対応と違うんですが……なんかこう、もっといろいろ手続きとか」
なんだか名前を書いたりとか、得意な武器を書いたりとか、魔力を魔道具で調べたりとか受付嬢との気の置けないやりとりとか?
「にゃ? あぁ、もうそういうのはいいです。多分あなたが考えているようなことは必要ないので。そもそもリイドにきたばかりの夢幻人の皆さんはだいたい似たような能力なので、能力の確認とかもリイドでは意味がないんです。まあ、それでも普通はもう少しそれっぽくするんですけど、あなたに関してはもういいかな、と」
明るい蜂蜜色の髪をした快活そうな雰囲気を纏うヤマネコのような受付嬢さんが、なぜか投げやりに見えるのはなぜだろう。
「えっと、それではメリアさんからの依頼は?」
「あ、もちろん達成です。むしろさっさと次の依頼にいってください」
「次の依頼、ですか?」
「そうよ、次はギルドの初心者教育の一部なんだけど、登録した人には必ず受けてもらうことになっているから拒否はできないわよ」
<チュートリアルクエスト1『冒険者ギルドで登録をしよう』を達成しました>
<報酬として100Gを取得しました>
<チュートリアルクエスト2『冒険者ギルドで戦闘スキルを覚えよう』を受領しました>
ああ、なるほど。本当ならここで戦闘系のスキルを教えてもらえるのか。アルに絡まれたせいですでにあらかた覚えちゃったけど、あんなの我流もいいところだろうからちゃんと教えてくれるなら願ったりだな。
「わかりました。えっと、どうすればいいですか?」
「今から裏の訓練場に案内するわ、そこで習いたい武器を申告してもらえば、あたしか
「はい、それなら全部お願いします」
「にゃ? 剣と槍と短剣ってこと?」
「いえ、習えるものは全部」
「……あなたねぇ、簡単に言うけど、ひとつ指導するのに最低でも1時間はかかるわよ」
「あ、自己紹介もまだでしたね。私の名前はコチです。出来れば名前で呼んで下さい。それと、時間に関しては問題ありませんのでよろしくお願いします」
とは言ってもアラームが鳴ったら一度はログアウトする必要があるだろうけど、チュートリアル用であるリイドは二度と入れないんだから、できることは全部やっておかないと。
「…………はぁ、わかったわよ。ギルドで教えられるのは大剣、剣、短剣、斧、盾、槍、拳、弓、投擲。この九種類を全部ってことでいいのね、コォチ」
種族の問題なのか個人の問題なのか、受付嬢さんにはコチという名前が言いにくいらしく、ちょっと間延びした感じだけど、なんとなくしっくりくるからまあいいいか。
「是非、お願いします。えっと……なんてお呼びすればいいですか?」
「……ミラ、よ」
「はい、ではミラさん。よろしくお願いします」
「ミラでいいわよ。じゃあコォチ、裏に行くから着いて来て」
「はい」
ミラの形のよいお尻を隠しきれていないハーフパンツの真ん中から、ゆらゆらと揺れる細長い尻尾に目を奪われつつ後ろについていく。そのままカウンター脇の通路の奥にあったギルドの裏口を抜けると、そこはもう外。訓練場という呼び名にふさわしい感じの踏み固められた土のフィールドだった。
広さは体育館くらいで、そこを囲うように高さ三メートルほどの土塀がある。フィールドの中には藁を巻いた柱がいくつも設置されているし、土塀には木で作られた的も埋め込まれている。
「よく来た! 新たな夢幻人よ! 俺がこのリイド冒険者ギルドのギルドマスター、ガラである!」
そんな訓練場の真ん中に、ガチムチな巨漢がガハハと笑いながら、腰に手を当てて胸を張り堂々と立っている。見た感じでは、ミラと同じ猫系の獣人? まあ、猫といってもあの髪色と髪型は獅子系の獣人って感じかな。
でも、ミラは移動するときにガラさんに声をかけたりはしていなかったよな……もしかしてガラさんは、ずっと訓練場で待っていたんだろうか? そういえばミラも『やっときた……』って漏らしていたっけ。あれ? そういえばアルも門から動けないとか……もしかしてリイドの人たちってチュートリアル中は規定の場所から動けなかったりする? そうだとしたら、アルのせいで悪いことしたかも知れない。
「ガラさん、こちらはコォチさん。すべての武器種の指導を受けたいそうです」
「おう! そうか! 最近は早く外に行きたい奴が多くてな、なかなか全部を受けていく奴はいないんだが、いい心がけだぞ新人! このギルドで指導を受け、しっかりとやり遂げれば、
チュートリアル終了後に選択できるスキルに5つという制限がある以上は、戦闘スキルは持っていけてもひとつ、多くてもふたつというところだろう。となれば、九種全部を修得していくプレイヤーが少ないのも効率面から見れば仕方がない。
必要なスキルをピンポイントで修得してチュートリアルを早く終わらせ、ちゃんとした職に就いたうえでレベル上げをしたほうが早く強くなれる。
ただし、プレイヤースキルという観点から見れば、いろいろな武器での戦い方の動きを実際に体感しておくことは絶対に役に立つ。そのへんはアルとの模擬戦でボコられながらいやというほど思い知らされた。
だから戦闘スキルはあらかた取得してしまったけど、どこか感覚派な感じがするアルの指導じゃなくて、正規のルートで指導を受けておくのはガラさんの言う通り無駄にはならないだろう。うまくいけばアルにリベンジするためのヒントもあるかも知れない。
「はい、よろしくお願いします!」
「がははは! いい返事だぞ新人! みっちり指導してやるからな。よし、まずは短剣と拳と投擲からいくか。ミラ、まかせたぞ」
「まかされます。さんざん待たされた分、ちょっとストレス発散させてもらおうかな」
うわぁ、やっぱりミラをだいぶん待たせていたらしい。綺麗な緑色の猫目が剣呑な光を放っているような気がする。
「新人! まずは短剣からだ。こちらは刃引きしたものを使うが、新人は見習いの短剣を使え!」
見習いシリーズは、もしかすると刃引きした短剣より攻撃力が低い可能性もあり得る武器。ギルドの指導員相手なら問題なく使用可能な武器だろう。むしろ危ないのは、指導を受ける私のほうじゃないだろうか?
刃引きされていても、当たり所が悪ければ骨折の状態異常をもらってもおかしくない気がする。
それはともかく、インベントリから見習いの短剣を取り出して装備する。
見習いの短剣
攻撃 2 耐久 ∞
〔見習い〕だけが装備できる短剣。壊れない。
見習いの長剣よりも低い攻撃力、驚きの2。いっそ素手でも同じくらいの攻撃力がありそうだが、武器を装備していることで使えるようになるアーツがあるので意味はある。アーツは武器による技のことで、スキルレベルが上がればいろいろなアーツを覚えるらしい。
【火魔法】レベル1に小さな火の球を打ち出す『火弾』があるように、【短剣術】のレベル1にはほんの少し斬撃速度が上がる『速斬』がある。アルとの模擬戦で【短剣術】を取得した私も実は使える。
「それじゃあ、いくよコォチ。構えな」
「はい」
戦いになると、性格が変わるのか口調が蓮っ葉な感じになって獰猛な笑みを浮かべるミラ。その威圧感に内心冷や汗をかきつつも、【短剣術1】による補正の示すままに右手の短剣を構える。
「へぇ、意外と
速すぎる! 低い姿勢から一気に間合いを詰めてきたミラの動きはアルの速さとはまた違う速さ。最大速度は変わらないのかも知れないが、瞬発力が違う! 最高速度に至るまでが圧倒的に速い。
あっという間に間合いに飛び込んできたミラは、いつの間にか逆手に持ち代えていた短剣を私の足下を薙ぐようにして振り切った。と、理解した時にはすでに私の視界はぐるんと回転し、体は地面へと五体投地していた。
「うぐっ…………ぺっ! 夢幻人でも攻撃を受けたら結構きついんですよ……初手から容赦が無さすぎじゃないですか?」
う、口の中がじゃりじゃりする。土とか食べられる設定はいらない気がするんだが……起き上がって口の中の砂利を吐き出した私を、腰に手をあててにやにやとしながら見ているミラ。
……本当にまあ、アルもミラも大人げない。あ、成人指定ゲームだから当然大人の対応ってことになるか。それなら同じ精神レベルでやりあってもおかしくないな。
「にひひ、悪いね。待たされたのはイラッとしたけど、いつもの尻尾がかゆくなるような話し方はしなくてすむから、ついテンション上がっちまったよ」
会話の制約があったら丁寧口調なミラのままだったわけか。それはそれで可愛らしくて眼福だけど……彼女は今のほうが似合っている気がする。でも……
「やられっぱなしはやっぱりムカつきます」
私は意表をついていきなり【疾走】を使って間合いを詰め、【体術】で体を振ってフェイントをかけ、余裕ぶってニヤついていたミラの表情が強張ったところで。
「え? ちょ、ちょっとなにその動き、この街の夢幻人じゃありえないんだけど!」
「『速斬』!」
「うにゃあ! ぶふっ」
よし! やっぱりやられたらやり返さないとね。さっきまでの私と同じように地面に五体投地したミラを見下ろして満足感に浸る。想像以上にうまくハマったけど、それは私がいろんなスキルを持っていることを想定していなかったミラの油断があったせいだろうな。
「……や、やってくれたものね、コォチ。どうやら手加減はいらないみたいね」
尻尾を揺らめかせながらゆっくりと地面とお別れしたミラが、般若の形相で私に振り返る。
「こわっ! その顔怖すぎですから。あくまでも指導ですよね、指導。そうですよね、ガラさん!」
「うむ! 究極の指導は死闘の中にある! 存分に励むといい!」
うわぁ……駄目だ、ガラさんも話が通じない系の脳筋だった。
「死ね! コォチ!」
「いやいや! 死ねとかおかしいですから! 指導員が新人を殺そうとするとか絶対間違ってますよ!」
「うるさいにゃ!」
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