第12話 弟子入り


 神殿前に転移した私の脳裏にアナウンスが流れる。【魔法耐性】か、あれだけ各種魔法を一気に受けたら少しくらい耐性がついてもおかしくないか。まあ、それとは別にまた不名誉っぽい称号がついてしまったけど……。


【無謀なる者】

  最大HPを越える一撃を一度の戦闘中に何度も受けた者に送られる称号

 効果

  HPが最大の時に最大HPを越える一撃を受けたときHPが1残る可能性がある


【命知らず】と似たような獲得条件だけど、こっちは一度の戦闘中か。さっきの魔法は一発一発が間違いなく私の最大HPを上回っていたから、余裕で達成だ。でもこのふたつの称号って普通に安全マージン取ってプレイしていたら絶対にもらえない称号だな。

 効果としてはHPを満タンにしておけば、一撃で死亡するような大ダメージをHP1残しで受けきれる可能性があるというもの。もしこの「可能性」がLUK値に依存するなら、結構な確率で生き残れそうな気がする。それに【命知らず】で覚えた【死中活】の特殊スキルとも相性がよさそうだ。


 それにしても、エステルさんの魔法攻撃は武器でやられるのとはまた違った衝撃だった。ゲーム内だと痛覚はほとんどないけど、痛みはなくても斬られれば『斬られた』って感じの衝撃(?)を受ける。言葉では説明しにくいけど、近いのは精神的メンタルに直接ダメージを受けるという表現かな。もちろんプレイヤーの負荷になるようなものじゃなくて、なんというかテレビゲームで自分の使用するキャラクターが攻撃を受けたときに『やられた!』ってとっさに思ってしまう感覚が近い。

 ただ【CCO】では受けた攻撃によって感じ方がちゃんと変わる。武器での攻撃は『斬られた!』『刺された!』『殴られた!』みたいな感じで、魔法での攻撃は属性によって火系は『熱いっ!』、水系は『冷たっ!』みたいに思わされるから、痛みはなくても臨場感は凄い。


「コチさん、また・・ですか?」

「あ、こんにちはレイさん。すみません、またみたいです。あ、でも今度もアルが相手じゃないので安心してください」


 神殿前でステータスを確認していた私に、後ろからレイさんが苦笑混じりに声をかけてくる。何度もここへ飛ばされている内に、レイさんとも略称呼びを許可されるくらい打ち解けている。

 

「コチさん。会話の制約が解けてしまったせいで、住民たちの自由度がかなり高くなっています。いくら死なないとはいえ、十分に気をつけてください」

「はい、ありがとうございます。まあ、今回は私も悪かったので……これから謝罪も兼ねて、もう一回魔法屋さんに行ってきます」


 親切に忠告してくれるレイさんに頭を下げてお礼を言うと、魔法屋へと向けて走る。だって、エステルさんがあんな凄腕の魔法使いだっていうなら、ぜひとも教えを請わねば!


「え? まだ魔法屋……なんですか?」


 レイさんが何かを呟いていたみたいだけど、必要ならまたあとで話してくれるだろうから、いまは攻撃魔法を優先しよう。



「ただいま戻りました! エステルさん、ご指導をお願いいたします!」

「ぶっ!」


 スキルレベルが唯一2になっている【疾走】スキルを全開にして魔法屋まで速攻で戻ると勢いよく扉を開け(さっき魔法を受けた際に扉ごと吹き飛ばされた気がするけど、気にしたら負けだ)、教えてもらう立場なので元気よく丁寧に挨拶をする。

 ところが、私が戻ってくると思っていなかったのか、カウンターでまったりとお茶を飲んでいたらしいエステルさんが私の大声に驚いてお茶を吹き出していた。吹き出したものがやたらとキラキラしているように見えるのは、ゲーム内の補正だろうか。


「あ……驚かせてすみませんでした。え、えっと……また出直してきましょうか?」


 半眼で私を睨みつけながら吹き出したお茶で濡れる顔を布で拭うエステルさん。そのこめかみになんとなく青筋ができているような気がするのは目の錯覚だろうか。


「あなた、もしかしてわたくしを馬鹿にしているのかしら?」

「い、いえ! とんでもないです! さっきの素晴らしい魔法を見て、実際に受けて、その威力と精度、技術の素晴らしさに感動してしまって。これはもう絶対にエステルさんに教えを請わねばと勢い込んで戻ってきたらこんなことに……本当にすみませんでした。あ! 私はコチと言います」


 仕事中にのんびりお茶を飲んでいたことはどうなんだ? という言い分もないわけではないが、いきなり扉を開けて大声を出したのは完全に私のミスだし、ここで逆らうのは悪手だろう。

 さっきエステルさんと魔法を思わず綺麗だと褒めたときの反応を見ても、心からの賛辞には弱いタイプだと思う。ここは素直に私が思ったことをぶつけるのが吉のはず。


「ふ、ふぅん……意外と素直じゃない。それに……うん、よく見れば可愛い顔してるし、この街の会話の制約を解除してしまうほどの意外性と運もある」


 エステルさんは口元を拭った手をおとがいに当てたまま、小声でなにごとかを呟きつつ、私をじろじろと品定めするように見ている。まあ、狭い店内だし、ひとりごとは全部丸聞こえなんだけどね。


「……そうね、確かに現在の状況は神々さえも想定していなかった事態といえる。この人の前に数えきれないほどの夢幻人が来たけど、こんなことは一度もなかった。ならばこの人のあとにくる夢幻人たちはどう? いえ、考えるまでもないわね。こんな異常事態がそうそう起こるわけないわ……それならばいっそ」


 完全に私を置いてけぼりにしていたエステルさんが、やっと私に意識を向けてくれた。


「あなた、コチでしたわね」

「はい」

「あなたはスクロールで覚えられる魔法だけじゃなくて、いろんな技術も教わりたいのよね」

「はい! 武器についてはアルとガラとミラに教えてもらいましたけど、魔法は……」

「あぁ、あの三人にそんなこと期待するだけ無駄よ。あの三人組トリオは完全に脳筋派だもの。ドンガも似たようなものだけど、彼は一応職人だしね」

 

 エステルさんは脳筋三人組を鼻で笑っている。でもそこには本心で馬鹿にしているような気配はない。この街に来てから何人かの人たちと出会って、話もしてきたけど住民同士の間には絆というか、なんとなくお互いを絶対的に信頼しているというか……そんな不思議な雰囲気を感じる。

 

「よし、いいわ! コチ、あなたの弟子入りを認めます。でもやるからには厳しくいくから覚悟しなさいよ」

「え、本当ですか! ありがとうございます、エステルさん! よろしくお願いします」


 やった! これで魔法のコツも掴めるかも知れない。ますますチュートリアル終了後のスキル選択が悩ましくなるけど、一度教えてもらっておけばスキルの取り方はわかるようになるし、再取得もしやすくなるはず。


「う、うん……わ、わかったから手を離しなさい」

「ああ! すみません、嬉しくてつい」


 おっと、テンション爆上がりで思わずエステルさんの手を握りしめてしまったらしい。勝手に触ってしまったせいか、怒り(?)でほんのり顔を赤くしたエステルさんの手をパッと放すとすぐに頭を下げて謝っておく。また魔法を撃ちこまれたら魔法を教えてもらう時間が少なくなってしまう。


「き、気を付けなさい。わたくしの手をに、握るなんてあなたにはまだ・・早いですわ」


 顔を赤くしたままのエステルさんは、どうやら怒っているのではなく照れているらしい。この街にいたらあんまり出会いもないだろうし、異性との接触に慣れていないのかも。まあ、異性との接触に慣れていないというのは私も人のことは言えないけど、初々しい反応を見ているとついからかいたくなる。姉さんがリアルの「僕」をからかうために、しょっちゅう体を寄せてくるのもなんとなくわかる気がする。


「わかりました。まだ・・駄目なんですね。じゃあ、いつでも握ってもいいと言われるように頑張ります!」

「ふぁっ! い、いえ、そそ、そういう意味では……ああ! もうっ! いいですわ! わたくしの修行を真面目にうけて卒業して、わたくしの願いを叶えてくれたら………………す」

「え? 叶えたらなんですか? よく聞こえなかったです」

「え……だ、だから! て、て、手を握ることを許可します!」


 お、おぉ……これがツンデレか? 美人に照れながらやられると確かに想像以上の破壊力だ。許可されているのは手を握ることだけなのに、なんかドキドキする。


「が、頑張ります」

「あ……べ、別にそんなに頑張らくてもいいわよ!」


 エステルさんが慌てたように声を荒げる。ちょっとからかいすぎたかな? 魔法を教えてもらえなくなるのは困るし、ここからはちゃんとやろう。


「そ、そうですよね。じゃあさっそく訓練をお願いします」

「あ! で、でも……く、訓練はしっかり真面目にやるのよ、コチ」

「勿論です」


 きりっと真面目に受け答えする私に、どこか不満げな顔をするエステルさんだったが、すぐに気を取り直したらしく表情が引き締まる。


「よ、よし。じゃあ、まずは魔法を覚える前に【瞑想】を覚えなさい。魔法の訓練はなにをするにしても魔力MPありきよ。効率よく学ぶためには【瞑想】は必須スキルよ」

「あ、大丈夫です。【瞑想】は覚えてますから」

「へ?」


 せっかく引き締まったエステルさんの表情の寿命は思ったよりも短かった。

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