第47話 包囲


 森までは草原が広がっていて、おなじみのグラスラビットとラージラットという魔物が出るのだが、私の称号のせいで襲ってきたのはカピバラよりも大きな鼠の魔物であるラージラットのみ。

 強さとしてはグラスラビットよりもやや鈍重で跳躍攻撃がないかわりに、突進や噛みつきなどの威力が高いという程度だったので問題なく討伐。ドロップはラージマウスの歯(鋭)と鼠の尻尾。どちらも用途がよくわからなかったが【鑑定眼】で確認したところ、歯は鍛冶やアクセサリの素材で尻尾は錬金素材だった。兎に関しては文字通り脱兎状態、弓の射程にすら入ってこない。なので襲ってくる鼠だけを見習いの長剣でさくっ・・・と倒しつつ森に到着したのだが、予想通りここで日没を迎えた。まだ空の端っこが茜色のヴェールを被っているが、すぐに完全な夜のとばりに覆われるだろう。


 となると、地球の都会のような光源がないここでは月明りと星明りだけが頼りになる。ましてや森の中なんてことになれば、ほとんど足元も見えないはず。


「『光灯ライト』を使って明かりを作ってもいいけど、魔物を引き寄せても面倒か……それなら『闇視ダークビジョン』かな」


【闇魔法】スキルの呪文である『闇視』は妨害デバフ系の呪文が多い【闇魔法】の中では珍しい支援バフ系の呪文で、対象に闇を見通す力を与える効果。暗い洞窟なんかの探索などで重宝するこの呪文の優秀なところは効果時間が長いこと。一度かければスキルレベル×30分くらい効果が続くので、私のスキルレベルなら3時間は効果切れを心配する必要がないのでとても使い勝手がいい。


 念のため周囲に人の目がないのを確認して、無詠唱で『闇視』をかけると黒く塗りつぶされていた森が本来の姿を現す。さすがにはっきりと色までわかるようにはならないが、赤外線カメラの白黒映像よりもかなり普通の視界に近くなっている。


「十分動ける。あとは」


 森の中だと使いにくそうな見習いの長剣は腰に差し、取り回しやすい見習いの短剣を装備。そして、【気配遮断】【索敵眼】【鑑定眼】を同時に発動しておく。

 行き先はあまり考えない。マップ機能が開放されているので森の中を適当に進んでも帰り道が分からなくなることはないので、安心して探索ができる。


「よし行くか」

 

 ひとりでちゃんとした冒険をするのは初めて。しかも夜の森。不安と緊張はあるけど、それを上回るくらいわくわくしている。こんな気持ちはリアルではもう何年も味わったことはない。リイドの人たちと知り合えたこともそうだし、こんなに気持ちになれるゲームに、ちょっと強引だったけど引き込んでくれた姉さんには心から感謝だな。

 このゲームで姉さんを探すという目的はあるけど、さすがにサービス開始と同時に始めた姉さんがイチノセにいるとは思えないから本格的に探すのはもう少しあとでいい。




「おっ、あるある」


 森へ入って周りを見渡すと【鑑定眼】にいろんなものが引っかかる。見つけたものを次から次へと回収して森の中を歩きまわる。



 その結果、一度目の『闇視』が切れるころには結構な成果を上げることができた。【植物鑑定】持ちがあまり探索していないのか、それとも薬草類なんかの再配置のリサイクルが短いのかはわからないけど、『癒草』『浄化草』『癒快草』なんかはとても豊富で、毒草に分類される『黒澄草くろずみそう』『困惑草こんわくそう』もあるし、少し奥へ入ったら夜にだけ紫の花を咲かせる珍しい『紫薇冷草しびれそう』なんかもあった。


 茸系では『赤茸』『黄茸』『茶茸』の食用キノコ、毒系では『青茸』『黒茸』『紫茸』が少数ながら収穫できたし、木の実もざっと確認できただけで『ザーロ』『クーミ』『クーリ』『ギーナン』を見つけたので、こちらも回収。


 木材系も『ブーナ』『ナーラ』『クヌ・ギ』の木があったので、ドンガさんから貰った伐採用の斧で素材化してインベントリに入れていった。


 とりあえず『闇視』が無いとなにも見えないので魔法を掛けなおしてからインベントリをチェックする…………う、これやばいな。ついさっきまでは兎の毛皮だけで埋め尽くされていたインベントリに多種多様の素材が加わっていくのが楽しすぎる。


『楽しんでいるところに水を差すが、囲まれているぞ』

「え? ……あ、しまった。夢中になりすぎて【気配遮断】も【索敵眼】オフになってる」


 このてのスキルは常に発動を意識していないと、効果が自動的にオフになってしまう仕様。素材の回収に夢中になりすぎて【鑑定眼】以外は疎かになっていたらしい。

 慌てて【索敵眼】を使って周囲を確認したが、確かに四方を囲まれていた。いつのまにこんなに……っていうかアオならもっと早く気が付いたんじゃ?


『謙虚で慎重なのだろう?』

「ぐっ!」


 知っていたのにあえて囲まれるまで教えてくれなかったってことか。私が素材集めに夢中になりすぎて周囲の警戒を忘れていたのを戒めるつもりだったんだろうけど……さすがは元災厄級の魔物だけあって主にも甘くない。なんて、100パーセント私が悪いんだけどさ。

 さて、逃げられそうもないしやるしかないんだけど……


「結構数が多いな……しかも木の上と草むらの中に反応があるということは二種類以上の魔物。まあ、後半は普通に大きな音をたてて木を斬ったりしていたし、魔物が集まってくる可能性を考えなかったのは完全に手落ちだな……まったくどれだけ浮かれているんだっていう話。アオからの手厳しい指導もやむなし、か」


 いきなりリイド送りはアルに馬鹿にされそうだけど、やるだけやってだめなら仕方ない。でも簡単にやられるつもりはないけどね。

 私は短剣を左手で構えつつ、インベントリから慣れた手つきで石を取り出す。これは投擲用にいつも一定数を確保しているただの石だけど【投擲王術】で投げれば無視できない威力が出る。


「まずは……上!」

『!!』


 樹上、【索敵眼】の示す反応のひとつに向かって石を投擲。バキバキと枝葉を突き抜ける音と同時に甲高い叫びが上がり、一拍後にどさりと何かが落ちてくる。

 即座に鑑定をすると落ちてきたのはビッグアイズモンキー、レベル16。大きな目玉で手足の長い気持ち悪い外見の猿。そして草むらから出てきたブラックウルフ。こっちはレベル17、中型犬くらいのサイズだけど黒い毛並みに黄色い目で闇に溶け込む狼。どちらも夜行性らしく森の適性レベルと言われていた15を越えている。そんな魔物が合わせて20体前後か、なかなか厳しい。

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