第46話 衝動買い
「あの、大丈夫ですか?」
さすがに多すぎたか……積み上げた白毛皮の向こうにエリナさんが消えてしまった。グラスラビットはなんだかんだで千羽以上倒していて、私のLUK補正によるレアドロップ率は最終的に7割に届くかどうかくらいだった。一部はリイドで装備の素材として使ったけど、レアドロップとは言っても最弱の魔物の毛皮なわけで強い装備の素材には成り得ない。だから作ったのは装備というよりは普段着? 【裁縫】と【鍛冶】の熟練度稼ぎのために作った外套とかマントとか帽子とか手袋とか革鎧とか。どれも装備としての性能は頼りにならないけど戦闘以外で身に付けるならちょっとおしゃれ、的な?
で、使い切れなかった白毛皮がだいたい700枚くらい残っていて、それをカウンターに出したわけなんだけど……高く積みあがっていた白毛皮のバランスが崩れてエリナさんを呑み込んだのを見て、ちょっと驚かせようとか思わず素直に少しずつ出せばよかったと反省。
「……ふ、ふふふ、ふふふふふふふ、こ、この手触り、間違いなくグラスラビットの白毛皮。あぁ~ん! これだけあれば念願のコートが間違いなく安く買えるぅ~! あ…………んんっ! それではコチ様、こちらの白毛皮を全て売却して頂けるということでよろしいですね」
白毛皮に埋もれがら、異性に見せてはいけない顔で毛皮の中でごろごろしていたエリナさんが、私の視線に気が付いた途端にきりっとした顔で聞いてくる。まあ、毛皮の中に埋もれて寝転んだ状態で言われてもまったく取り繕えていないけど。
「……じゃあ、それで」
という訳で、白毛皮721枚を1枚300で買い取ってもらって約21万Gを手に入れたわけだけど、これは結構な額だ。リアルでいうとだいたい200万円くらい?
これでさしあたっての活動資金は十分だけど、装備も道具も買わなきゃいけないものはないし、買うとしたら市場システムで売り出されている素材系アイテムを買うくらい?
あ、簡易ポータルの値段は確認しないと。
なんてことを考えながら大通りの店で買った串焼きを食べているんだけど……なんというかこれ、まずくは無いけど美味しくない。いくつかの店舗をはしごしてみたけど、味が薄かったり塩ばかりが大量に振りかけられていたりであんまり味にこだわりがない。
肉は西の森に出るボア系の肉らしく、グラスラビットより脂も旨味もあるのに、おかみさんほど下処理に力を入れてないからちょっと臭みがあったり、筋があったりで素材を活かしきれていない。ボリュームはあるから空腹度を満たすという意味では問題ないんだけど……どうせなら美味しい物が食べたい。どうやら長いことリイドにいたせいでおかみさんの美味しい料理で舌が贅沢になっているらしい。
となると、私がこの街で最初にやるのは携帯調理セットと調味料を買って、食材を集めて自分で料理するという食の自給自足ができるようにすることかな。特に食材に関してはしっかり収集して、おかみさんにもいろんなものを持っていってあげたい。そうすれば乏しい食材であれだけの料理を作っていたおかみさんが思う存分腕を奮った美味い料理が食べられるはず。やばい、今から凄い楽しみだ。
とりあえず噴水広場に戻って、生産者総合ギルドに行き携帯できる生産者用の設備セットを購入。買ったのは調理、鍛冶、裁縫、細工(木工・彫金)の各セット。調合関係はゼン婆さんから譲ってもらったものがあるのでいらない。特殊な調合は道具の性能がよくても、使い慣れている道具じゃないと微妙な調整が出来なくて失敗が増えてしまうので。
一番安い初心者用は5000Gくらいで買えるけど、今回買ったのはちょっと奮発した。調理セットは簡易キッチンみたいな設備で、MPを使ってコンロ的なものに火を点けたり、水が出てくる機能が付いていて、調理器具等一式込みで10万Gもした。
その他も、中級者が使用するレベルのセットでそれぞれ25000G。別に生産職って訳でもないし、リイドに戻れば道具は貸してもらえるのにお金があったのでつい買ってしまった。さらに各種調味料や、リイドで育てていない作物、そしてほんの少しだけ見つけた魚の干物(勿論買い占めた)なんかを買い集めたら残金は1万ほどになってしまった。
まあ、安い宿屋なら500もあれば泊まれるし、初心者がこの街に来たばかりの状況と比べればまだまだ余裕はある。ちなみに簡易ポータルは一番安いのでも100万オーバーだったのでまたの機会。
「じゃあ、ひと狩り行くとして……どこに行こうか」
イチノセの周囲は北と南が草原。南は種族レベル3以下推奨で、北は8前後、10を超えると西の森エリアが探索範囲に加わり、15以上なら東の荒野。というのがプレイヤー間の認識らしい。第2の街のニノセは西の森を超えた先で、サンノセはイチノセの北東方向にあるらしいが、東の荒野、北東の水の森、北の草原を抜けた先の湿地帯など、どのルートを選んでも難易度が高いとのことで、普通は西のニノセに行って、その先のカイセという港町へ行くらしい。
「……森かな」
ぶっちゃけると草原は飽きた。種族レベルは6だけどアオもいてくれるし、仮にやられてもリイドに飛ばされるだけだし、飛ばされても私には時間的なペナルティしかない。
そして、なんといっても森の中なら薬草類だけじゃなくて木の実や茸の採取も期待できるし、木そのものの伐採で木材も手に入る。そして森の魔物を倒すことができればドロップだってもらえる。
普通は最初からひとりで採取、伐採、戦闘をこなせないだろうけど、私なら見習い中に覚えたスキルの数々がある。せっかくたくさんのスキルがあるんだから、なるべく活用していきたい。
あとは準備だけど……装備は変更できないからいいとして、ポーション系のアイテムはリイドで作ったのものがインベントリに入っている。問題があるとすれば間もなく日が暮れること、でもこれも【光魔法】なら灯りを出せるし【闇魔法】なら暗視を付与する支援魔法があるから問題ない。状況を見てどっちを使うかを決めればいいだろう。
「よし、アオ。これから森を探索にいくから、なにかあったら頼むね」
『委細承知。もっともこのあたりで我の力を必要とするようでは我が主として先が思いやられるぞ』
「はは、手厳しいね。一応適正レベルが上のエリアだから念のためだよ」
『ふむ。謙虚、慎重は悪いことではないな』
「そういうこと、いざというときはよろしく」
やや皮肉気なアオなりの了承を貰ったところで西通りが終わり、西門にたどり着く。さすがに森に面する門だけあって、衛兵もふたりがきちんと両脇に控えていて、小さいながらも詰所のようなものも設置されている。門の通過に関しても入るときには身分証の提示を求めているようだが、出るときはフリーのようで特に呼び止められるようなことはない。見た感じだといまは街を出る人よりは入ってくる人の方が多い。
街に入る人たちの身分証を確認している衛兵さんに軽く頭を下げて街を出ようとすると、詰所にいた衛兵さんが私を呼び止める。
「これから外へ出るのか?」
「はい、森で少し狩りをしようかと」
「それは構わないが、街の門は日没後30分で閉じられて次に開くのは日の出の時間だ。外で夜を明かすつもりがないのなら、それまでに戻ってくることだ。もし間に合わなかった場合は、なるべく門の近くの街壁に近いところで休むといい。閉門に間に合わなかった者たちが集まるからいくらかは危険を回避しやすいだろう」
そうか、リイドはアルの怠慢のせいか常に門は開けっ放しだったけど、魔物がいるような世界なら夜の街への出入り禁止は当然だろう。そういう事情なら街から出ようとする人がほとんどいないのも当たり前だ。
今回衛兵さんが声をかけてきたのは街から出る人が少なくて目立ったのと、私の装備が初心者の装備に見えたから、私を街に来たばかりの夢幻人だと判断して親切に教えてくれたようだ。
「わかりました、ご丁寧にありがとうございます」
「うむ、気を付けてな」
アルとは雲泥の差で職務に忠実な衛兵さんにお礼を言って街を出る。森までは歩いて1時間くらいらしいので、いま街を出ると森まで行った時点で門限に間に合わず戻れない可能性が高い。
でも、最悪森の中で野宿になっても【神聖魔法】で結界を張ればこのあたりの魔物相手なら十分安全は確保できるはず。
……う~ん、アオの皮肉ではないけど、少し慎重さに欠けているだろうか。でも、基本はゲームなんだから楽しむためには多少の冒険心は必須だろう。
リイドでの生活は楽しかったけど、チュートリアル用の空間だったので出来ないことも多かった。それが終わって、自由にやりたいことをできるという状態になったことで少し浮かれている部分があるのは確か。だけど、リイドで身に付けたことがどこまで通用するのかを試してみたい。そう考えると適正レベルが少し上で、人目が少ないだろう夜の森というのはいい選択じゃないかな。
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