第89話 新素材

「シロ、アカ、クロ。この周辺で素材探しをしたいから護衛をお願いしてもいい?」

『ごめんねお兄さん、ぼくちょっと眠いから』

「そっか、昨日今日と走り回ってくれたからね。うん、今日はゆっくり寝て明日また探索をお願いするね」

『あふ、わかった。お兄さん、枕出してくれる』

「了解」


 インベントリから私がシロ専用で作り上げたふかふか枕を取り出す。これは人間用の枕とは違って頭だけを目的にしたものではなく、シロの体全部が乗るくらい大きさで作られ、その上で丸くなるとなんともいい感じに体が沈み込み、まるで雲の上で寝ているかのような感覚になれるという逸品(シロ談)だ。

 差し出された枕を背中に乗せてあげるとシロは、陽当たりのいい場所に枕を設置して丸くなった。ああなるとしばらくは起きない。


『わたしも遠慮するわ。この周辺の敵はもう飽きたし弱すぎるから』

「あらら、アカもか。了解、でも明日は今日より奥へ進むはずだから、その時は頼むね」

『それは任せなさい。奥に行くほど魔物が強くなるみたいだからわたしも楽しみですわ』


 アカはふふんと鼻? を鳴らして小屋の上へと飛んで行ってしまった。相変わらず四彩たちは自由だ。一応私の召喚獣という位置づけだから強制することも出来なくはないけど、四彩の皆にそんなことはしたくない。


「クロは?」

『……私は戦わないわよ。それでも良ければこのまま肩にいるけど』

「うん、いいよそれで。クロは優しいから私が本当に危ない時には助けてくれると思うし」

『………………ふ、ふん、それはどうかしらね』

「はは、だよね。なるべく助けてもらわなくても大丈夫なように頑張るよ」


 とりあえずクロがいてくれれば護衛としては十分か。本当はアルかミラにもついてきて欲しいところなんだけど……すでにくつろぎモードに突入している。それでも頼めば来てくれるだろうけど、今日は近くを見て回るだけだしね。


「ファムさん、ちょっと周辺を探索してきますのでウイコウさんが戻ったら伝えておいてください」

「はぁい、わかりましたぁ。気を付けてくださいねコチさぁん」


 ウイコウさんも昼食後は周辺の探索に出ているので今は拠点にいない。マップで確認する限り拠点の西側にいるらしいので、私は東側から探索していこう。

 昨日作成できなかった東西の柵は既に完成している。今度はちゃんと東西に一つずつ人間が出入りするための扉も完備した。扉部分だけは柱を数本並べて固定しておいて、出入りする部分の柱を切り抜き、別途作成した扉をはめ込むだけの簡単な扉だが、内側から閂もかけられるようになっているので十分役目は果たせるはず。

 

「兄ちゃん!」


 私が東側にある扉を開けて外に出ようとしたところで後ろから呼ばれた。ここで私のことをそう呼ぶのは一人だけ。


「なにかありましたか、ライくん? お母さんについていなくていいんですか」

「あぁ……うん、母ちゃんはまだ寝てるし、それにルイが……」


 なるほど、兄として妹にお母さんを譲ったのか。自分もまだ傍にいたいだろうに。ちょっと生意気なところはあるけど、家族想いの良い子だな。


「なぁ、兄ちゃん」

「はい」

「……か、母ちゃんや村の人たちを助けてくれて……ありがとな」


 照れくさそうに少し顔を伏せながらもほんの少しだけ頭を下げるその姿には心からの感謝が感じられる。その不器用な真っ直ぐさは、リアルでは人の本心がなんとなくわかってしまうため、裏表のある人間関係に疲れていた私には眩しくも嬉しい。まあ、ただ救出に関して私はほとんど何もしていないんだけどね。


「私はあまり救出にはかかわってないので、あとでアルとシロに私から伝えておきますね……とにかくお母さんが無事でよかったです」

「そんなことねぇよ! 兄ちゃんがあのパーティのリーダーだろ。兄ちゃんがカラムのおっちゃんの頼みを受けてくれたから、アルの兄ちゃんやミラの姉ちゃんたちが助けてくれたんだ。だから…………ちゃんと感謝させてくれよ」

「ライくん……」


 ライくんの言葉に思わず胸が詰まって目頭が熱くなる。私自身は本当に何かをしたと主張するつもりはない。だけど、私がしたひとつの選択に救われたと感じる人がいるのなら、私のした選択が間違っていなかったということで……それはとても嬉しい。だとしたらその感謝は素直に受けるべきだろう。

 そのうえで私がライくんのその気持ちに応えようとするなら、これからもその選択に責任を持って全力を尽くすことだ。


「ありがとうライくん。明日からも村の人たちを助けられるように頑張りますね」

「へへ、なんで逆に兄ちゃんにお礼言われてるんだろうな」

「あ、確かにそうですね」


 思わずライくんと顔を見合わせてしばし笑い合う照れくさくも暖かい時間を過ごす。


「ところで、兄ちゃん。どっか行くんだったのか?」

「はい、少し周辺を回って薬草や食材がないかを探して来ようと思いまして」

「そうなんだ、じゃあ俺も一緒にいくよ」

「え、ライくんがですか? 外は危ないですよ」

「大丈夫、この周辺なら兄ちゃんが守ってくれるんだろ。それに俺は『採取』に関しては村の中で一番うまいんだぜ」


 ライくんは軽く胸を張ると左手で力こぶを作って見せる。その左手首でブレスレットに装飾された緑石が陽の光を反射する。

 なるほど……もしかして、そういうこと、か。


「わかりました、じゃあお手伝いをお願いします。ただし、もし戦闘になった場合はちゃんと私の言うことを聞いて下さいね」

「わかってるよ、しっかり俺のこと守ってくれよな」


 私の背中を叩きつつ私を追い抜いたライくんが柵の外へと向かうのを苦笑しつつ追いかける。




 【鑑定眼】を発動させつつライくんと森に入って素材を探すが、六花の皆さんが言っていたとおり癒草すら見当たらない。私の鑑定眼があればもしかしてと思ったけど、やはりもっと奥に行かなきゃダメか。 


「ほら、あったよ! 兄ちゃん! 緑息草」

「へ? りょくいき?」

 

 そんなことを考えていた私にライくんが自慢げに掲げたのは……初めて聞く名前の見たことのない素材だった。

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