第90話 イベント初戦闘

「すみません、ライくん。それ、ちょっと貸してもらっていいですか?」

「へへ、いいぜ。ほら」

「ありがとうございます」


 ライくんから受け取った緑息草は、今まで私が見たことがないものだ。しかもゼンお婆さんから覚えておくように言われた、いずれ採取するであろう薬草毒草のどれとも一致しない。

 私の記憶違いの可能性も多々あるが……この緑息草に関しては多分間違いない。なぜなら深緑色の葉を一枚見ても、その形は風に揺らめく炎のように不定形。だから同じ株なのにどれひとつとして同じ形の葉がない。そんな植物があったら絶対に私の記憶に残っているはずだ。

 それに、さっきまでは【鑑定眼】でも見つけることができなかったのに、今はちゃんと『緑息草』が反応している。つまりこの素材はイベント専用のもので、この森で暮らす人から教えてもらわなければ鑑定すらできないということか。


「この薬草はどんなふうにして使うか知っていますか?」

「え? 兄ちゃんわかんないのか? 【調合】もできるって言うから知ってるのかと思ったよ」

「まだまだ駆け出しなので知らないこともたくさんあるんですよ。是非使い方を教えてください」

「え、俺も知らないよ。だって俺、採取専門だもん。薬を作るのはソウカ爺ちゃんの仕事だからさ。でも確か……『竜命草』とかと一緒に調合するといろんな薬になるって言ってた気がするけど」


 おっと、そうきたか。つまり、新素材を使ったレシピを入手したければライくんから素材を教えてもらったうえで自力開発するか、ソウカという村人を助け出して教えてもらえということらしい。

 せっかく今回のイベントで生産スキルについての情報をオープンにしたと思えば、新しい知識を得るためにまた厳しい条件を設定する。相変わらずこのゲームの運営は生産職に優しくない。

 でもそれだけ生産職が育ちにくい環境ということは、逆に考えればそれだけ生産スキルの秘めているポテンシャルが高いということにならないだろうか。逆境で鍛えられた生産職の人たちが、いずれ店売りやドロップ品を遥かに上回るものをばんばん作り出せるようになる…………とかだったらいいんですけど。

 とまあ夢見がちな妄想はとりあえず置いておいて、今はライくんに教えてもらって新しい素材を集めておこう。


『コチ、【索敵眼】を発動しなさい。来るわよ』


 ライくんに素材探しを依頼しようと口を開きかけた私に念話が響き、クロの爪が肩へと食い込む。その痛みに悶える暇もなく即座に【索敵眼】を展開すると、確かに森の奥からこちらへと向かってくる気配がふたつ。


「この速度、スピンビーですかね。ライくん、この木の陰に隠れていてください」

「魔物か、兄ちゃん。わかった、おとなしくしてる」

「ありがとうございます。クロ」

『わかったわ、この子は任せなさい』

『うん、助かるよ』


 私の肩から飛び降りたクロがライくんの足元へと移動する。その姿はのんびりと優雅で緊迫感はまるでない。今近づいてきている魔物くらいは問題ないという信頼……と思っておこう。

 とりあえずライくんの安全が確保できたので、私自身は少しだけこの場を離れて魔物を待ち受ける。装備は……森の中だし取り回し的に長剣が無難かな。盾もあった方が安全だけど……両手が塞がると魔法が使いにくいから今回はいいか。


『見習いの長剣+5 STR+95 耐久∞』


 インベントリから見習いの長剣を出して装備。同時に木々の隙間をすり抜けて飛び出してきたスピンビー2体を迎え撃つ。後ろで木に隠れているはずのライくんのところへは行かせたくないので、本当ならガラさんが使う【咆哮】やレイさんが使う『聖音』などのヘイトを取れるスキルやアーツが欲しいところ。だけど【咆哮】は獣人しか覚えられないし、『聖音』は【神聖剣術】のアーツだけど私はまだ覚えていない。

 ということは、純粋にダメージを与えることでタゲを取る(※タゲはターゲットの略。敵からの攻撃対象になること)しかない。

 

 虫系は苦手なのでサイズが大きいとかなり怖いが、動きは見えているので落ち着いて対処すれば問題ない。

 最初に飛び出してきたスピンビーはちょうど目の高さで襲い掛かってきたので長剣を上から斬り下ろすが、思ったよりも頭の甲殻が固い。それでもそれなりの衝撃を与えられたらしく、スピンビーはふらついて地面へと落ちた。一撃で倒すまでには至らなかったけどまあいい。本当なら今のうちにとどめを刺したいところだが、遅れて出てきた一匹が少し離れたところを通り抜けようとしているので先にそちらをなんとかしなくちゃいけない。

 剣での攻撃は間に合わないため、左手をスピンビーに向け【無詠唱】【並列発動】で『水弾』二発を同時に放つ。私が放つバレット系魔法の圧縮率はエステルさんのパチンコ玉サイズには到底及ばずせいぜいハンドボール大だが、アル相手に嫌になるほど使い込んでいるので速度と精度はなかなかのもの。ちゃんと狙い通りにスピンビーの羽と胴体に命中する。一発の威力はさほど大きくないためこちらも倒すには至らないがヘイト稼ぎとしては十分。それに魔法を受けたスピンビーも地面から再び飛び立つ気配がない。


「よし!」

 

 羽が濡れたら飛べないかもと考え、一発はあえて羽を狙ってみたのが上手くいったらしい。まあ実際は魔法のダメージでなのか、濡れたせいでなのかはわからないが、目的さえ果たせならそれでいい。後はスピンビーたちが立ち直る前にとどめをさしていくだけ。

 最初に魔法を受けた方に駆け寄って頭部と胸部の間に長剣を振り下ろして切断。ポリゴンの欠片に変わっていくのを見届けずにすぐに最初のスピンビーにも同じように長剣を振り下ろして無事に戦闘終了。


 どうやら拠点周辺にいるような魔物なら私一人でもなんとかなりそうだ。




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