第64話 大繁盛

「う~ま~い~ぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 先頭に並んでいた白鬚のナイスミドルが、購入した私の料理を食べて叫び声を上げつつ口から光を放っている(光魔法の応用だろうか?)が、とりあえず気にしない。というかそれどころではない。


「コチさん、次の方も購入制限MAXです」

「はい、お願いします」

「じゃあ3000になります。こちらが購入特典のブローチです。料理や特典の確認は奥へ進んでからお願いします」


 なぜならまったく列が途切れないお客さんを相手にするのに精一杯だからだ。作業としては、レレンさんが料理の受け渡しと精算、特典のお渡しをしてくれているお陰で私はインベントリから料理を取り出していくだけでいいのだが、レレンさんの手際がよすぎて休む暇がない。どうやら事前に並んでいるお客さんへ、購入時の動線やいろいろ注意事項などを説明してくれていたらしくお客さんの動きにも淀みがない。

 事実いまも列の後ろの方では、イツキさんが列を整理しつつ説明をしてくれている。その一方で北通りの奥では。



「なんと! それではレシピと料理コマンド自体が運営の罠だったということか!」

「っざけんな運営! 味覚を破壊され続けた俺たちの二カ月を返せ」

「でも、罠にはまったのは確かに悔しいけど、ちゃんと自分で調理すれば美味しい物が作れるってわかったんだから私はいいかな」

「そうだよね、集めたレシピだってコマンドを使わずに調理すれば美味しく作れるんだから無駄にはならないと思うし……それにこの兎さんブローチが可愛い」

「そうだな、さっそく私は【料理】スキル取得のためにレンタルキッチンへ行ってくるとしよう。スキルが取れたらこれまで集めたレシピを全て自分の手で作ってみるつもりだ」

「あ、私もスキル取りに行こう。食材は……買わなくてもなんとかなるかな。味王さん、イチノセのレンタル生産施設ってどこにあるか知ってます?」

「ああ、確か南東区の職人ギルドの近くにあったはずだ」

「じゃあ早く行こうぜ。この様子じゃすぐに希望者で溢れそうだからさ」


 そんな感じの会話がかわされて人が減るとすぐに次の人たちが集まり、リナリスさんがスキル取得方法を説明してまた移動していくということが繰り返されていた。今回のお客さんは料理がメインのためか、兎のブローチに関しては本当におまけ扱いでほとんど見もせずにインベントリにしまい込んでいる人がほとんどだった。まあ効果なんて有ってないようなものだしそんなものだろう。



 結局そんなこんなを繰り返して、ようやく北通りから人がいなくなったのは空が茜色に変わる頃だった。予想外の来客数に作り置きしていた分は売り切れてしまい、途中から料理と同時進行の販売になったのでそれなりに時間がかかってしまった。

 でもおかげさまで料理はほぼ完売。在庫の兎肉も全てなくなって売り上げは……手持ちが90万Gに届かないくらいだから1800食くらい売れた計算?


「いやいや……儲かり過ぎでしょう」

「いえ、今日に限って言えばしごく妥当な結果だと思いますね」

「そうそう、コチさんの料理にはそれだけの価値があったってことだよ」

「どうでもいいが……疲れた」


 最後まで手伝ってくれた『翠の大樹』のメンバーだが、さすがに三人ともぐったりしている。とてもじゃないがこの三人が手伝ってくれなかったらここまでスムーズに料理を売り切ることは出来なかったので本当に助かった。


「皆さん、本当にお疲れ様でした。これは私からのお礼というか、労働の対価ですので受け取ってください」


 インベントリから10万G×3を取り出すと三人に手渡していく。


「え……駄目だよ、コチさん。貰えないってば。もともと私たちがコチさんに対するお礼ってことで始めたことなんだから」

「はい、それにたかだが数時間のお手伝いでこんな大金は」

「……いいんじゃねぇの、貰っとけば」

「イツキ!」


 しきりに受け取りを固辞しようとするリナリスさんとレレンさんを見ていたイツキさんがつぶやいた言葉で、リナリスさんが目を三角にしている。これで仲が良いカップルだというのだから面白い。もしかしたらリアルの『僕』も表層の感情だけを見て距離を置くのではなく、もっと深くまで踏み込んで人付き合いをしていたらもう少し違った人間関係が築けていたのかも知れない。


「いいんですよ、リナリスさん。イツキさんの言う通り貰ってください。今日のこの売り上げは宣伝からお手伝いまでしてくれた皆さんがいなければ、到底達成できなかったものですから。それに……ちょっと待っててください」


 私はリナリスさんを説得する秘密兵器を取りに一度居住区へと戻る。そしてすぐに用事を済ませて店に戻る。


「正当な報酬を受け取ってもらえるのなら、今日一日でしたが私のお店の店員だった皆さんのため、特別に賄いをお出しします」

「え! コチさんの賄い? そんなの絶対美味しいに決まってるじゃん! ……あ、でもだめだめ! 今回はコチさんへの恩返しなんだからけじめははっきりしないと。レレンとイツキも駄目だからね!」

「わかっています」

「ちっ、わぁったよ」


 美食を自称するリナリスさんが速攻で落ちそうになったが、どうやら寸前で思いとどまったらしい。だが、私の秘密兵器はその程度の覚悟でどうにかなるようなものではありませんよ。その破壊力は桁外れですから。


「そうですか……残念です。じゃあ本当に要らないんですね、お金も賄いも」

「そ、そうよ! 私たちが感謝の気持ちでしたことだもの」

「わかりました。あんまり無理強いするのも皆さんの善意を踏みにじってしまいますし、これ以上言うのはやめます。これからお出ししようと思っていた料理は私の料理の師匠・・・・・・・が作ったものだったんですが、後で私が食べることにします」


 そう言ってことさらにゆっくりと居住区に戻ろうとする私の腕が『ぐわし』と掴まれる。


「待って! コチさん」

「はい? どうかしましたかリナリスさん」

「あなた今、なんて言ったの?」


 当然私の手を掴んでいるのはリナリスさん。みしみしと音を立てそうなほど力強く握られた私の手首。素のVITが低いこともあってこのまま折られるんじゃないかと不安になるレベルだ。


「え? 賄いは後で私が食べる、と」

「違う! そこじゃなくて……だ・れ・が・作ったって?」


 期待に輝くその目は発情した雌ライオンのようだ。といってもそんな状態の雌ライオンを見たことはないのだが……なんとなく?


「私の料理の師匠です」

「貰う! バイト代も賄いも全部いただきます! そしてやっぱり恩返しは体で払います!」

「リナリス!」

「い、いりませんからね」

「…………はぁ」


 く、せっかく受け取らせるまでは計算通りだったのに。リナリスさんは最後までぶれなかった。





 その後、バイト代を受け取った翠の大樹に、今朝おかみさんが作ってくれたサンドイッチを賄いとして振る舞ったのだが、それを食べた三人がどうなったのかは……三人の名誉のために黙っておくことにしよう。 

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