第58話 N.E.R

『相変わらずキミには驚かされるよ、コチ君。まさか街を出て二日目にして店舗兼居宅と畑を手に入れるとはね』


『いやいや、まだ手に入れた訳じゃなくてレンタルです』よっと。

『コチ君が開拓を失敗するとは思えないからね、それはもうキミのものだよ』


 現状レンタルとはいえ、自由に使えるホームを手に入れたのでウイコウさんにメールで報告中。クエストを受諾後に、一応レンタルした店舗兼居宅に移動して実際に建物の内外をざっと見てみた。マニエラさんの話では長く使っていないというのことだったので、修繕や掃除からやらなきゃいけないかと思っていたけど、建物が傷んでいることもなく埃が積もったりしているようなことも無かった。おかげで予定通り開店が出来そうで、この辺はゲームらしい設定で助かった。


 ただ、裏の畑については荒れ地というよりはもう林に近い状態だった。ジャングルのように木が密集して生えている訳ではないが、背の高い草と二階建ての家ほどの高さまで生長した木が絶妙にコラボした状態で、これではただ耕して終わりということにはなりそうもなかった。


『さて、そうなると……せっかくの場所を活用しないのはもったいないか。必要以上に手を貸すのもどうかと思っていたけれど、自力でホームを手に入れて店を持つというのなら開店祝いということで、このくらいのサービスはしても……』

『……どういう意味ですか?』

『ああ、今はいいよ。という訳で夕方ごろに誰か向かわせたいのだけど、コチ君の予定はどうかな』


 いったいどういう訳なのかは全く分からない意味深なウイコウさんの言葉だけど、サービスだって言っているし私に不利益になるようなことはされないと信じているので、素直に受け入れて返事をする。


『私はこれから借りたホームで料理の販売をするので夕方までここにいる予定です』

『そうか、わかった。お店の場所はイチノセの北通りだったね?』

『はい』

『お店の名前とかは決まっているのかい? 看板などがあればそれを目印に向かわせるんだが』


 看板か……それは考えてなかった。看板自体は作ろうと思えば【木工】スキルと【細工】スキルで簡単に出来る。幸い裏の畑には木が生えていて、どうせ伐採予定だから木材も確保できる。きっと名もなき雑木とかで素材としては最低品質だろうけど、装備じゃなくて看板だから質にこだわる必要はない。

 となると問題は店名か……料理だけを売るとは限らないからお食事処みたいな名前は使わない方がいい。いっそ『万事屋』みたいに店の名前自体は売り物を想定させない方が融通が効きそうだ。


 さて、なんかいい案はないものか……と考えたところで閃く。

 持っている称号とかを参考に名前を付けるというのは二つ名みたいでいいかも。ということでステータス画面を開いてじっと眺めてみるが…………私の称号って【命知らず】とか【無謀なる者】とか【大物殺し】とか【初見殺し】みたいな殺伐としたものばっかりだった。【幸運の星】とかは有り得るけど、ちょっとキラキラネームみたいなうえに過大広告な感じもする。


『どうかしたかい? コチ君』

『あ、すみません。店の名前を考えてました』

『ははは、そうだったのかい。それで決まったかな』

『ああ……ええっと』


 う~ん、じゃあもうこれでいいか。街に来て早々にひと稼ぎさせてもらったし、これから売るもののメイン素材だ。ある意味このゲームで一番お世話になっていると言えなくもない。


『店名はNatural enemy of the rabbit。つまり【兎の天敵】でいこうと思います』

『…………それは、またキミらしい名前にしたね。うん、でもいいかも知れないね。少なくともインパクトはある。それではキミの開店祝いということで【兎の天敵】に届け物をさせてもらうよ』

『はい、わかりました。楽しみにしています』


 ウイコウさんとのやりとりを終えると、本格的に敷地を見て回る。建物は裏に10×10の畑が二面並んでいる建物なので幅だけでなんと20メートル。農業区の一区画は10×10が基準ということなんだと思うけど10×20の二階建てはかなり大きい。

一階は、半分が店舗スペース。残りの半分は商品用の倉庫、と畑に繋がる厩舎、リビング的な休憩スペース……そしてなんと! 結構なサイズのお風呂場が設置されていた。

 何度も言うがこのCCOというゲームは成人指定。だから実際に汗をかいたりしないにも関わらず雰囲気やプレイを楽しむためなのか、いろんなところにお風呂がある。街の宿屋でも少しグレードを上げれば部屋風呂が付いているのが当たり前だ。

 チュートリアル用であるリイドの銀花亭には、お湯を浴びるスペースはあっても湯船は無かったからこれは嬉しい。


 二階に上がってみると、どうやら二階は居住スペースらしく大きめの主寝室が一部屋とその半分くらいの部屋が四部屋、そして住人が集まってくつろぐスペース、リアル表記ならLDK? があった。

 これなら主寝室を私の部屋にして、リイドから出てきた皆には四つの部屋を客室として使ってもらえば安心して滞在してもらうことが出来そうだ。


「よし、じゃあ開店準備ということでまずは看板を作っちゃうか」


 建物の中をひと通り確認したあとは、看板を作るために裏の畑へと向かう。裏の畑へは店舗スペースの裏口扉か、1階住居スペースから厩舎を抜けるルートで出ることが出来る。


「よし、やろう!」


 目の前に広がる鬱蒼とした景色に下がりそうになるテンションを自分で鼓舞しながらインベントリから自作の斧を取り出す。


木こりの斧+1

使用時【伐採】レベルに+1補正  耐久 280/280

武器ではなく伐採用の斧。斬れ味に補正がある。

作成者:コチ


 親方に指導を受けて作成した伐採用の斧。武器として転用できない代わりに【伐採】スキルにプラス補正が付く。正直また開拓をするとは思っていなかったので、強化も一回しかしていない。

 それでも私の【伐採】スキルはレベル3だからレベル4として木が切れるし、斧で木を切るときには【木工】でも【斧王術】でも少しだけ補正がかかるのでこの程度の太さの樹木なら……


 コォーーン コォーーン コォーーン コォーーン コォーーン バキバキバキッ!


 と、五回も叩けば十分。そのまま倒れた木の枝を斧で落とし、インベントリを操作してリイドで作った木工工具セットの中からノコギリを手に取ると適当なサイズで輪切りにカット。リアルだと木材を加工する前に乾燥やらなんやらいろいろあるみたいだけど、ゲーム内では切り倒せばすぐに加工作業に入れる。手に入った素材は案の定【雑木】という木の素材としては最低ランクのものだったけど、これも想定ずみ。今回は急場しのぎだし看板だから問題ない。


 3メートルほどにカットした丸太を今度は真ん中から縦に切る。家具などを作るときには樹皮を剥ぐ作業が間に入るが、今回は雰囲気を出すためにあえて樹皮は残す。上下に樹皮を残したまま5センチ厚の板にして、両サイドをノミで削って形を整えてそれぞれ外側に跳ねて逃げていく感じの兎を彫刻。そしてセンターに『兎の天敵』と大きく浮彫して、その下に小さめに筆記体で『Natural enemy of the rabbit』と彫る。

 最後に文字部分を炭から作った塗料で黒く塗りつぶせば看板の完成。これを二階のリビングから店舗入口の上に固定。ここまでで大体30分、自分のことながらたいしたものだと思う。


 お店自体は入口にカウンターがわりの簡易キッチンを出して、いくつか試食用の料理を並べるだけ。販売はインベントリから出して売ればいいから陳列の手間はない。開店時刻まではまだちょっと時間があるから、宣伝用ののぼりでも作って、余った時間と木材でおまけ用に兎のブローチでも作ろうか。

 あとは……あっと、リナリスさんたちに店の場所と開店時間を連絡しておかないと。




 よし、もろもろ準備完了。いよいよ開店だ。

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