第97話 カラム

 ウイコウさんと釣りをしながら意見のすり合わせをした結果、もう一度村の人たちにしっかり話を聞くということになった。その一番手として私たちが選んだのは召喚者であるカラムさんだ。

 あ、ちなみに釣果は私が小さいのが1匹、ウイコウさんがそこそこサイズ3匹だった。ん~ちょっと悔しい。釣れたのはいずれも、鑑定上はギジマスという名前の……ニジマス? 後ほど美味しく頂きます。


「カラムさんは私たちがポーションを渡してからずっとミスラさんに付きっきりですね」

「そうだね、ただの知人というにはいささか献身的に過ぎる。つまりはそういうことなんだろうね」


 カラムさんは時間経過でHPが減っていくミスラさんに定期的にポーションを使用するため、ほとんどミスラさんの傍を離れることがない。幸いポーションに関しては、今回のイベントでは私が回復役をするつもりでいたため、それなりの数を持ち込んでいた。その私が持ち込んだポーションのほとんどをカラムさんに預けてあるためミスラさんの症状が悪化しない限りは問題ない。


 私のポーションは市販のものより効果が高いから、ミスラさんにポーションを使用する頻度は2、3時間に一度というところだと思うが、それではまとまった睡眠も取れないだろうし、寝過ごすわけにはいかないというプレッシャーもあって眠り自体も浅いだろうからカラムさんは精神的にも肉体的にも擦り減ってきている。

 それでも彼はミスラさんを看病する役目を誰かに任せることを良しとはしなかった。


「なんだか羨ましい気がします」


 それだけ誰かを想うことができるカラムさんを見て、思わず漏れた自分の言葉になぜか自分で驚いてしまった。現実では相手の気持ちがなんとなく分かってしまうという能力のせいで、他人とは距離感を広めに取って生きてきた。例外は姉と、限られた極々一部の人だけ。そのため親友と呼べるような人も、誰かと交際するようなこともなかった。


「心配いらないよ、コチ君。キミならね」

「ウイコウさん……」


 お髭のダンディなおじさまは、なにをとも、なにがとも、告げずにぼんやりとしたことを自信たっぷりに肯定してくれた。言葉だけを取れば曖昧過ぎてなんの慰めにもならないが、おじさまに優しい微笑みで力強く言われるとなんだか本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。私が女だったらマジで落ちていてもおかしくない。


「ありがとうございます」

「うん、では行こうか」

「はい」


 私とウイコウさんは二人で小屋へと入る。他の人たちは全員、集められた素材を使ってなんかしらの作業をしているので中には私たちとカラムさん、ミスラさんだけだ。


「カラムさん」

「……え、ああ、コチさん。どうかされましたか?」


 ミスラさんが横たわるベッドの脇に置かれた椅子に座っていたカラムさんが、私の呼びかけから一拍遅れて振り返る。しかし全体的に生気が感じられず、顔だけ見ても顔色はあまり良いとは言えず、目の下に隈のような陰りも見えつつある。それなのに表情だけは笑顔を浮かべようとしているので、見ている側としては痛々しく感じてしまう。


「カラムさん、ひどい顔です。少し休んだ方がいいですよ」

「はは……わかってはいるのですが、もし眠っている間に何かがあったらと思うと眠れないんです。むしろ、ここでこうしている方が心やすらかにいられるんですよ」

「……」

「あ! でも、そう思えるようになったのもコチさんが高品質のポーションをこれだけ準備してくださったからです。このポーションがあるうちは彼女を失わずに済むということなんですから」

「でも!」


 今にも消えてしまいそうな儚い笑顔を浮かべるカラムさんを、さらに説得しようとした私の肩に後ろから力強い手。振り返るとウイコウさんが首を横に振っていた。


「今は少しでも早く彼女を救うための努力をするべきだ」

「……その方が結果的にカラムさんを早く休ませてあげることができる。そういうことなんですね」


 ウイコウさんは静かに頷く。わかっている、ウイコウさんだってそんなことは言いたくないし、本当ならカラムさんに休んでもらいたい。だけど、今のカラムさんを説得することは難しい。だとするならば私たちにできることは、少しでも早くミスラさんを救うことだけだ。


「コチさん? どうかしましたか」

「い、いえ、なんでもないです。それよりもカラムさん。少し話をさせてもらっていいですか?」

「え? あ、はい。構いませんが」

「ありがとうございます」

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