第100話 召喚者の想い
カラムさんが、ほぅと息を漏らし話が終わる。
「なんだかもの悲しい話ですね」
「そうかも知れませんね。でも、私はこの昔ばなしが不思議と好きなんです。生きるために親や子供を森へと送り出すしかなった者の苦しみ、幼子を守るために身を削り食べ物や知識を分け与え続けた者の慈愛、過酷な現実に負けずにその後を生き抜いたであろう子供たちの逞しさ。人間のさまざまな面を教えてくれるような気がしますし、もし自分が極限状態に置かれたときにどう生きるかを考えておきなさいと問われているような気もするんです」
「なるほど……差し詰めカラムさんは、お年寄りの生き方を選んだということですか」
「と、とんでもない! 私は誰かを助けるために体を張れるような人間じゃありません。こうしてミスラを看病しているのだって、私の浅ましい願望に基づいた自己満足に過ぎないんですから」
寝る間を惜しんでミスラさんの看病をするカラムさんを、身を削って子供たちを救おうとしたお年寄りと重ねてみたんだけど、カラムさんにとってはどうも違ったらしい。
「ふむ、私は君の行為がそれほど卑下するようなものだとは思えないのだが」
いままで黙っていたウイコウさんが顎鬚をしごきながらバリトンボイスを響かせる。
「え?」
「好きな相手を助けるために一生懸命看病して……もし治ったら少しは好意を抱いてもらえるかも、と思うのはそんなに浅ましいことかね」
「な! あ、なん……で」
図星を突かれたらしいカラムさんが羞恥からか耳まで赤くしてうつむいてしまった。
「私もそう思いますよ。私も男ですから、そのくらいの妄想はしょっちゅうです。でも、妄想はしても実際はそこまで身を削ることはなかなかできません。……愛してらっしゃるんですね、ミスラさんのことを」
「そ、そそそ、そんなことは……私は引き継いだ加護の力も使いこなせないような落ちこぼれですし……ミスラとは……」
俯いて左手の指輪を握ったままカラムさんが漏らした言葉に、私とウイコウさんは目を合わせると静かに頷く。
これから言うことは……なんだか、カラムさんの動揺に乗じるみたいで後ろめたさはあるけど、カラムさんを元気づけたいというのも本心だ。
「そんなことは関係ないですよ。カラムさんの想いはカラムさんだけのものです。誰かが否定していいものではありませんし、加護や能力の有無に左右されるものじゃないです。だからカラムさんには、ご自身の想い以外を理由にしてその気持ちを否定することは絶対にして欲しくありません……好きなんですよね」
「…………はい」
カラムさんは無音のままあたふたと表情を二転三転させたあと、静かに頷いてミスラさんへの想いを認めた。
「良ければ聞かせてもらえませんか。二人のご関係を……そしてカラムさんの気持ちに水を差そうとする加護について」
自分の想いを肯定してもらえたことが彼の心をいくらか軽くしたのか、幾分生気を取り戻した顔で訥々と語り始めた。
◇ ◇ ◇
私とミスラは俗にいう幼馴染というものでした。え? そんないいものじゃありませんよ。でも、うちの村はなぜか子供が産まれにくくなってきていて同年代の子供は、私とミスラだけでした。
当然意識する相手もお互いしかいないわけですから、私も……そしておそらくはミスラも好意を抱いていたと思います。いずれは結婚して共に生きていくと自然と思っていました。
そんな関係に変化が起きてしまったのは、加護の継承があってからです。加護ですか? 私もよく分からないのですが、私たちの村では代々伝わるこの緑色の宝石を村人から村人へと引き継ぐという風習がありまして、私の場合はこの指輪です。
そうです、この宝石を引き継ぐことを『加護の継承』と私たちは言っています。加護を継承するとその宝石から恩恵を得られるようになっていろいろな能力を得られるようになります。その多くは生きていくために必要な技術で、鍛冶、木工、調合などですが、私とミスラが引き継いだ加護は魔法でした。ですが魔法の加護というのは技術の継承とは違って引き継いだ人の才による部分も多いらしくて、あっという間に魔法を使いこなしていくミスラとは対照的に、私はうまく魔法を使うことが出来なかったんです。
ええ、その通りです。私が継承したのは皆さんをお呼びした召喚魔法です。ただ私の召喚魔法はいままで一度も成功したことはなかったんです。だからなんとなく村に居場所がなくなってしまい、修行という名目でこんなところに居を構えていました。ですが突然現れたミスラが倒れ、この上もなく追い詰めらえれ、ぎりぎりまで追い込まれたことで、ようやく皆さんを召喚することに成功しました。
加護がうまく使えなかったがために村やミスラと疎遠になり、加護が使えたがためにコチさんたちを召喚できて村の人たちを救うことができた。加護なんていらないと思っていたのに……なんというか、皮肉なものですね。
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