第23話 召喚魔法


「だいたい畜舎関係のお手入れはこんな感じです。基本的に動物さんたちも人間と同じで、生活空間が汚かったり、ご飯がおいしくなかったりするとどんどん弱っていくんです。でも彼らは人間と違って自分たちでお掃除はできませんし、出るものは出るのでお部屋が汚れてしまいます。だから、そのストレスを放牧することで解消し、その間にお部屋を綺麗にして、飼料には気を遣うんです。あとは何日かに一回洗ってあげるといいですね。あ、勿論酷い汚れは後回しにせずにすぐに洗ってあげてください。その際に体を揉んであげたりしてあげると、なおいいですよ」


 もはや完全に家畜をペットとして扱い出したニジンさんの指導は、やはりというかなんというか厳しいものだった。嫁姑戦争というのはこういうものなのかと思うほどに、隅々までチェックされ、とことん畜舎管理について叩きこまれた。

 いまなら畜舎の中を白いシャツで転げまわってもまったく汚れないかも知れない。


「では、そろそろいい時間ですし皆を呼び戻しましょう」


 意気揚々と畜舎を出ていくオレンジ色の三つ編みの後ろ髪を慌てて追いかける。これだけ動物たちに愛情を注いでいるんだから、ニジンさんと動物たちはきっと強い絆で結ばれているんだろうな。私もいつか強くて可愛い相棒を仲間にしたい。


「さあ、みんなぁ! おうちに帰る時間ですよぉ!」


 茜色に染まりつつある空の下、ニジンさんの声が響く。その声に応じて、のんびりと草を食んだりしていた動物たちが………………まったく反応しない。


「あれ? ど、どどどどうしちゃったのかなぁみんな。私の威厳の問題とか、結構重要だったりするから、今日だけは言うことを聞いてくれると嬉しいんだけどなぁ。ほら、早くおいでぇ」


 ちらちらと私の顔色を窺いつつ、できる女感を出そうとしているみたいだけど、欠片も成功していない。そもそも自分から、いつも言うことを聞いてもらえていないことを白状してるし。


「う、動いてぇ」


 まったく動こうとしない牛のお尻をニジンさんは一生懸命に押しているが、肝心の牛はわれ関せずとばかりに草を食んでいる。


「ほら、いいこだからお願い。ね、言うこと聞いてくれたらチューとかしてあげちゃってもいいわよ……あう!」


 あ! ……押すのを諦めて、牛の耳元で色仕掛け(?)をしようとしていたニジンさんの頭に牛が噛みついた。

 一瞬助けようかと思ったが、牛の方も本気で噛んでいる訳ではなさそうで、甘噛みプラス舐めまわし?


「……あの、大丈夫ですか? ニジンさん」


 牛の噛みつきからなんとか逃れたニジンさんの頭から、牛の唾液がとろりと顔を伝っていく。うん、どうやらニジンさんは、動物たちに文字通り舐められているようだ。どうやら動物たちに行き過ぎた愛情を注いで過保護にした結果、動物たちはニジンさんを序列の最下層にランクしているらしい。



「ふ、ふふふふ……また、またですか? またなんですね、いいでしょう……こんなこと、私はやりたくないのに何度繰り返してもあなたたちは!」


 よだれにまみれた顔のまま不気味な笑みを浮かべたニジンさんが、ゆっくりと右手を前に伸ばす。


「【召喚サモン:トム】【召喚:サム】【召喚:ジム】【召喚:アム】」


 ニジンさんの力ある言葉に呼応するように突如現れたポリゴンのような無数の光片が集約し、仔馬ほどもある体躯の銀色の毛並みを持つ巨狼たちが次々と現れる。


 って、え! ちょっと待って、これってもしかしなくても【召喚魔法】? まさかニジンさんが【召喚魔法】を使えるとは……これは何としてでも教えてもらいたい! 場合によっては持ち越せるスキルのうちのひとつをこれで確定にしてもいいくらいだ。


「さあ、みんな! いつも通り・・・・・あの子たちをお部屋に連れていって!」


 口調だけはきりっとしているが、よだれだらけの顔では威厳はまったくない。巨狼たちの視線も『またですか?』と言わんばかりのジト目だ。


「……あ、あの、お願いします」


 八つのジト目に耐えられなかったのか、ニジンさんがぺこぺこと頭を下げ始めると溜息をつくように頭を下げた巨狼たちが一斉に走り出していく。


 そこからの光景は圧巻だった。四頭の巨狼は牧羊犬顔負けの働きで、牧場を駆け回り小さな唸り声と軽い威圧だけで、あっという間に動物たちを畜舎へと導いてしまった。その動きからこの作業に慣れ切っているのがよくわかる。さきほどの巨狼たちのジト目は毎日この作業をやらされていることに対する抗議も含んでいたらしい。

 見るからに強い魔物だと思われる巨狼たちの不憫な取り扱いに思うところが無いわけではないが、いまはそれよりも。


「ニジンさん! 私に【召喚魔法】を教えてください」

「はえ?」


 肩を落としながらうなだれているニジンさんの前に回り込むと、頭を下げて教えを請う。【召喚魔法】は位置づけ的には【調教】の上位スキル。このチャンスを逃すわけにはいかない。


「お願いします!」

「え、えっと……【召喚魔法】はこの街にいる夢幻人さんにはちょっと早い気がします。【調教】ならお教えしますけど」

「いえ、是非【召喚魔法】を覚えたいんです。お願いします先生・・!」

「えぇぇ! わ、私がせ、先生ですか? 動物さんたちにも言うこと聞いてもらえないような私なのに?」


 いっそ大げさなほどに驚くニジンさんだが、その口元は緩んでいる。多分、どじっ子属性があるっぽいニジンさんは、呆れられることはあっても褒められることにはあまり慣れていない。つまりおだてに弱いはず!


「勿論です。あんな大きな狼を四頭も召喚できるなんて凄いです!」

「そ、そうかな? 本当はもっといろんな子も呼べるんだけど」

「え! それは本当に凄いですね。それならますますニジンさんに弟子入りして、ニジンさんから【召喚魔法】を学びたいです」

「え、えぇ……も、もう~しょうがないなぁ。せ、先生の教えは厳しいですよ?」

「ありがとうございます、先生。頑張ってついていきますのでよろしくお願いします」


◇ ◇ ◇


<【畜産】を取得しました>

<【召喚魔法】を取得しました>

<【魔物鑑定】を取得しました>

<チュートリアルクエスト9『畜産をやろう』を達成しました>

<報酬として100Gを取得しました>


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る