第24話 道具屋ファムリナ
「へぇ、それじゃあコチは【召喚魔法】まで覚えたのね。ニジンも奮発したものね」
「いえ、ちょっとおだてたら結構簡単に教えてくれましたよ。実際は本当に凄い人でしたし、指導はすごく厳しかったですけど」
今日は二日ほど泊まり込みで指導を受けていたため、定期報告が出来ていなかったエステルさんのところに顔を出している。報告に来られなかった理由については、ニジンさんから連絡があって知っていたみたいなので、それについて怒られることはなかったが【召喚魔法】を覚えたことについては驚かれた。
「でもせっかく覚えてもこの街には契約を結べるような魔物はいないわね。コチは兎系とは絶対に契約結べないでしょうし」
「そうですよね……グラスラビットのモフモフも結構気持ちよさそうでしたし、懐いてくれるなら育ててみたかったですね」
私の称号に【兎の殺戮者】がある以上は兎系の魔物との契約は難しいだろう。でも【召喚魔法】は覚えられたし、契約には必須だからと【魔物鑑定】まで教えて貰えたのは幸運だった。こういうところにもLUKの高さは影響しているのかもね。
「そういえばこの街でもこの間の黒猫とか、綺麗な青白い毛並みの犬とか、赤い小鳥とか……あ、あと亀もいましたね。あの子たちは誰かが飼っていたりするんですか? 練習ってわけじゃないですけど、あの子たちと契約ができるのならしたいなぁと思うんですけど」
「……この前もちょっと言ったけどやめておきなさい。人ならざるものは下手に刺激するものではないわ」
エステルさんはペットとかが嫌いなタイプかな、猫アレルギーとか? エステルさんの店の外で猫ちゃんに会ったときに撫でさせてもらったけど、別に噛みつかれたりとか、引っ掻かれたりはなかったし気持ちよさそうにしてたけど。
「そっちはともかく、わたくしの弟子として魔法修行のほうはどうなのかしら」
「あ、はい。【連続魔法】以降はなかなか……でも10秒間での連続発動数は5発を越えてきましたから順調といえば順調ですかね」
「へぇ、さすがね。そこまでいけば【並列発動】も、もういけるんじゃないかしら。発動のキャンセルはもう覚えていたわよね」
「はい」
キャンセルについては、最初に水をかけられたことを根に持っていたらしいエステルさんから最優先で覚えるようにと言われていた。ただし、これはスキルじゃなくて技術なので、ちょっと練習すればできるというものではなく、それなりに真面目に取り組んで反復練習が必要だったけどなんとか覚えられた。
「それなら【水弾】を撃たずに2連続で発動してみなさい。コツとしてはいままで詠唱完了と同時に手放していた魔法を、頭の片隅にひっかけておく感じかしらね。失敗しそうになったら、すぐにキャンセルしなさいよ」
「わ、わかりました」
一応エステルさんのいない方へ向けて……【水弾】。現れた水の球を手放さないイメージで頭の片隅にひっかける……こうか? うん、いけそうだ。そのままもう一発【水弾】。よし! 目の前にもうひとつ水の球が出来た。
「エステルさん! できましたよ」
「ちょ、馬鹿! コチ! そんな興奮してこっちに向いたら」
「あ……」
と思った時にはすでに遅く、興奮により魔法を押しとどめていた制御が乱れ、マジックキャンセルを使う間もなくふたつの水弾がエステルさんの頭上に向かって……
「……ふふふ、コチ。あなた、もっともっと深い魔導の神髄を味わいたいのかしら?」
魔女帽子から水滴を垂らした状態のエステルさんが剣呑な雰囲気を放っている。これはやばい。
「ご指導ありがとうございました! また来ます!」
「あ! こら待ちなさいコチ!」
エステルさんの制止する声を振り切り、魔法が飛んできて神殿送りになる前に素早く店外へと脱出。
<【並列発動】を取得しました>
危なかった……でもおかげで【並列発動】を覚えられたし、次に来るときは謝罪とお礼を兼ねてなにか手土産が必要だな。そういえば、ニジンさんのところで牛乳と卵が貰えることになったから、なにかデザートにでも挑戦してみようかな。
女性は甘いお菓子が好きなはずだし。ただ、問題は作ったことがないくらい? 意外なことにお菓子に関してだけは姉さんが得意だったので、なんとなくはわかるんだけど。
おかみさんがレシピを知っていればいいけど、もし駄目なら一度ログアウトして調べてこよう。
そんなことを考えながら次の目的地である道具屋へと向かう。サブクエストもこれで最後。これが終わってしまえばチュートリアルもほぼ終わりのはず。
「これでみんなに会えなくなる、なんて考えたくないですね」
最初こそまともに受け答えも出来ないキャラクターにがっかりもしたけど、会話の制約が解除されてからは……いつの間にか本当に実在する人間のように思って付き合っていた。ここがゲームの中だということを忘れないために、これみよがしにゲームのシステムを考察したりもしたけど結局私は、この街の人たちをひとりの人間として好きになってしまった。
ここの人たちはリアルの人間関係みたいに裏表を使い分けたりしない。良くも悪くも素直であけすけで真っすぐだった。それが私にはとても新鮮で凄く居心地がよかったんだ。
このゲームの中に現実逃避をするつもりは全くないけど、せっかく知り合えたみんなとはできればこれからも親しく付き合っていきたい。
「なんてことは、考えても私にどうにかできるようなことじゃない……か」
となれば、いま私ができることは街の人たちの協力に全力で応えること。それは決してこの街でたくさんのスキルを覚えるということじゃない。この街のチートな住人たちから教えて貰った知識や技術をスキルに頼らずにしっかりと身に付け、そのうえで精一杯この街で楽しむことだ。
「よし」
親方の鍛冶屋の向かいにあるお店に到着し、決意も新たに目の前にある扉を開ける。
中を覗きこんでみると、140センチメートルくらいの高さ陳列棚がコンビニエンスストアのように置かれ、そこにいろいろなものが雑多に置かれている。
ぱっと見て用途がわかるのは食器類やアクセサリの類で、中には見ただけではまったく用途が分からない物もある。
クエストは『道具を作ろう』という内容だったので、漠然と物を作る場所というイメージだったけど、どうやらこの店は道具を作る方がメインではなく売るのがメインの雑貨屋さんのようだ。
「あら~久しぶりのお客様ですねぇ。どうぞお入りください~」
入口で中を眺めていた私に気が付いたのか、陳列棚の陰から小柄な女性が間延びした口調で顔をのぞかせる。陳列棚から顔が半分くらいしか出ていないのを見ると随分と小柄な人らしい。
「おはようございます、私はコチと言います。今日は道具作りについて教えてほしくてお邪魔しました」
「あらあら~お客様じゃなかったですねぇ。まあ~知ってましたけど~、わたしはファムリナとい言いますぅ」
この街にくる夢幻人はスキルを覚えに来るので物を買いに来るわけじゃない。クエスト報酬で僅かなお金はあるので、小物のひとつふたつは買えるかも知れないが街を出た後にもっと欲しいものがあるはずなので、ここでお金を使ってしまう人はほとんどいないだろう。
もしこれだけの物をこのファムリナさんが作ったというなら、お客が来ない店に自分が作った道具を陳列するだけの日々をどんな思いで過ごしているのだろうか。
「はいはい、今行きますね~。物作りに興味のある方は歓迎ですよ~」
陳列棚の向こうを移動してこちら側に現れたファムリナさんは推測通り小柄な女性で、パステルブルーの長い髪と、先の尖った耳を持つおっとり美人だった。だが、ファムリナさんを見た私の最初の感想は。
「でか!」
だった。
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