前のエピソード――第５０話　ステ振りと料理

　どうしてこうなった！　いや、自分で蒔いた種だけれども。

「すみません、つい勢いでお誘いしてしまいましたが、まだリイドを出たばかりで食材も調味料もあまりなくて、ほとんど今さっき入手したものだけで作った粗末な料理なのですが……」

　卓の反対側に新たに出した椅子に座ってにこにことしているトレノス様に新しい皿に取り分けたブラックウルフステーキと茸炒めをお出しする。なにを使って食べられるかは分からないので自作のナイフとフォーク、そして一応お箸も並べておく。

『よいよい、人間の食事は神にとっては趣味嗜好の範囲なのじゃ。だが最近では礼拝に訪れても神殿に寄付をして祈るばかりで、神に供物を捧げる者はとんとおらんでのう。食すのも久方ぶりなのじゃよ』

　それであればますますもっと美味しい物をと思わなくもないが、今はもう仕方がない。

「そこまでおっしゃるなら……飲み物も水しかないですし心苦しいものがありますが、どうぞ召し上がってください」

『ほっほ、それでは頂こうかの。今回儂は分けてもらう側じゃ、おんしも畏まる必要はない。せっかくの場じゃ、共に食そうぞ』

「はい、それではいただきます」

『うむ、頂こう』

　まずはトレノス様が手を伸ばしたブラックウルフステーキに合わせて私もステーキにナイフを入れる。うん、いい感じに柔らかくなっている。味付けは軽く塩をふっただけだけど、味の方はどうかな。

　トレノス様が肉を口に運ぶのに合わせて私も一口大に切ったステーキを口に入れる。

『ほう』

「ん、これは」

『なかなかうまいのう』

「はい、十分食べられます」

　今回は初めて調理する素材だし、おかみさんから仕込まれたあれこれを意識しながら作りはしたが、位置づけとしては試作品。それなのに口に入れて噛みしめたステーキはぷつりと歯で噛みきれるほどに柔らかく、噛み切った肉からは肉汁が滲み出て旨味が広がる。これは植物油に漬け込んだことで油が肉の内部の肉汁を逃がさなかったからだろう。

『これはこっちも楽しみじゃな。どれ』

　トレノス様が茸炒めの方へとフォークを伸ばし、掬うようにして料理を口に運ぶ。トレノス様だけに毒見……じゃなくて味見をさせる訳にはいかないので、後を追うように三色茸でカラフルな色どりになっている炒め物を口に入れる。

『…………うむ、儂はこちらの方が好きじゃな。ガツンと来る美味さは先のステーキだが、こちらは繊細な味わいで風味と香りが楽しめる。それになによりも食感が楽しいのう』

　トレノス様が満足気に頷いて、炒め物をぱくぱくと口に運んでいく。食べている相手が神様だという異常事態ということをあえて考えなければ、私が作った料理を美味しく食べてもらえるのは素直に嬉しい。

　それに確かにこっちの炒め物も美味かった。淡白な肉と茸におかみさんの出汁が絶妙にマッチしていて、クーミの香りや茸の僅かな風味を消さずに味を引き立てている。そして口の中に入れば噛むたびに、癒草のシャキシャキ感、茸のくにゅくにゅ感、猿肉のモチモチ感、そしてクーミのコリコリ感が口の中に溢れていく。

　まだまだ料理として荒さは残る気はするが、手元にあるものだけを使って勢いで作った割にはいい出来だった。これもひとえにおかみさんの指導の賜物だろう。

あとおかみさんのこだわりの出汁が半端なかった。

「思った以上に美味しくできていたので安心しました」

『ほっほ、謙遜するでない。久方ぶりの食事、楽しませてもらったぞ』

　食事を終え綺麗に空になった皿を前にトレノス様が満足気に笑う。リイドの神殿でなんとなくそうかなと思っていたけど、やっぱりトレノス様は温厚で話しやすかった。多分六柱神のなかでは一番？　

　トレノス様も私も食べることが主だったので、たいした話をしたわけではないけれど、食事の合間に他の神様たちの話やあの方ことヘルさんの話をした。トレノス様は話術も巧みで私を緊張させることなく、常に気安い雰囲気で小さな笑いすら提供してくれたので思いのほか楽しいひとときを過ごさせてもらった。

「こちらこそ思いがけぬ再会でしたが楽しかったです。機会があれば、今度はもっと美味しい物をごちそうさせて頂きます」

『おうおう、やれ嬉しいのう。他の神らにいい土産話ができた、その機会を楽しみにしておるぞ』

「はい」

『うむ、ではそろそろお暇させてもらうのじゃが……さすがにこのまま帰る訳にはいかんのう』

　トレノス様が私に向かって手を差し出すと同時に脳内アナウンスが響く。

＜称号【トレノスの寵愛】を取得しました＞

＜称号【トレノスの加護】は上書きされます＞

＜【回復魔法】を取得しました＞

＜【白露（しらつゆ）の指輪】を獲得しました＞

＜【水神結晶】を獲得しました＞

「えっ、えぇ？　なんかいろいろと……」

『ほっほ、もともと神域にたどり着いた者には祝福を与えることになっておる。あとは食事の礼じゃ』

　トレノス様は白い髭を揺らして笑いながら泉の上までスーと空中を移動すると消えていった。

「……あ、っと。ありがとうございました、トレノス様」

　消えていくトレノス様を思わず呆然と見送ってしまったことに気が付き、慌てて頭を下げる。

　その後、しばしの放心タイムを経て一息ついてから原状回復作業に入る。食器を洗い、テーブル、椅子、調理セットを片付け、周囲を見回してゴミなどがないのも確認。あとは、帰るだけだけどその前に貰った物の確認をしておこう。

水神結晶

　青く澄み渡る結晶。水の神力を帯びている。

　【鑑定眼】でも詳細はわからない。でも、鉱石っぽい見た目だし鍛冶とかで使うと水属性が付くような気がする。リイドに戻ったらドンガさんに聞いてみよう。　　【回復魔法】に関しては【神聖魔法】の下位魔法だけど【神聖魔法】はＭＰ消費が大きいし、回復量も私のＨＰだとオーバースペックだったりするので、地味にありがたい。

　で、残るはこの指輪。プラチナっぽいリングに小さいながらも蒼い宝石が等間隔に埋め込まれていて、リアルなら明らかに高級なものだと判断できる一品。この世界での価値はよくわからないけど、神様がくれたものだし性能面での期待は大きい。

白露の指輪

ＩＮＴ＋２０　ＭＰ＋５０　【水魔法】に補正

トレノスの力を宿した指輪で、七つの宝玉にＭＰをストックすることができる。最大までＭＰをストックした宝玉の数に応じて【水魔法】の効果に補正がかかる。

宝玉ひとつにつきストックできるＭＰは１００。ストックするための術式コストがあるため注ぎ込んだＭＰの１０分の１がストックされる。またストックしたＭＰを吸収することもできる。

　最大までＭＰがストックされた宝玉の力を一度に解き放つことができる。