第78話 救出

「き、君たちはいったいどこから……」

「っと、すみませんでした。私はコチと言います。私たちはカラムさんから召喚されてこの森に来ました。そこでカラムさんから村の人たちを見つけたら助けてほしいと依頼されたんです。あなたも中央の村から逃げ出して来た方ですよね」

「あ、ああ、はい、そうです。そうかカラムが……助けにきてくれてありがとう、コチさん。私はモックといいます」


 薄霧の向こうに見える戦闘風景は順調に終わりに近づいている。ウイコウさんたちはクロが幻術を使ったのを見て、隙をついて私たちを狙おうと霧に突進してきては明後日の方向へ飛び出すことを繰り返しているスピンビーをひとまず無視することに決めたらしく、レベル23のハイドタイガー5体を次々と倒している。勿論もれなく汚染された魔物である。

 

「いえ、それよりも怪我を見ましょう。左の足首ですか、見せてください」

「すまない、疲労と空腹でちょっと意識が逸れたばっかりにうっかり根を踏んで足を挫いてしまってね。森に暮らす民として不甲斐ない限りだよ」

「そんなことはないですよ、魔物から逃げながらここまで来られただけでも凄いことです」


 こんな状況にも関わらず意外と明るいモックさんは、たははと笑いながら頭を掻いている。そんなモックさんのズボンの裾をまくり、緑の石のはまったアンクレットにちょっと驚きつつ怪我を確認すると、どうやら軽い捻挫だけで、骨などに異常はなさそうだったので【回復魔法】の初期魔法であるヒールをかける。今はMPに余裕がないから怪我が軽くて助かった。


「せっかく褒めてもらったが、この森の中ならうちの村の人間はしぶとい。私みたいなヘマをしなければ1週間くらいは平気で生き延びると思うよ」


 ん? ……確かミスラさんがカラムさんのところに来たときに魔物が出たのが二日前と言い残していたはず。だとするとこれは、村人救出の期限がイベント開始5日目くらいまでという示唆か? 


「それは朗報ですね。明日からまた捜索をしますので、村の人たちが目指しそうな場所とか、隠れていそうな場所を教えてください」

「ああ、勿論だ。私たちの村のことなのに君たちには迷惑をかけてしまうが、私に出来ることはなんでもする。どうか他の皆も助けてあげてほしい」

 

 先ほどまで笑みを浮かべていたモックさんだったが、打って変わって真剣な表情で私に頭を下げる。


「はい、全力を尽くします。とにかくまずは、カラムさんのところに戻ってゆっくりと休みましょう。足は治ったと思いますが歩けそうですか」

「……っしょっと、うん大丈夫そうだ。なにからなにまで本当にありがとう!」


 ゆっくりと立ち上がって、足首をおそるおそる回したモックさんは痛みがなくなっているのを確認して軽い跳躍をすると改めて頭を下げてくれた。そこまで感謝されてしまうと逆に申し訳なく思ってしまうのは、リアルの私が若干コミュ障だったりするせいなのだろうか。


「あ、いえ……えっと、あ! あっちも終わりましたね、では結界を解きます。クロ、お願い」

「はい、終了っと。それに、こっちの子はもういいわね」


 戦闘が終了しているのを確認してクロに結界の解除をお願いすると、クロはふりふりと尻尾を振る。するとその動きに振り払われるかのように白い霧はさっと晴れる。さらにアルの肩にいた幻体が煙のように消え、クロの尻尾が2本から3本になった。


「ほう、話が出来る従魔とは珍しいですね」

「やっぱりそうですか? 私の場合は従魔というよりは友達みたいなものですけど」

「…………」

 

 クロの艶やかな毛並みの頭を撫でながら、正直に答えるとモックさんの表情が僅かに曇る。


「……どうかしましたか? モックさん」

「あ、いえ……私たちの村に伝わる伝承にも話すことができる魔物にまつわる話があるものですから」

「へぇ……面白そうですね。是非教えてください」

「おいコチ! こっちは終わったぜ」


 モックさんの話をもう少し詳しく聞こうとした私を遮るように、自慢気な顔で口を挟んでくるようなのは……ま、アルしかいないよな。


「お疲れ様でした、ウイコウさん」

「魔物との戦いは随分と久しぶりだったが、今日一日戦ってみて意外と動けるものだね」


 自分の肩をほぐすように揉んでいるウイコウさんだが、リイドの人たちは全員チュートリアルの制約に縛られていないときは厳しい鍛錬をしていたことを私は身をもって知っている。むしろ何が彼らをそこまで強者たらせようとするのか……それをまだ教えて貰えないことにちょっと寂しさを感じてしまう。


「シロもアルの面倒を見てくれてありがとう」

「あふ……別にいいよぉ、お兄さんのご飯おいしいし」


 う~ん、シロは可愛い! よぉ~しよしよし、撫でてあげよう。もっふもふ~、っと、ちょ、ちょっとクロさん? 尻尾が邪魔で前が見えないんですが? いたっ! 爪が! 爪が肩に! え! ちょっ! 本当にやめて、普通にHP減ってるから!


「お~い、いちゃついてて俺を普通に無視すんな~」

「あ~はいはい、アルもご苦労さま。今回はモックさんを見つけてくれた手柄があるからね。あんまり持ってきてないけど、特別に一本付けるよ」

「おほっ! やったぜ! そうと決まりゃあ、さっさと帰ろうぜ」


 酒が飲めると知ってテンションが上がったアルに急かされるように拠点への移動を開始する。意外だったのは森の中を走るモックさんが、私たちの移動速度についてこられたこと。他の村人もモックさんくらい動けるということならば、さっきモックさんが言っていたこの森の中でなら村人たちは生き延びているはずだというのは、モックさんの強がりでも希望的観測でもなく事実の可能性が高い。これは良い情報だ。

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