第79話 結界杖

 アルとミラに指定していた制限時間に僅かに遅れて拠点に帰ると、先に帰っていたミラが頬を膨らませていた。


「ちょっと! 時間通りに帰ってこいって言うから、ちゃんと帰ってきたのにコォチがいないってどういうことよ! っていうかお腹空いた!」

「すみませんでした。アルの方で村の人が見つかった関係で、ちょっと手助けに向かっていたので」

「むぅ、それなら仕方ないけど、早くご飯にしてよね」

「はいはい、ライくんとルイちゃんは起きていますか?」

「さっき、起きてきたわよ。ご飯食べて、睡眠取って、落ち着いたらいろいろぶり返して来たみたいでカラムが慰めているみたいね」


 なるほど、逃げている最中はあんまり深く考えている余裕もなかったけど、安全が確保されてご飯食べて眠ってほっとしたら、ご両親や村の人たちのことを思い出しちゃったのか。平気そうに見えてもふたりはまだ10歳と8歳、しっかりしているようでもまだ子供なんだから仕方がない。


「そうですか……そうだ、モックさん。あなたも中に入ってふたりに顔を見せてあげてください。もしもの時を考えると、あんまり期待させるのもどうかと思うんですけど、村の人を私たちが連れてきたことを知れば少しは元気が出ると思いますから」

「わかりました、お気遣いありがとうございます。ですが、今回のことにコチさんたちはなんの責もないのですからあまり背負い過ぎないでください」

 

 モックさんは務めて明るく振る舞い、笑顔のまま小屋へと入っていった。背負いすぎているつもりはまったくないんだけど、いくらゲームのイベントだからとは言っても、避けられるものならやっぱり悲しいルートは避けたい。

 

「コチさぁん、道具ができたので魔法をお願いしますぅ」

「あ、ファムリナさん。お疲れ様でした」


 大きな胸をふるふるさせながら作業をしていたファムリナさんから声がかかったので、すぐに細工セットの方へと向かう。すると作業台の上には先端に魔核を埋め込み、1メートルほどの長さで魔導師の杖みたいな形に加工された魔道具が……30本並べられていた。

 現状では鑑定しても『装飾の付いた杖』という扱い。これに私が聖域の魔法をかけることで魔道具が完成するのだろう。


「こんな僅かな時間でこれだけ作るなんてさすがですね」

「いぃえぇ、最初のひとつが出来てしまえばあとは繰り返しですからぁ、そんなに難しくないですよ」


 確かに一度作ったものと同じものを作るときには、スキルの補正もあって各段に作りやすくなるけど、それがあったとしても異常なスピードだと思う。


「えっと、これにひとつずつ魔法をかければいいですか?」

「あとは魔法の登録だけなのでぇ、魔核に触れられるだけ触れて聖域を使ってくれれば大丈夫ですぅ」


 へぇ、それなら魔核の部分を近くに寄せて、両手の平を広げて指先にたくさん触れるようにすれば数回で終わりそうだ。


「込める魔力とかはどうですか?」

「最小で大丈夫ですよぉ」

「わかりました」


 MPは回復してきているので、発動だけでいいなら問題ない。ささっと終わらせて食事の支度をしないとミラとアルの視線が怖い。


 というわけで完成したのが、こちら。


【聖域の結界杖】 500/500

 魔物が嫌う光を放つ杖。杖からの距離が近いほど効果が高い。


 1日使いっぱなしでも、耐久値は100ほどしか減らないとのことなので効果は約5日。その後は魔核を交換して魔法をかけ直せばまた使えるし、効率は悪いがMPを補充することもできるらしい。


 完成した結界杖はミラとアルに拠点周りに等間隔に設置してもらうことにして、私は食事の支度にかかる。とりあえず今日は持ち込んできた料理を並べるだけだが、このまま拠点の人数が増えてくれば大食いのメンバーもいることから10日間分は賄えなくなる。

 ただアルとミラが探索中に狩っていた魔物のドロップを全部確認したけど、ここの魔物はいまのところ食材をドロップしていない。ただ川には魚の姿が見えたし、魔物ではない普通の動物の姿も確認できているので、狩猟や漁をして食材を確保する必要があるということだろう。

 そうなってくると、拠点化、素材探索、村人捜索、食材確保……四彩を召喚していても手が足りないな。まあ拠点化はとりあえずの防衛はなんとかなりそうだから優先順位は下げられるし、食材もあと数日はなんとかなるからまずは村人の捜索と素材の探索を優先か。


「人数も増えたし、天気も崩れそうにないし、さらに結界杖が良い感じに光っている。とくれば、外で食事かな」


 とりあえず明日からの予定は棚上げして、広場の真ん中あたりに6人掛けのテーブルをふたつと椅子を適当に出す。料理はおかみさんの作った野菜炒めと寸胴で預かってきた卵スープ、各種魔物肉のステーキ、そしてパン。

 おまけに柵を作るときに出た端材を組み合わせて、火魔法で着火して焚火も作る。キャンプファイヤーとまではいかないが、これからさらに暗くなってくれば雰囲気が出る。それに焚火自体になんとなく癒し効果がありそうだし、ゲーム内の焚火はあまり煙も出ないんだよね。

 ここでマシュマロでもあれば焚火で焼くんだけど、さすがにそれは無理。あとは鉄板を出してBBQ(バーベキュー)っていうのも考えたけど、これから狩りをするようになればBBQをする機会はまたあるだろうから今回は見送り。


「おうい、コチ。杖の設置終わったぜ」


 アルとミラが結界杖の設置を終えて戻ってきた。周囲を見回すと淡く光る結界杖が拠点の周囲を等間隔で囲んでいる。イルミネーションというにはささやかだけど、暗くなってきた空で光り出している星々ともマッチしてちょっと綺麗だ。


「じゃあ、ご飯にするからカラムさんたちを呼んできて」

「ったく、人使いがあれぇな」

「文句を言わない。ほら、約束のもの」


 インベントリから徳利を取り出すとアルに向かって放り投げる。


「おほ! いっただきぃ!」

 


 

 お酒を貰って上機嫌になったアルの呼びかけで全員がテーブルに集まったところで夕食を開始する。おかみさん印の料理はもちろん大好評で出された料理はみるみると消費される。

 子供たちは大いに食べたあとは四彩に興味津々だったが、アカは面倒くさがってログハウスの屋根に逃げてしまい、クロは私の肩から下りないので、今は焚火のそばですでにおねむのシロと、もともとあまり動かないアオを優しく撫でてにこにこしている。

 大人たちはアル以外で徳利ひとつということにした酒を、小さなおちょこでちびちびと酌み交わしながらいろいろ語らっていた。

 私はそんな皆を微笑ましく眺めながら、簡易キッチンで食器を洗ったりして後片付けをする。洗うといってもそこはゲームなので、キッチンから出る水に食器を通すだけで汚れは落ちたことになるので簡単だ。


 食器を洗いながら柵の向こうを見ると、食事の間に陽は完全に沈んだため森の奥は完全な闇に塗りつぶされている。イチノセの西の森とは違って明らかに闇が深いように見えるので、魔法や【暗視】の手助けがあっても夜の活動は控えた方がいい気がする。



「ふぇぇ、やっと着いたぁ。チヅルのせいで危うく死に戻りするところだったよ」

「ごめんってば、でもある程度の素材は確保できたじゃない」

「どうせ食事は美味しくないし、私はとにかく早く寝たい」

「……同じく」

「と、泊めてくれるでしょうか?」

「私たちが集めてきた素材をお渡しすれば大丈夫だと思いますわ」

「だといいねぇ……え? あれ。ここがスタート地点で間違いないよね、チヅルちゃん」

「なに言ってるのよミルキー、マップを見ればそんなの……え、え、ええぇぇぇぇぇ!」  

「なんで急に柵が出来て入れなくなってるのぉぉぉ!」


 そろそろ明日に備えて解散しようとしていた私たちの耳に飛び込んできたのは、姦しい女性たちの話し声と、驚愕の叫び声だった。

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