第77話 転移

「ほお、こりゃすげえな」


 楽しそうに穴を掘っている親方を見て私は感心するしかない。親方は私が雑木を柵用の杭に加工していた30分ほどの間に、拙い説明だったにも関わらずありあわせの素材であっという間にポストホールディガーの試作品を完成させてしまった。勿論、ゲームの世界だからということもあるだろうが、それでもこの速さは親方じゃなければ無理だと思う。


 私が親方に提案したポストホールディガーとは、杭などを打ち込むための縦穴を掘ることに特化したスコップだ。向かい合わせにしたふたつの細長いシャベルをハサミのように連結して長い柄を付けたもので、地面に落とすようにしてシャベルを喰い込ませる。そしてシャベルの間の土を柄で操作して挟み、引きあげてから取り除く。これを繰り返すことでどんどん細い縦穴が掘れるというものだ。

 実はこれ、何度か働いたバイト先で使っていた道具なんだけど、初めて見たときにそのフォルムと機能性に感動したのでよく覚えていたのが幸いした。


「いけそうですね。それじゃあ、私が杭を作りますので、親方が穴を掘って、ウイコウさんが杭を刺して固定でお願いします」

「コチ君、この器具はある程度の高さから使用した方が効率的なのではないかな」

「あ、確かにそうですね。では親方、役割は交代でいいですか?」

「俺は構わん」


 ポストホールディガーは高い位置から落とした方が深く食い込むし、掘った土を引きあげるにも一気に引きあげた方が楽だ。そうするとドワーフとして一般的な身長しかない親方よりは、背の高いウイコウさんに使用してもらった方がより効率的だろう。


 それからの作業は実にスムーズだった。私は取り出した雑木の中から手ごろな太さの木は長さだけを揃えてノコギリで切り揃え、太すぎる木は地道に割って適度な太さに加工。侵入を防ぐのが目的の杭なので、手触りや見た目は二の次、三の次。見栄えは多少悪くてもあっという間に杭が出来ていく。さすがは【木工】レベル7。


 ウイコウさんはウイコウさんで試作ポストホールディガーを使いこなし、ざっくざっくと穴を掘る。その速さはおそらくSTRやDEXもかなり高いんだろうなと思わせ、ひとつの穴を掘るのに5分とかからない。

 そして親方が最後のとどめとばかりに杭を穴に突き刺し、隙間を掘った土で埋め、踏み固める。そんなルーティンを繰り返すうちに慣れもあってどんどんと効率が上がっていき、1時間も経つころには広場と森が面する方向には高さ三メートルの杭の列が完成していた。


 拠点後方はイベントエリア外で侵入不可らしいので、あとは側面を塞げばいい。ただ、あれだけあった雑木も使い果たしてしまったので、明日は伐採からスタートしないといけない。なんだかリイドを出てから木を伐ってばかりな気がする。【伐採】のスキルレベルも6にあがっていたし、メインジョブが【見習い】以外だったら絶対【木こり】とかの副ジョブが付いたはずなんだけど、残念。


「あ、コチ。おバカさんの方が誰かを見つけたみたいよ」

「え?」


 肩の上で寛いでいたクロの声に慌てて幻体の視界を確認すると、ミラはアカとふたりで茸型の魔物と戦闘中だったが、アルのほうが小太りのおじさんを守りながら虎のような魔物5体とスピンビー3体と戦っていた。


「シロとアルなら問題はないかも知れないけど、村人にもしもがあると困るか」


 ただ、マップを見るとアルの位置はここから結構離れている。この拠点は森の最南端に位置していて、午前に私たちが探索した北方向。今回アルが向かった北東方向、ミラが向かった北西方向にマップが記録されているが、午前中に向かった北方向の3倍近い距離をアルたちは移動している。

 ったくどんだけ突っ込んでいるんだか、その距離からあと1時間以内で帰って来られるつもりだったのか? 

 あ~でも、あの面子だったら普通に戻ってきそうな気がする。リイドのメンバーに私の常識は通用しない。


「ウイコウさん、アルが村人を発見しました。魔物の数が多いので助けに行きますので一緒に来てもらえますか?」

「いいとも」

「親方はこの拠点の防衛をお願いします」

「おう、だが鍛冶セットと素材は置いていけ」

「わかりました」


 私は頷くと鍛冶セットと数は多くないが、手持ちの鉱石などの素材類をその場に置く。


「あとはよろしくお願いします。ウイコウさん、私の肩に手を」


 黙ってうなずいたウイコウさんの手がクロとは反対側の肩に置かれる。それを確認してから、マップのアルの位置とクロの幻体からの映像を脳内で組み合わせて、到着地点をなるべく正確にイメージしつつスキルを使用する。


【転移】


 一瞬視界がホワイトアウトしたのちに、くらりとして膝を着く。転移酔いというよりも一気にMPを消費したことによる副作用だろう。こういうところの細かい作りこみがこのソフトの凄いところだけど、いざ自分が体感すると結構面倒かも。


「ウイコウさんは魔物をお願いします」

「よし」


 耳から入ってくる戦闘音にまずはウイコウさんを送り出す。頭を振って閉じていた目を開けると、予定通り目の前に村人らしき人がいた。どうやら足を怪我して身動きが取れなかったらしい。


「カラムさんに頼まれて助けに来ました。クロ、私とこの人を魔物から隠してください」

「いいわよ、はい」


 こともなげにクロが答えると、瞬く間に私たちの周囲だけが薄い霧に覆われる。クロの得意な幻術を使った結界で、この霧を抜けようとすると方向感覚を惑わされるらしい。前にリイドで効果を体験したときは、どう頑張っても霧を突っ切って向こう側に抜けることは出来なかった。

 つまりこの中にいる限り、私とこの人のところに魔物や人が入ってくることはなく、安全が確保されるということだ。


「ありがとうクロ。それにしても……同行者付きだとこの距離の『転移』でもきついな」


 【時魔法】と【空間魔法】をレベル10までカンストすることで覚える【時空魔法】のレベル1でとうとう修得した『転移』の魔法だが、MP消費500固定の『短距離転移』とは違って、基礎の500に加えて同行者有りでMPプラス消費。距離に応じてさらにプラス消費というとんでもなく燃費の悪い魔法だった。

 普通の魔法はスキルレベルが上がると新しい魔法を覚えていくが、【時空魔法】はスキルレベルが上がっても新魔法はほとんど覚えず、徐々に『転移』が使いやすくなっていくらしい。


 街と街の移動はポータルさえ登録してあれば何回でも移動できるが、ポータル転移は街という縛りがあるうえに移動には毎回使用料を徴収されてしまう。ホームに設置したポータルなら費用面は抑えられるが、場所の制限はどうしても付いて回る。

 しかし『転移』の場合はMPさえあればマップで到達エリアになった場所ならどこへでも行きたいところに行けるという素敵な魔法。ただ、このコストパフォーマンスが異常に悪い魔法を有効に活用するためには、マップの到達エリアを広げていくと同時にスキルレベルを上げていかなくてはならないということ。本来はもっと強くなった人が覚える魔法なんだろうけど、うまくできている。

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