第71話 怪我人

 小屋に入ると中は思いのほか広く、中に入った私たち全員が普通に立っていても窮屈には感じない。状況によっては最初に召喚されてきたプレイヤー全員がここに入る可能性もあったはずなので、この小屋も人数によって広さが変わるような不思議空間なのかも知れない。


「はあ? なんだよそれ! せっかくポーション使ってやったのに治ってねぇじゃねぇか!」


 小屋に入ってすぐのリビングのような空間から繋がっている扉のひとつが開いている。どうやらその扉の向こうで、一番最初に入っていった獣人プレイヤーが激昂しているらしい。


「そうなのです。理由はわからないのですがどんな薬を使用しても延命が精一杯で……それでも回復し続けないと彼女は死んでしまいます! なんとか私も手持ちの薬や付近で採れる薬草などを自分で集めたりしたのですが、薬は全て使い果たし、【調合】の心得がない私の作る薬ではほとんど効果もなく、もうこれ以上は彼女の命を繋ぎ止められないのです」


 どうやら先頭で入っていった彼らは、後続のパーティを待つことなく勝手に話を進めているらしい。まあ、聞こえてきた話だけでもなんとなく事情は察することはできるが。

 カラムさんが強制召喚が失礼だと理解しているにも関わらず、召喚に頼らざる得なかった理由はこれか。


「ねえ、どうするのよケビン。この人を助けるっていうのもイベントのひとつだと思うけど、このライフの減り具合だと最低でも数時間に一回はポーションかヒールが必要になるわよ」

「……俺たちが持ち込んできたポーションだけじゃ10日は無理だな」

「かといって解決策が見つかるまで回復役を割いたら、効率のいい中央まで行けない」

「だな……たぶんこれはここに呼ばれた奴ら全員で少しずつ負担してやるクエストだ。初心者丸出しの奴を含む、ここにいる奴らだけじゃ到底無理だな。だとしたら俺たちもこいつはさっさと見捨てて中央に向かった方がいい」

「私もそう思うわ」

「ちっ! スタートダッシュを犠牲にしてまで残ったのにとんだ無駄骨だったぜ。そうと決まればさっさと行こうぜ。少しでも遅れを取り戻さねぇとな。おら、邪魔だ! どけ!」


 ケビンと呼ばれた獣人率いるパーティが、仲間を心配しているカラムさんのいる前で堂々と心無い相談をして、引き留めるカラムさんを無視して小屋を飛び出して行く。それを見て小屋内に残っていたパーティも1パーティを残してどこか気まずそうにしながら小屋を出て行った。


「えっと……あなたたちはどうします?」


 最後に残った女性だけのパーティに声をかけると、6人の女性たちは額を寄せて相談を始める。相談するのはいいけど、彼女たちの結論を私たちが待つ必要はないか。


「えっと、私たちはまだカラムさんのお話を聞いていないので聞いてきますね。さっきの人たちみたいに森へ行くなら、私たちを待つ必要はありませんから出発してください」


 当然相手も私たちを待つ必要はないので、一応断りを入れてから寝室と思われる部屋へと入る。部屋の中ではベッドに眠る女性を肩を落として見下ろすカラムさんがいた。さっきのケビンとやらの態度にかなりへこんでいるらしい。


「カラムさん、大丈夫ですか?」

「あ、コチさん……はい、私は大丈夫ですが……彼女は」


 カラムさんの視線の先にいる女性を見ると、どうやら30代後半くらいの見た目で青白い顔をしてときおり苦しそうに眉を顰めている。頭や布団から出ている手に包帯も見えるので負傷しているのは間違いなさそうだけど……これ見よがしに表示されているライフゲージがゆっくりと減少している。どうやらなんらかの継続ダメージが入っているので、ポーション類を使っても完治したことにならないということらしい。


「ちょっと失礼しますね」


 試しにインベントリからポーションを取り出して女性に振りかける。私が作るポーションはゼン婆さんからの指導と【調合】スキルのレベルが上がっていることで、市販の初級ポーションよりもかなり効果は高い。もし治癒の条件が『中級ポーションを使用』とかだったりしても十分達成できるはず。

 振りかけられたポーションは淡い光となってすぐに消え、ライフが4分の1を割りイエローになっていた女性のライフは一気に8割くらいまで回復。しかし、すぐにまた減少を始めてしまった。念のため中級相当の解毒ポーションもかけてみたが、症状の改善は見られなかった。


「だめですね……単純な毒というわけでもなさそうです」

「そうですか……でも貴重な薬をありがとうございます。正当な対価をお支払いしたいのですが、このような場所でほぼ自給自足だったものですからお金は……」

「いえ、お金はいりません、それよりもカラムさん。彼女を助けるためにも、どうして彼女がこのような状態になったのか、その経緯をわかる範囲で教えてもらえませんか?」


 対価をいらないという私にカラムさんは恐縮しつつなんども頭を下げ、それから今回の召喚に至るまでの経緯をぽつりぽつりと話し始める。


「私たち一族は本来この森の中央にある村で生活しています。ここからはよく見えませんが中央には緑竜樹という大樹があり、その恵みを甘受するために作られた村です。彼女、ミスラはその村で史学研究をしていた人の助手をしていました」


 その後もカラムさんの話は続いたが、彼が知っていることはそう多くはなかった。


 傷ついたミスラさんがこの小屋に飛び込んできたのは約2日前。そのときまだ意識のあった彼女は『魔物が溢れた、村はもう駄目』と告げた。しかし、どういうことかと尋ねるカラムさんに理由を告げることなくミスラさんは意識不明に陥ってしまったらしい。

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