第29話 神様

 シェイドさんから気配の消しかたを教わったところ【気配希釈】が【気配遮断】に変化した。さらに【気配察知】が取得済みだと申告したら、それなら代わりにとエステルさんと合同で【魔力感知】を教えて貰ったら索敵系の上位スキルと思われる【索敵眼】というスキルに統合された。

 【気配察知】が|生命力≪HP≫を感知するスキルで【魔力感知】が|魔力≪MP≫を感知するってところだろうか。そうすると【気配遮断】は生命力を隠すことになって、もしかすると魔力を隠すスキルもあるかも知れない。であるならば是非ともそれもと思って聞こうと思ったときには、さっきまですぐそこにいたはずのシェイドさんの姿は消えていた。


「凄い人だな……」

「そうね、今のわたくしたちにはあの人の力を役立てることはできないですけど」


 それを言ったら、この街にいる人たち皆があてはまってしまう。これだけの力のある人たちをいくら夢幻人を導くためとはいえチュートリアル用の街に縛り付けておくのは、何度考えても勿体ない。


「エステルさん……あの」

「コチ、そろそろ神殿に向かいなさいな」


 問いかけようとした私の言葉にかぶせるように神殿行きを勧めたエステルさんの目は優しい。その目にどこか信頼のようなものを感じるのは私の気のせいだろうか。


「はい、わかりました師匠……いえ、エステルさん。本当にいろいろありがとうございました」

「ええ、楽しかったわコチ。あなたに神のご加護を・・・・・・


 エステルさんに深々と頭を下げ、扉を開けて外に出ようとする私にかけられた声に背中を押され、なんだかんだと引き延ばしてきた神殿へと向かう。


「神のご加護を……か」


 そうだ、メリアさんと神様の話を聞きにいくって約束もしてたな。エステルさんもご加護を祈ってくれたことだし、チュートリアル完了する前に話をする時間が取れたらメリアさんに聞いてみよう。


 そういえば……ウイコウさんが街の人全員と仲良くなればいいって言っていたっけ。でも、街は全部探索したし、さっきのシェイドさんがシークレットクエストだったくらいだから全員と出会えたと思うんだけど、結局なにも起こらなかったな。親密度みたいなものが足りない人がいたとしたらちょっと悲しいかも。


「コチさん」

「あ、レイさん」


 いろいろ考えているうちにいつの間にか神殿前まで来ていたらしい。まあ、そもそもたいした距離じゃないしね。


「いよいよ旅立ちですね」

「……はい。寂しいですけど、これも夢幻人の宿命なんでしょうね」


 レイさんと視線をかわして小さく頷き合うと、ひとり神殿へと向かう。レイさんとのお別れはもう済ませてあるし、餞別も貰った。これ以上の感傷は蛇足だろう。


 神殿の扉を開け、ステンドグラスから差し込む光のカーテンの中にいるメリアさんに向かってゆっくりと赤い絨毯の上を歩いていく。思えば、神殿前には何度も飛ばされて来たけど、中に入ってメリアさんに会うのはチュートリアルクエストを受けて以来だ。


「お久しぶりですね、コチ殿。私のところに来るのは2回目ですね」


 うっ……メリアさんが慈愛に満ちた笑顔のままジト目を向けるという高度な技術で私を見ている。


「……あ、えぇと、その……すみませんでした」


 何かしら言い訳を考えてはみたものの、確たる理由はない。強いて言えば『この街を出るときに最後に訪れるのが神殿』だったから、無意識に避けていたとしか言いようがない。また来ると言っていたのに最後まで顔を出さなかった以上、ここは素直に謝るべきだろう。


「ふふっ、冗談ですよコチ殿。あなたが大地人である私たちに対しても、別れを惜しんでくれていることを嬉しく思いますから」

「メリアさん、わかるんですか?」


 メリアさんはなんとなくですよ、と可愛く微笑む。神官長くらいになると人の心も読めるようになるのだろうか……メリアさんになら読まれてもいい気がするけど。


「それでは……コチ殿、クエストお疲れ様でした。これであなたがこの街で学ぶべきことは全て修了いたしました。この街であなたが過ごしてきた時間、行った行動の全てがこれからのあなたの糧となります」


 メリアさんは慈愛に満ち溢れた声でそう告げると手に持った錫杖をしゃん! と鳴らす。


「〔見習い〕を終え、希望を満たした若芽たる夢幻人、コチよ。汝の目指すべき大樹の姿を脳裏に描きなさい。私たちはそこへと至る道を示しましょう」


 しゃん! しゃん! 


 厳かな雰囲気の中で、メリアさんが紡ぐ祝詞、そして鳴らされる錫杖の音。その光景は思わず見惚れてしまうほどだ。


「さあ、コチ殿。あなたの進むべき道を選んでください」


 メリアさんがひときわ大きく錫杖を鳴らすと同時に目の前に大きめのウィンドウが開く。


〔大剣士〕〔剣士〕〔短剣士〕〔盾士〕〔槍士〕〔斧士〕〔拳士〕〔弓士〕〔投士〕〔鞭士〕〔杖士〕〔細剣士〕〔槌士〕〔水魔法士〕〔火魔法士〕〔風魔法士〕〔土魔法士〕〔薬士〕〔鍛冶士〕……


 そこには私が転職できる職業がずらずらと並んでいた。武器に応じた職、魔法に応じた職、生産関係の職に始まり、〔神聖魔法師〕〔召喚魔法師〕〔神聖剣師〕などの上級職や、称号からだろうか〔反撃士カウンタラー〕や〔突貫士〕なんていうユニークっぽい職業まで表示されている。

 チュートリアル終了後にいきなり上級職やユニーク職から始められれば、かなり有利にゲームを進められる。でも、その前に約束を果たさないと。


「メリアさん、職業の選択はちょっと待ってもらってもいいですか?」

「そ、そうですね。私もこれほどたくさんの転職先が出てきたのを見るのは初めてで驚いてしまいました。転職はコチ殿の未来を決める大事な選択です。時間制限なんかはありませんのでゆっくりお考えになられてください」


 この転職先の多さはメリアさんにとっても想定外だったらしい。でも、それはそれだけ多くの知識や技術をこの街の人たちに教えて貰ったということ。そしてまたこれから新しい知識を教えて貰うことになる。本当に私はこの街から貰いすぎている。


「メリアさん、前に神様について教えて貰うという約束をしたんですけど……覚えています?」

「勿論です」

「今、お願いしてもいいですか?」

「……そうですね。コチ殿とのお約束を果たせるのは今しかありませんね。わかりました、神官としてこの世界の神々についてご説明させていただきます。まずは後ろの神像をご覧ください」

 

 メリアさんがすっと横にずれる。そこにはステンドグラスを背に六つの神像が置かれている。

 神像は中央にややスペースを置いて左側に三柱、右側に三柱。模した姿は老若男女の人間という感じだ。


「まず、右側の中央寄りにおわします老婆の像がウノス様で闇を司ります。他にも攻撃魔法や裁縫の神様でもあります」


 優し気な微笑みを浮かべる老婆の像。裁縫はなんとなくわかるけど、攻撃魔法も司っているらしい。エステルさんがお婆さんになったら……なんて考えたことがばれたら殺されそうだ。


「その右隣の逞しい男性の像がドゥエノス様で火を司ります。他には武器全般と鍛冶の神様でもあります」


 なるほど、武器と鍛冶を司るというイメージ通りガチムチだ。そのくせ顔が妙にイケメンなのがずるい。


「その右隣の老爺の像がトレノス様で水を司ります。あとは回復魔法と調合の神様ですが、農業にも関わっています」


 水のイメージというとうら若い女性なんだけど、この世界ではお爺さんか。民家の軒先で日向ぼっこをしていそうな優しい雰囲気の像だ。

 ここまでの流れで行くとここの神様たちは属性、戦闘系、生産系をひとつずつ司る感じかな。


「次は一番左端の少年少女の双子像です。少年がクアノス様で、少女の方がチェリエ様、お二人で一柱の神様でクアノス様が風を、チェノス様が植物を司ります。合わせてお二人とも回避と木工の神様で、農業にも関わっています」

「あれ? さっきも農業の神様でしたよね」

「はい、農業に関してはもうひとり司る神様がいらっしゃいますので三柱で司るということになります」


 農業は特別枠? まあ確かに農業は大事か。狩猟や野生の食物だけじゃ生活は豊かにはならないだろうし。


「双子神の右隣の女性像がチクノス様です。光を司り、防具と彫金の神様でもあります」


 人間ならまだ若さが残る感じの美人の像、さっきの双子が小学生だとしたら、女子高校生って感じか。


「最後が中央左側にある青年男性像のセイノス様です。土を司り、支援魔法と細工、そして農業を司っています」


 こっちはちょっとワイルド系の男子高校生だな。なるほど……この六柱の神様たちがこの世界を見守っているっていうことか。


 メリアさんによる神様たちの紹介が終わり、改めて六つの神像を眺める。作成したのは名のある彫刻家なのか、どれも神々しく慈愛を感じさせる素晴らしい神像。

……なんだけど、どうしてだろう? なんとなく違和感があるような気がするのは……神像そのものというよりは全体として物足りない感じ? 

 ん~今のところは考えてもわかりそうもないな。とりあえず違和感は置いておいて、せっかく神殿にいて神様たちの像を前にしているんだから、礼拝くらいはしておいた方がいいか。


「メリアさん、神様たちにお祈りをするのに作法とかありますか?」

「あら、コチ殿。それは良い心がけですね。祈りというのは形よりも、その方の心のありようが大事なんです。ですから作法について決まりはありません。ただ……祈りを捧げる場合は複数の神にまとめて祈りを捧げるのではなく、それぞれの神様と個別に向かい合うのがよいでしょう」


 おお、礼拝をしたいと聞いたメリアさんがとても嬉しそうに微笑んでくれている。綺麗な人の笑顔はそれだけで幸せになれるね。


「あ、確かにそうですね。私だって、他の人たちとひとまとめにされて扱われるのはあまりいい気はしないです」

「ふふ、そうですね。でも信仰は自由ですから、気に入った神様にのみにお祈りをしてもかまいませんし……もちろん順番にすべての神様に祈りを捧げるのも問題ありませんよ」


 ん? なんかいま……

 優しい笑顔で私を見守るメリアさんに、おかしなところはなにもないけど……いまの言葉にはなにか含みがあったような。

 もしかして、ここで神様に祈りを捧げると加護みたいなものが貰えるとか? 

 有り得る! そう言えば、エステルさんもそれまでは神様についてなんて一言も触れていなかったのに、最後に『神のご加護を』なんて言って送り出してくれた。となれば礼拝をするのは決定だ。あとは六柱の神様たちにどう祈りを捧げるか。

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