第28話 シークレット

「…………へぇ、なぜわかったのかな?」


 きっぱりと私が言い放つと、恥じらいを見せていたエステルさんの表情が能面のように無表情に変わった。


「そうですね……いくつか理由はあるんですが。ひとつ、エステルさんはその猫ちゃんを危険な存在として絶対に触ろうとしなかった」


 それどころか、私にまで危ないから触るなと何度も警告していたのにあんなに気持ちよさそうに撫でまわすなんてずるい! ……じゃなくておかしい。


「ふたつ、エステルさんの魔法はもっと綺麗で凄い」


 この人が使った魔法も私に比べれば発動速度、発動数、魔法の収束度、どれをとっても凄いレベルだったけど、私が弟子入りをしたいと思ったエステルさんの魔法はあんなものじゃない。パチンコ玉サイズで魔法を収束できるエステルさんの真似をするのに、せいぜいピンポン玉サイズ程度なんて修行して出直して来い。


「みっつ、【看破】が僅かに警告を鳴らしています」


【看破】が発動して私にちくちくと警告してくれている。完全に見破れずに違和感のみなのは【看破】のレベルが低いせいもあるが、この人の変装? の技術が高いせいもあるだろう。


「そしてよっつめ、以前私が握ったときに確認した指とサイズが違います」


 これは手を取って初めて気が付いたが、指輪を作るために初めて手を握ったときの感覚を死ぬ気で思い出して何度も検証したから多分間違いない。エステルさんの人差し指に合わせて作った私の指輪はこの人の指にはきっと嵌まらない。作成時にサイズの自動調整を組み込めれば別だが、私のスキルレベルではまだ無理。


「……うん、凄いねキミ。文句なしの合格だよ」


 しばらくの沈黙のあと、私から次の指摘がないと判断したのか偽エステルさんがどこか作り物めいた笑顔を見せて手を叩く。

 私はその称賛に応えることなく、エステルさんの顔のまま無邪気な笑顔を見せる何者かに対して見習いの長剣を抜く。


「本物のエステルさんはどこですか? もし師匠になにかあったら何度神殿送りになってもあなたを殺しますよ」


 グランウィッチであるエステルさんをどうにかできるような相手に基礎レベル1、職業見習いの私が勝つことが出来ないのはわかっている。それでも、お世話になった人が危ないなら助けるのは当たり前だ。幸い私はなんど神殿送りになっても速攻で戻ってくることができる。本当にエステルさんに危害が及んでいた場合、絶対にこいつを許す訳にはいかない。


「おお、怖いな。エステル、彼が襲いかかってくる前に誤解を解いてくれないか」

「え?」


 偽エステルが肩をすくめつつ、居住スペースに続くカウンター奥の扉に向かって声をかけると、扉がゆっくりと開いて顔を真っ赤にしたエステルさんがもじもじと出てきた。


「コ、コチ……あの、これはね」

「エステルさん! 大丈夫ですか! こいつになんかされてないですか、痛いこととか、ていうかエロいこととか!」

「な! ……馬鹿! そんなことされていなわよ! あ」


 ツッコみ代わりに瞬時に発動されたパチンコ玉サイズの水魔法が私の眉間を打ち抜く、寸前で弾けて私を水浸しにする。まあ、直撃したら神殿送りだっただろうし、とっさにブレイクしてくれたんだろうけど……それでもほぼ瀕死状態のダメージです。


◇ ◇ ◇


「【聖癒ホーリーヒール】。さて、どういうことなのか説明してもらえますか?」


 がっつり減ってしまったHPを【神聖魔法】で回復すると、私にタオルを差し出すエステルさんと、くつくつと笑っている偽エステルさんに問いかける。


「ごめんなさい、コチ。実はこの人もこの街の住人なの、私たちにすら名前も性別も明かしていない怪しい人なんだけど、私たちはシェイドと呼んでいるわ」

「ははは、怪しい人は酷いな。ま、否定はできないけどね」

「シェイド、いい加減にわたくしの真似をするのはおやめなさい。わたくしの顔でそんな話し方をされるのは不愉快ですわ」

「おっと、これは失礼。では」


 そう言ったシェイドは、どうやったのかエステルさんの衣装を全部まとめて片手でばさりと脱ぐ。そのあまりの素早さに、衣装の下を垣間見ることすらできずに呆気に取られていると、そこにはだぼっとした黒装束に身を包んで体のラインすら分からないようにした誰かが佇んでいた。顔も黒子のように黒い布で隠され、身体的特徴を示すもがなにひとつ表に出ていない。声まで中性的で声からも性別が判断できない、確かに怪しい人だ。


「改めて自己紹介しよう。僕はこの街の諜報を担当している通称シェイドだ。暗殺ギルドと盗賊ギルドのマスターも兼任ということになっているのかな? まあ今は部下もいないし拠点もない、名目だけのギルマスだけどね。でも役目柄、僕だけはこの街の中を自由に動き回れる。申し訳ないけど、キミのこともずっと拝見させてもらっていたよ、コチくん」


 チュートリアル中の夢幻人を監視する役目なのだろうか。ゲーム内で問題行動を起こしそうなプレイヤーをチェックするとか? 


「シェイドが夢幻人に見つかることなんて本当はないのよ。この人は気に入った夢幻人がいると住人の誰かに成りすますの。そして、成りすましたシェイドを見破ることが出来なければシェイドが名乗ることはありませんわ」

「そう、そして過去に僕の変装を見破った夢幻人はひとりもいない」

「そ、それなのに……コチはすぐにわたくしではないことに気が付いてくれましたわ。それどころか弱いくせにわたくしのために戦おうとまで……」


 エステルさんは頬を染めつつも綺麗な微笑みを浮かべて私のところへ来ると右手を伸ばす。


「あなたの作ってくれた指輪を嵌めてくださる」

「あ、はい。効果は全然ですけど、デザインはエステルさんが恥ずかしくないものに仕上がったと思います」


 私は改めて自作のシルバーリングを取り出すとエステルさんの右手の人差し指に嵌める。うん、想像通りぴったりだ。


「植物を意匠してますのね……綺麗な指輪ですわ」

「はい、あとはこの杖なんですが……たぶんエステルさんはもっと良い杖をお持ちだと思いますけど、どっかに飾ってもらえれば」


 インベントリから銀樹の杖を取り出してエステルさんに渡す。大魔女である彼女にはきっと愛用している凄い杖があるはずだけど、どうせ私は見習い中は見習い武器しか装備できないし、チュートリアル後は剣を使う可能性が高い。それに私が一番最初に作った杖はもう二度と来られないこの街に置いていきたい。


「……これもわたくしの手にしっくりとくる素敵な杖ですわ。ありがとうコチ」

「いえ、本当はもっといい物が作れるようになったときにプレゼントできたら良かったんですが」

「いいのよ、十分だわ。でもコチ、これではわたくしばかりが少し貰いすぎですわ」

「いや、エステルさんにはいろんなことを教えて貰いましたし、むしろまだまだ……え?」


 困ったように小首を傾げたエステルさんにそんなことありませんと伝えようとした私の頬をすっと間合いを詰めてきたエステルさんの唇がかすめた。


「え……エステルさん?」

「ふふ、いつもわたくしをからかっていたコチが狼狽える姿というのは、なかなかいいものですわね。ちょっとサービスしすぎたかも知れませんが、一応これでチャラということにしましょう」

「あ……はい。どうもごちそうさまでした」


 どこか吹っ切れたかのようなエステルさんが、照れながらも楽しそうに笑っている。あれぇ……なんか思っていたのと違う。いつもは私が初心なエステルさんをからかっていたはずなのに、なんとなく立場が逆転したような。


「そろそろいいかな? あの堅物のエステルがそんなことをするとはとても信じられないけど、情報というのは常に変遷するものだからね。実に興味深いね」

「ふん、なんとでも言うがいいですわ。あなたもさっさと自分の役目を済ませなさい」

「はいはい」


 ツンとしたエステルさんの対応にシェイドはやれやれと肩を竦めると、まだ現実を呑み込みきれていない私に体を向ける。

 

「では、コチくん。さっきも言ったけど、僕を見つけた君は合格だ。僕からも君にスキルを伝授しよう」




<シェイドの指導により【気配希釈】を取得しました。【気配希釈】は取得済みのため【気配遮断】に変化します>

<シェイドとエステルの指導により【魔力感知】を取得しました。【気配察知】【魔力感知】が【索敵眼】に統合されました>

<シークレットクエスト『シェイドを見つけろ』を達成しました>


 

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