第27話 挨拶

 ……とうとうこのときが来てしまった。

 あとは神殿に行ってメリアさんに報告をすれば、転職ができるようになる。転職が終われば実質的な始まりの街であるイチノセまで歩いて行くか、転送してもらうかの選択を迫られ、そうやってリイドを出てしまえば……二度とここには戻って来られない。


「さて、どうしようかな」


 このままここに居続けることが出来ないのはわかっている。それならあとは、別れ方の問題だよね。


「とりあえず今日は寝て、明日からみんなのところに挨拶をしに行くか」


 そう決めた私は、宿に帰るとおかみさんにクエストの達成などの事情を話し、いままでのお礼としてファムリナさんのところで作ったまな板をプレゼントした。

 おかみさんはプレゼントはとても喜んでくれて嬉しかったけど、それ以上に別れを惜しんでくれたのが嬉しかった。

 最初に会ったときよりも格段に美味しくなったおかみさんの料理でふたりだけのお別れ会をした。みんなへの挨拶に時間がかかればまた泊まりにくるかも知れないが、こういうのはその場の雰囲気が大事だからね。


◇ ◇ ◇


 翌日から住人のところへと挨拶に回ることにした。


門番アルレイド


「おう、そうか! やっとだな。随分と時間がかかったが、お前とのじゃれ合いは楽しかったぜ。出来ることならもっと稽古をつけてやりたかったんだが……ま、また機会があればな」


神殿騎士レイモンド


「お疲れ様でした、コチさん。本当にあなたほどこの街を満喫した夢幻人はいませんよ。ただ、不肖の弟が何度も迷惑をかけてしまったようで、それに関してはなにかお詫びをしたいのですが……そうだ! 私にも少し稽古を付けさせて貰えませんか? もしかしたらこれからのコチさんに少しはお役に立てるかも知れません」


<【神聖剣術】を取得しました>


冒険者ギルド受付嬢ミラ


「にゃぁ……そうか、とうとうコォチも行くのね。ま、あたしたちはまたお仕事に戻るだけだけど、コォチがいる間は肩も凝らないし、ストレスも発散できたし料理も美味しかったし……いいことばっかりだったんだけどね。待ち時間は長いけど!」


冒険者ギルドマスターガラ


「がははは、旅立ちに涙はいらん! 我が訓練場に二度どころか、三度も来たのは後にも先にも新人だけだろうな。ただ、うまいメシが食えなくなるのは辛い! 旅立つ前に大量に置いていってもらえると嬉しいぞ、新人! それと、ここに来たからには当然訓練をしてかねばな! では、いつも通りミラからだ」

「にゃ♪ お任せ!」



 うん、ぐったり。さて、次は順番から行くとエステルさんだけど……まだ怒っていると嫌だし、プレゼント渡すのも照れくさいから最後にするか。


薬師ゼン


「ヒッヒッヒ、律義なもんだねコチ。わしは嫌いじゃないがね……なんと! この揺り椅子をわしに? こりゃあいいもん貰っちまったねぇ……ほ、魔力で揺れるとわねぇ。あぁ、気持ちいいねぇ……ありがとうよ、コチ。時間さえあればもっといろいろ教えてやりたかったねぇ。外へ行っても頑張るんだよ」


鍛冶師ドンガ


「ふん! まだまだ未熟なくせにもう行くのか。久方ぶりに骨のある弟子が出来たと思っていたんだがな……よし、付け焼刃にしかならんだろうがもう一度鍛冶を見てやる。入ってこい! まずは精錬からだ」


釣り人ウイコウ


「そうですか、クエストが終わりましたか。今は何を? あぁ、皆さんに挨拶回りですか。……それはいいですね、是非ゆっくりと回ってください。え、私にこの椅子をですか? あぁ、なるほど。確かに背もたれがあると腰を伸ばしやすくていいですね。ありがとうございますコチ君、まだまだ期待していますよ」


農家コンダイ


「おぉ、そうかぁ。コチどんもとうとう行くだか。そりゃあ、寂しくなるべなぁ。お? 今日も手伝ってくれるだか。そりゃ助かるべぇ、今日は収穫するもんが多かったでな、とことん付き合ってもらうがんな。どうせならあの辺の開墾もしていぐか? あっはっは、嘘だべ。ん? 木材? そんなん気にすっことねぇだ。労働の対価ってやつだべ」


牧場主ニジン


「ふぇ? えぇ! コチさんもう行っちゃうんですかぁ! 私のところに来てくれたのなんて最後のほうじゃないですか! コチさんは私のことを先生と呼んでくれる貴重な人材なんですよ! もっといてくれてもいいじゃないですか……あ、そうだ! 実は私って、裁縫も得意なんですよ、習っていきません?」


<【裁縫】を取得しました>


道具屋ファムリナ


「そうなんですねぇ、わたしのところが最後なのは知っていましたので覚悟はしていましたけどぉ……寂しいですねぇ。コチさんにはもっとわたしの作った道具をつかってもらいたかったです。もっといろんなものの作り方も教えてあげたかったですし、叶うなら一緒に冒険もしたかったですねぇ」



 結局五日ほどかけて挨拶をして回ったところ、この期に及んでまたスキルが増えてしまったりもしたが、皆が別れを惜しんでくれた。道中で亀さんと犬さんと鳥さんにも会ったけど、料理をふるまいながら事情を説明したら、寂しそうにしてくれていた。私の願望からくる勘違いかも知れないけど、なんとなくそんな気がした。


 強制的にクエスト達成になってしまうと困るので、神殿のメリアさんは本当に最後。だから残すはエステルさんだけ。なんとなく気まずくて後回しにしていたせいで、10日近く顔を出していない。もしかすると怒りが収まるどころか増している可能性もあるな。

 私が作った指輪と杖で機嫌が治せるといいんだけど。


「こんにちは~」


 小さな声で挨拶をしつつゆっくりと扉を開けて中を覗きこむ。エステルさんのご機嫌いかんによってはいきなり魔法が飛んでくる可能性もある。


「あら、いらっしゃいコチ。ず・い・ぶ・ん・と御無沙汰だったわね。定期的に修行の報告に来るんじゃなかったかしら?」


 珍しくカウンター前の店舗スペースで椅子に座ったエステルさんが、膝の上に乗った黒猫を撫でながら剣呑な視線を向けてくる。


「あははは、ちょっといろいろ忙しかったので……すみません」

「別にいいのよ、わたくしとしては可愛い弟子にまた魔導の神髄を見せられるだけで十分だもの」

「ちょ、ちょっと待ってください! す、すみませんでした!」


 エステルさんの周囲にピンポン玉サイズの魔法がふたつみっつよっつと増えていくのを見て私は慌てて中に入ると頭を下げて全力の謝罪をする。


「お詫びと言ってはなんですが、ファムリナさんのところでエステルさんのために作った物があるので是非プレゼントさせてください! 一生懸命に作ったのでファムリナさんからもちょっとだけ褒められた指輪と杖なんです!」

「へ?」


 エステルさんに魔法を撃たれて神殿送りになる前に、伝家の宝刀であるプレゼント作戦のカードを早々に切ると、効果は覿面でエステルさんの周囲の魔法はパンッと弾けて消えた。


「え、ちょ、ちょっとま……待ちなさいよコチ。あなたが! わたくしに! ゆ、指輪をプレゼントしてくれるの?」

「はい、と言ってもまだまだレベルも低いので装備品としての価値はほとんどないと思いますけど」

「そ、そうね。わたくしくらいの大魔女になるとアクセサリひとつとっても高性能なものでなくては釣り合わないのですけど……で、弟子が作ってくれたものを無下にするほど狭量ではありませんわ。せ、せっかくですからあなたがわたくしの手に嵌めてくださる?」


 エステルさんはほんのりと頬を赤くしながら、不承不承というていを装って右か左かを一瞬だけ逡巡した後、おずおずと右手を私に伸ばしてきた。


「あの、本当にたいした出来じゃないので、がっかりしないでくださいね」


 そう言って一応の予防線を張りつつ、インベントリからリングを取り出した私は、エステルさんの右手を左手で掴む…………やっぱりそうか。

 私はゆっくりとエステルさんの右手を放すと、一歩二歩と距離を取る。


「ど、どうしたのかしらコチ。意外と恥ずかしいのだから早くしてくださらない?」

「私もそうしたいんですけど、どんなに性能は低くてもこの指輪は私がエステルさんのために作ったものなので、エステルさんに使ってもらいたいんですよね」

「もう、恥ずかしいからからかうのはやめなさいコチ。わたくしのために作ってくれたというのはわかりましたわ。絶対に人にあげたりはしないから大丈夫よ」


 恥じらう様子を見せるエステルさんに私は苦笑しつつ横に首を振る。


「違いますよ。言っているじゃないですか、私はエステルさん本人に・・・・・・・・・使ってもらいたいんですよ」

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