第55話 料理スキル

 レレンさんが首を傾げるのを見ながら、私も内心で首を傾げる。主観的にはもう何カ月も前だから記憶も曖昧だけど、初めておかみさんの宿に行ったときに普通に教えて貰えた気が……あ、そうか。私はアル以外とは全員、会話の制約が解放された後に出会っているから他の人がリイドの住人とどんなやりとりをしたかは知らないんだ。

 制約されていた状態のアルは基本的に「始まりの街リイドへようこそ」しか言わなかったことを考えると、そんな相手に料理を教えてくれなんて頼む人はいないかも。


「私は取れたとしか……でも、スキルはなくても料理は出来るんじゃないですか? スキルはあくまでも作業の補助的なものという認識でしたけど」

「そうですよね、でも素材を集めて料理コマンドを実行しても完成したものは美味しくないんですよ」

「は?」

 

 料理コマンド? それってなに。


「え? なにかおかしなこと言いましたか?」

「すみません、料理コマンドというのはなんですか?」

「へ? ……あれ、知らないんですか。料理はまずレシピを手に入れて、それに必要な素材を集めると料理コマンドが使えるようになるんです。もちろん設備は必要になりますけど、『切る』とか『煮る』とか『焼く』かをレシピ通りに実行していけば完成です」

「あ~……なるほど。多分それ・・ですね」

「それ?」


 私の言葉に怪訝な表情を浮かべるレレンさんだが多分間違いないだろう。なんというか運営の罠?

 おそらくレシピを簡単に手に入れられるようにしておいて、このゲーム内での料理はレシピとコマンドを使って半自動で作る物だと思い込ませられたんじゃないだろうか。

 私はリイドでおかみさんに下ごしらえの大切さと、それによる味の向上を最初に教えられて知っていたからか、レシピやコマンドの存在自体を知ることもなかった。なにも知らずにレシピやコマンドの使い方を教えて貰っていたら『翠の大樹』の人たちと同じようにまずい料理に辟易していたかも知れない。


「え? ちょっと待ってください。コチさん、もしかして僕たちの料理が美味しく作れない理由がわかるんですか!」

「はい、多分ですけど」


 レレンさんが私の簡易キッチンの向こうから身を乗り出してくる。ゲーム開始から約二カ月間、美食になれた日本人としてはよほどメシマズ状態がきつかったらしい。


「そ、それって教えて貰えたりは……」

「別にいいですよ」


 こんな簡単で当たり前のことなんて、気が付いている人はもう気が付いているだろうし、常識として広まるのもそう遠くないんじゃないかな。私としてはとりあえず、いまある兎肉料理が売れ切れればいい。本格的に料理をメインにプレイするつもりはないし。


「ありがとうございます! リナリ……あぁ! ちょ、ちょっと待っててくださいコチさん」


 歓喜の表情を浮かべたレレンさんが振り返ってリナリスさんを呼ぼうとすると、言い争いが激化していたリナリスさんとイツキさんは、引っ込みがつかなくなったのか決闘システムによる決闘を始めようとしているところだった。

 幸い決闘が始まる直前にレレンさんが放った【水弾】の魔法を受け、水を被ったふたりの頭も冷えたらしい。

 

「コチさん! 料理の秘訣を教えてくれるって本当ですか!」

「秘訣なんてものじゃないですよ、リナリスさん」


 仲裁に入ったレレンさんから経緯を聞いたリナリスさんは、髪から滴る水滴もそのままに地面に正座して私の言葉を聞いている。いや……そこまで畏まらなくても。


「いままでどれだけレシピを集めても、どれだけ料理を作ってもスキルすら生えないし、料理もまずいままだったんです。それが解消されるなら、ゲーム内に限ってならこの身を差し出しても構いません!」

「おい、馬鹿リナリス! そんなこと言って本気にされたどうすんだ!」

「食の探求に比べれば些細なことよ!」


 このゲームは成人指定だから、合意があれば確かにそういう行為を疑似体験することもできる。当然現実の肉体には影響はないけど……し、しませんよ?


「えっと……別に対価はいらないですよ」

「一瞬、間がありましたねコチさん」

「あははは……そこは突っ込まないのが大人の対応だと思いますよレレンさん」

「ふふ、ですね」


 ぎゃーぎゃーと騒がしいふたりを尻目に私とレレンさんは男同士にしかわからない笑みを交わす。


「あそこのお二人はお付き合いを?」

「ええ、しょっちゅうあんな感じですがうまくいっているみたいですよ。ちなみに僕たちはリアルでも友人です」

「そうなんですね。私は姉の勧めで始めたんですけど、リアルを持ち込みたくなかったので私がCCOにいることを知っているのは姉だけなんです。ちょっと羨ましいですね」


 リアルを持ち込みたくないというのは本当だが、羨ましいというのは半分嘘。もともと人の気持ちがなんとなくわかってしまうという『僕』のおかしな能力のせいで、表向きの友人はいても一緒に遊びに行くような友人はいない。『僕』にこんな能力が無かったら、もしくはこの能力とうまく付き合っていけていたらレレンさんたちみたいなプレイの仕方も有り得たかも知れない。


 と、まあそんな話は置いておいて。料理をスキルとして覚えて美味しく作るためには、レシピやコマンドに惑わされることなく、自分の力でリアルと同じように料理することが必要だということを簡単に説明する。

 それを聞いたリナリスさんは顎に手をあてながら考え込んでいたが、やがて小さく頷く


「…………なるほど。だから、コマンドで作った見栄えのいいステーキよりも、バーベキューのときに食べた、ただ焼くだけの肉のほうがいくらかマシだったんですね」

「でも、それでも全然美味いとは言えなかったぜ」

「違うよイツキ。僕たちがそのとき焼いた肉も野菜も、コマンドで『切って』いたからその時点ですでにアウトだったんだ」

「それでは試してみましょうか?」



 その後、私がリナリスさんに簡易キッチンを貸し出すと、リナリスさんは自分のインベントリからボア系の肉と、自分の包丁を取り出し、『焼肉』レシピに従って、料理コマンドを使用して焼肉を作る。すぐに完成した焼肉をそのままに、今度は自分の包丁でボア肉を切り出し、簡易キッチンのコンロとフライパンで火加減を調節して焼く。


 そのふたつの焼肉を私たち四人で試食をすると、見栄えは明らかにコマンドを使って作ったものの方が美味しそうに見えるのに、味については圧倒的に手作業のものの方が美味しかった。



「コチさんの言う通りね。結局、美味しい料理を作るにはレシピやコマンドに惑わされずに、最初から最後まで自分で作ればいいってことなのね、リアルと同じように。そしてその方法で料理を作っていればおそらく【料理】スキルも生える、というわけね………………あぁ~! もう! 完全にやられたぁ!」


 私の言っていたことが事実だったと証明されたことでリナリスさんが頭を抱えながらのけ反って奇声を上げる。


「ゲームだからって、レシピやコマンドがあることを不思議に思わなかったからね」

「あ、でもよ。これからはリナリスが料理してくれりゃあ、俺たちも美味いもんが食えるってことだろ」

「そうよ。って言いたいところだけど、今の私が料理をしてもとてもコチさんレベルのものは作れそうにないわ。街で売っている串焼きが50Gでコチさんのが500Gだとしたらせいぜい150G相当のものが精一杯じゃないかしら」 


 リナリスさんが食にうるさいというのは本当らしい。まだ料理のシステムを確認しただけなのに結構鋭い見立てな気がする。


「その理由とかはさすがに教えて貰えないですよね……っていうか食を追求するなら聞いちゃだめね。根本的な部分を無償で教えて貰えただけでも幸運だもの、あとは自分で辿り着かないと」

「そうですね。それこそがゲームの醍醐味だと思いますよ」


 本当は別に隠すほどのものは何もない。私がしているのは丁寧な下処理と出汁の研究だけ。ただいろんな食材の下処理の基礎はおかみさんに叩きこまれているけどね。


 そのときイチノセの門がゴゴゴゴと開く音が響き渡る。どうやらいつの間にか開門の時間になったらしい。

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