第54話 試食

「あ……と、すみません、気が付かなくて。料理は売るために作っていたので売るのは構わないんですけど、街に入ってからゆっくり売ろうと思っていたのでまだ値段も決めていないんですよ」

「そ、そうなんですか……」


 それを聞いたエルフ女性は、お腹を押さえながらしゅんとしてしまう。う、なんだか私がエルフ女性を困らせている感じがして罪悪感が半端ない。さっと視線をエルフ女性の後ろに向けると、パーティメンバーなのか獣人と人族の男性冒険者がにやりと口元を歪めている。くそ! 庇護欲を抱かせる彼女を交渉役に立たせたのはそれが狙いか! 策士め!


 と、まあそんなくだらない内心の叫びは置いておいて。私は出来上がった串焼きの一本を木皿に乗せてエルフ女性へと差し出す。ま、食べた人の反応が分からないと値付けもできないしね。


「では、ちょっと試食してもらえますか? それであなたならこれにいくらの値段をつけるか教えてください。私としては街で売っている串焼きよりも美味しいだろうという自信がありますので、街の串焼きの50Gよりも高い値段だと嬉しいんですが」


 エルフの女性はぱっと顔を上げると目を輝かせる。


「わ、わかりました! 私でよければ精一杯務めさせてもらいます!」

「あ、うん……よろしく」


 おお、凄い喰いつきぶり。なぜ、このエルフ女性はこんなにもテンションが高いんだろう。と思っている間に、串焼きを受けとった女性はがぶりと一口目にかぶりつく。その瞬間に目がくわっと見開いたような気がしたのは見間違いだろうか。


 もぐもぐもぐもぐもぐ…………ぱく、もぐもぐもぐもぐ、ぱく、もぐもぐもぐ、ぱく、もぐもぐ、ぱく、もぐ、ぱくもぐ、ぱくぱくぱくぱく。


 その後、感想を言うでもなくひたすら食べ続けるエルフ女性、えぇ……と、すでに口の中がいっぱいで頬が膨らんでいるので、ちゃんと呑み込んでから次をかじって欲しい。げっ歯類じゃないんだから頬袋とかない……よね? まあ、ゲームだから食べ物を喉に詰まらせて死ぬとかはないと思うけど。


「お、おい、リナリス」


 あぁ、うん、名前にリスとか入っちゃってるんだ。そっか、じゃあ仕方ない……のか?


 ぱくぱくぱくぱく……ぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむ……


「どうなんだよ、う、うまいのか? うまいんだよな」


 後ろからパーティメンバーらしい獣人の男が一心不乱に肉をかじるエルフ女性に声をかけるが、リナリスと呼ばれたエルフ女性はその言葉には応えず、口いっぱいに頬張った肉をぎゅむぎゅむ言わせながら咀嚼している。多分味わってくれているんだと思うけど……そろそろ私も感想のひとつくらいは聞きたいところ。


「あの……お味はいかがですか?」

「ヴぁい! どってぼおびじぃでふ!」

「ぶ!」


 あう! く……やっぱり食べ終わってから聞くべきだった。乙女が出してはいけないものを私にぶっかけてしまったリナリスさんは慌てて口中のものを呑み込むと九十度に頭を下げる。


「す、すみません! あ、あの、私! 美味しものを食べるといろいろ周りが見えなくなっちゃうんです。それで、お料理があんまり美味しすぎて我を忘れてしまって」

「い、いえ……すぐに消えますから。それでどうでした? あなたならこの料理にいくらまでなら払えますか」


 口から吐き出された物は、数秒もすれば綺麗に消えるから別にいいんだけど……どうせすぐに消えるなら食べかけの物を吐き出せる設定とかもいらないんじゃないだろうか。なんで運営はこんなところまでこだわっているんだろう……あ、でも含み針とか、毒霧とかを戦闘方法にしている人がいたら必要か?

 いないかそんな奴。


「え、えっとですね。単純に味だけでいったら街の串焼きの倍は払っても惜しくないです」


 すると100G、日本円だと約千円くらいか? 最弱の魔物の肉だし、毛皮の買い取り額から考えても結構いい値段で売れる。これならある程度の資金稼ぎになる。ただ、称号のせいで兎肉を自分で調達するのが厳しいので、これで稼げるのは在庫の兎肉がなくなるまでだけど。


「あ、最終的な意見はちょっと待ってください。空腹度の回復についても調べますから。ステータスをオープンして……」


 あぁ、そうか、それもあった。リイドでの見習い中は空腹度が減らなかったから、それにすっかり慣れてしまって、つい空腹度システムを忘れてしまう。


「へ? ちょっと待ってください……回復率が、70パーセント? 串焼き一本で? こんな美味しいものを一本食べれば一食分賄えるってこと? 街の串焼きなんてせいぜい20パーセント回復すればいい方なのに? こんな……」

「あのぉ、どうしました?」

「10倍……」

「え?」


 食べ終わった串を凝視しながらぶつぶつと呟いているリナリスと呼ばれていたエルフ女性は私の声に反応すると串を放りだして両方の手の平を開いて私に見せた。


「10倍の500G出します! 私にありったけ売ってください!」


 は?


「ちょ! ちょっと待てよリナリス! そんなに美味くて効果もいいなら俺たちだって買うぞ! っていうか無料で一本もらったんだから、ちょっとは遠慮しろ!」

「なによ! そんなの関係ないわ! あんたたちだって私に毒味させるつもりだったくせに!」

「ば! ち、ちげぇよ! お前が食の探求したいって言うから譲ってやったんだ!」

「嘘ばっかりいわないで!」

「嘘じゃない!」 


 いきなり争い始めた里奈リスさんと獣人男性に呆気に取られていると、すっと前に出てきた人族の男性がにこやかに手をひらひらさせる。

 

「いつものことなんで放っておいてください、そのうち収まりますから。その間に僕も一本貰っていいですか?」

「はぁ、まあいいですけど、どうぞ」

「はい、では500」

「え? 本当に500でいいんですか?」

「勿論です。ああ見えてリナリスは味にはうるさいんですよ。このゲームの最大の欠点は料理がまずいことだ! ってずっと言い続けていたリナリスが10倍出してもいいと言ったなら間違いありません。むしろもっと高くても売れると思いますよ」

「はぁ……そういうものですか」


 右手で串焼きを渡し、左手でお代を受け取り手の中の500Gをインベントリに入れる。インベントリはお財布としても使えるので、中に入れればきちんと所持金額に加算され、通りすがりに所持金を掏られたりすることはない。


「あ、本当だ。すごく美味しいです」

「ありがとうございます」


 串焼きを口にした人族の男性が嬉しそうに微笑む。この世界の料理が全部、街の串焼きレベルだとすると確かにしんどいだろうな。でも、リイドでおかみさんの料理を食べなかったのかな。


「あの……えっと」


 せっかくだから聞いてみようと思ったところで、目の前の青年の名前が分からないことに気が付く。


「あ、すみません、僕たち自己紹介もまだでしたね。僕たちは『翠の大樹』というパーティで僕はレレンと言います。さっき試食をしたエルフの子がリナリス、犬系獣人の彼が一応リーダーでイツキです」

「私はコチです。仲間は……いますけど、いまは別行動中です」

「ログアウト中なんですね。それにしてもコチさんのパーティはいつもこんなに美味しい物が食べられるなんて幸せですね」


 ログアウト中というか、常にログインしっぱなしっていうか現地の人たちです。


「いえ、私は【料理】スキルがありますから、そのせいかも知れないですね」

「え! コチさんスキル持ちなんですか? 【料理】スキルってどうやって覚えたんですか……ていうのはやっぱり秘密ですよね。うちもリナリスがずっと覚えたがっているんですけど、取得条件がよくわかってないんですよ」


 【料理】スキルってそんなにレアなスキルではないと思うんだけど、違うのだろうか。


「えっと……私の場合は始まりの街で覚えた【料理】スキルを持ってきただけなので」

「え! スキルは五つしか持っていけないのに【料理】スキルを選んだんですか? 無茶しますね、コチさん……ん? というか始まりの街で【料理】スキルって取れましたっけ」

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