第53話 兎料理

「ある程度採取も出来たし、予想よりもハードで反省点も多かったけど魔物との戦闘も経験出来た。それに加えて思わぬ出会いと収穫もあったから、初めての探索としては上々の結果かな。今回はこの程度にして、あとは目についたものだけを採取してとりあえず街に帰ろうか」

『今から帰ると街が開いているか微妙な時間ではないか』


 トレノス様との邂逅中はまったく顔を出さなかったアオが、懐から顔を出して空を見みている。私の目にはまだ空が白んできているようには見えないが、ゲーム内時間を見るとアオの指摘は正しい。もしかしたらアオは星の位置とかで、ある程度時間が分かるのかも。


「早く着いたら、門の近くで待つよ。門番さんの話だとそこで開門を待つ人もいるらしいし、その人たちが話し相手になってくれたら情報収集もできるかも知れないし」


 仮に誰も待っていなかったとしても、そういうところでぼんやりと待つのも別に嫌いじゃない。



 結局、帰り道は採取もほどほどにして街に帰ってくるとアオの読み通り、空がようやく白み始めたころに門の前に到着した。


 門の周辺にはちらほらと焚火の見え、幌付きの馬車やリヤカーのような馬車が数台。さらに大地人か夢幻人かは分からないけど、冒険者らしき人たちも何人かずつでたき火を囲んでいたりする。扉の周辺に滞留していないのは、なにかあったときに通行の妨げにならないようにかな。

 ちなみに近づいてマーカー表示をオンにすればプレイヤーかどうかを判断することはできるけど、私にはこの世界の大地人をNPC扱いする気は最初からない。だからかなり最初の時期にマーカー表示はオフのままにしてある。


「結構たくさんの人がいるんだな。確かにこれなら魔物が出ても誰かが対処してくれそうだね」

『お主が倒せばよいのではないか』

「う~ん、多分なんとかなりそうだけど、私の見た目は完全に初期装備だからね。あえて目立つようなことはしなくてもいいかな」


 ここはイチノセだし街を初期装備で歩いていてもさほど目立たないだろうけど、東門付近の魔物を相手にだと多少不審に思われるかも。まあ、思われたところで別に構わないんだけど、変に絡まれて面倒なことになるのは楽しくない。


「さて、門が開くまではだいたい二時間くらいか。昨日は冒険に行きたくてほとんど街の中を見ていなかったから、街に入ったらいろいろ見て回りたいな。あ、そう言えばお金をほとんど使っちゃったんだっけ……せっかく見て回るなら面白いものとかあったら買い物とかもしたいな」

『素材を売ればいいのではないか?』

「そうなんだけどね……集めた素材はできればリイドに持っていきたいんだよね。どうしようか」


 私はインベントリを開いて中のリストを眺める。


「あ、そうか」


 これがあった。明らかに他のアイテムよりも数が多いアイテム、昨日まとめ売りした白毛皮を超える大量の……兎肉。

 こいつを売れば……でも、グラスラビットの肉は基本まずいから普通には売れないか。となると、私が下処理して……っていうかいっそ料理しちゃっえばいいのか。多分控えめに言っても街の中の串焼きよりも、おかみさんに教えてもらったグラスラビット料理のほうが絶対に美味しい。


「そうと決まれば」


 私は門の近くにたむろする人々たちの一番外側へと移動すると、そこに簡易キッチンを出す。四つあるコンロのうちのふたつに細長い鉄板を乗せて強火で温めておいて、おかみさんの地獄の指導でひたすら下処理した兎肉をどんどん出して、片っ端から串に刺して鉄板に乗せていく。味付けは最終的に塩のみになってしまうが、下味がわりに兎骨からひいた濃い目の出汁汁に一度くぐらせるのがコツ。こうしておくと兎肉だけだと足りない旨味が補充され、塩だけの味付けでも十分に美味しくなる。


 その間に残ったふたつのコンロを使って、コンダイさんから貰った野菜たち、ニンジ、ピマ、キャベを適度な大きさに切ったものと兎肉を一緒に炒めていく。ガラ、ミラコンビもお気に入りだった肉野菜炒めだ。出来たものから木皿に入れてインベントリへと収納、串やら皿やらは【木工】修行で嫌というほど作ったのでしばらく困ることはない。ちなみに鉄板も【鍛冶】修行中に親方から出された課題の中で作ったもの。鉄板の温度にムラが出ないように広い面積があっても厚みを均一に作るという課題でかなり難しかった覚えがある。


「あ、あのぉ、すみません」


 そんなことを考えながら無心に料理を続けていた私は、控えめにかけられた声に我にかえる。

 はっとして周囲を見回すとすでに陽が昇り始めている。時間を確認するとどうやら一時間以上料理を続けていたらしい。


「集中しているところに申し訳ないんですが……その、美味しそうな匂いが我慢できなくて、その料理を売ってもらえないでしょうか?」

「え? うぉ!」


 まったく気が付いていなかったけど、いつのまにか数名の冒険者が涎を垂らさんばかりの危ない顔で私の簡易キッチンを取り巻いていた。その中でどうやら交渉役を任された(押し付けられた?)らしい小柄な金髪碧眼女性エルフが他の冒険者に背中を押されるようにして私を見ていた。

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