第14話 薬屋ゼン


「こんにちは」

「ヒッヒッヒ……ようやく来たかい。おかしな夢幻人よ」


 扉を開けて挨拶をしながら中に入ると、そこはいままでとはおもむきの違う空間だった。これまで入ってきた建物は全体的に机と椅子の世界だったが、この薬屋さんは「和」とまではいかないが床の上の世界? なんというか、この空間自体の意識している高さが全体的に低い。

 店内の半分ほどは土間になっていて、壁には各種薬瓶が並んだ棚がある。しかしその奥は一段高くなっているだけで、カウンターのようなものはなく日本家屋の囲炉裏のような設備が備え付けられ、そこには不思議な色合いのなにかを煮詰めている最中の鍋が設置されている。

 その鍋の向こうから、楽し気な引き笑いと共に私の挨拶に応えてくれたのは、背中を丸めて鍋の中身を木杓でかき回しながら床の座布団に座っている老婆。エステルさんの言葉によれば、この人がゼン婆さんということになるのだろう。


「遅くなってすみませんでした、私はコチと言います。今日はクエストでこちらにお邪魔しました」

「ヒッヒッヒ、わかっとるよ。まあ、そんなところに立ちっぱなしもなんじゃろうて、こっちにきて座るがいい。座布団はあそこに重ねてある、勝手に使って構わんぞ。おっと、わかると思うが靴はそこで脱いどくれ。ここにはいろんなもんがあるでな」

「はい、お邪魔します」


 ゼン婆さんの言葉に従い、見習いのブーツを脱いでから段を上がり、壁際に積んであった座布団を持つとゼン婆さんの左側の囲炉裏に腰を下ろす。というか、そこ以外はいろいろな道具が置いてあって、余裕をもって座れるスペースがなかった。


「ヒッヒ、さて。コチと言ったね? わしはゼネルフィン・ドートリンクライル・シェスタンス・ドナ・グーテルミーティアンだよ」

「へ? あ、はい。よろしくお願いします。ゼネルフィン・ドートリンクライル・シェスタンス・ドナ・グーテルミーティアンさん」

「ほ! ヒッヒッ、たいしたもんだねぇ。一族以外じゃわしの名前を一度で覚えた奴は数えるほどだよ」


 だろうね……私もリアルで人の顔色を窺う生活が身に染みてなければ無理だった。名前を忘れたり間違えたりするのは、相手の機嫌を損ねさせるのに一番簡単なんだよね。つまり名前と顔をすぐに覚えて忘れないようにするのは、「僕」にとっての必須スキルだったんだ。


「そうなんですね、もしかして街の他の住民さんたちも本当はもっと長い正式な名前があったりするんでしょうか?」

「いんや、わしは古い部族の出身じゃからな。しかもその血筋も絶えて久しい……もうこんな長い名前の者はおらんじゃろうて、わしのこともゼンで構わぬよ」

「わかりました。えっと……エステルさんがゼン婆とお呼びしていたので、私もゼン婆さんとお呼びしてもいいでしょうか?」

「ヒッヒ! エステル嬢がかい? そりゃまた面白いのう。わしの前ではゼン様などと畏まっているのに……あぁ、コチや勿論呼び方はそれで構わぬよ」


 楽しそうに肩を震わせるゼン婆さんは、別に怒っているわけではなさそうだけど……もしかして私はやらかした? エステルさんは陰で呼んでいた呼び方をついうっかり漏らしてしまっただけだったのかも。あとで謝っておいたほうがいいかな?

 とりあえず早急に話題は変えておこう。


「では、ゼン婆さん。ポーションについて教えてください。クエストでは薬屋さんでポーションとしか示されていなかったので」

「そうじゃのう……クエスト自体は簡単なものじゃ。わしが初級の薬をいくつか説明して、初級のライフポーションを五つほどコチに渡せば、それでしまいになる」


 ゼン婆さんは脇に置いてあった緑色の液体の入った小瓶を五つ、私の隣に置く。


「そ、そうなんですか……」


 思ったより簡単にクエストを終えられそうだけど……正直言えばそれだとちょっと期待外れかな。もしかしたらここでポーションの作り方とかを教えて貰えるかもと思ったんだけど。


「ヒッヒッヒ、不満そうじゃな。この街の制約の一部を解放するような者が、それで満足するわけもなし」

「ははは、お見通しですね」

「わからいでか。もともと、ポーションをもらって納得しない夢幻人が作成方法などを聞いてきた場合は、簡単に作成方法を指導することになっておるからのう。教えてほしいんじゃろう?」


 なるほど。生産職を目指す夢幻人は、当然ポーション作成方法に興味があるから、薬屋であるここで作り方を聞く。本来なら、その言葉をキーにしてゼン婆さんの対応が変化するようになっているのか。

 それなら、私も教えて欲しい。ポーションとかを自分で作れれば、絶対に経済的だし、料理もそうだけどやっぱり作る楽しみというのは抗いがたい魅力があるよね。


「はい! 是非お願いします」

「ヒッヒッヒ、いいじゃろう。ではまず、材料集めからじゃな。初級のポーションなら癒草いやしそうがいるんじゃが……」

「あ! そう言えば……ゼン婆さん、これは使えますか?」


 材料ということで思い出した。

 街に入る前に【採取】が取れるかと思って適当に引っこ抜いた品種不明の各種草たちがインベントリに入りっぱなしなことを。便利なものでインベントリに突っ込んだ時点で草A、草Bみたいに種類ごとに整理されているから仕分けをする必要がなかったのがありがたい。

 その謎草たちが量の違いはあるけど、なんだかんだで六種類あったのでそれを全部インベントリから取り出してゼン婆さんの近くに並べてみた。


「ほうほう……これは驚いたのう。コチよ、おんしはこれらがなにかをわかって摘んできたのかえ」

「いえ、生えている草を採集したらスキルが取れるかと思ったので、とりあえず手あたり次第に……」

「ヒッヒッヒ! なるほどの、やはりおんしはおかしな夢幻人よの。ということは【採取】も取得済みじゃな?」


 ゼン婆さんは白い前髪で簾のように隠れていた目を隙間からのぞかせると、私をまっすぐに見据えてくる。その眼光はアルやミラたちのような武闘派の人たちに比べても遜色ない。


「は、はい」

「ふむ、それでいてこれらがなんだか分からないということは、鑑定系のスキルはないということじゃな」

「はい」

「ま、当たり前じゃな。本来はここでわしから薬草の知識を教わって【植物鑑定】を得てから採集に行って【採取】を覚えるはずじゃからな」


 そうだったのか……鑑定系が取れなかったら、あとで植物図鑑とかを探して勉強しようと思っていたけど、植物に関してだけでもここで教えて貰えれば助かるな。


「ふむ……本当なら癒草と浄花草じょうかそうだけを教えて取ってきてもらうのじゃが……漲理草みなぎりそうに、夢足草ゆめたりそう、なんと腑抜草ふぬけそうまであるのか……それに、ヒッヒ! こりゃええわい、この辺じゃ珍しいんじゃが、いやらし草まであるのう」


 ふぉお、なんかゼン婆さんの口調とその名前から、変なものを採取してきたっぽいぞ。ゼン婆さんが珍しいとかいうくらいだから……LUKさんの仕事だろうな。


「えっと、足りますか?」

「安心せい、これだけあれば十分じゃ。本来なら他の夢幻人と同じように最初の【植物鑑定】で鑑定できる薬草から、初級のライフポーションと解毒ポーションだけを教えるつもりだったんじゃが…………ふむ、皆が面白がってやりすぎてしまうのもようわかる」


 ゼン婆さんは六種の薬草を手に取って臭いを嗅ぎながら、小さなこえでつぶやいて、うんうんと頷くと私のところに調合に使う器具を押し出してきた。


「いいじゃろう。せっかく取ってきたんじゃからの、薬草の見分け方とこれらからできるポーションの作り方を教えてやろう」

「本当ですか! ありがとうございます!」





<【植物鑑定】を取得しました>

<【調合】を取得しました>

<【調合(毒)】を取得しました>

<【錬金術】を取得しました>

<簡易調合セットを入手しました>

<簡易錬金セットを入手しました>

<初級ライフポーション×5を入手しました>

<初級解毒ポーション×5を入手しました>

<初級マナポーション×5を入手しました>

<増力剤×5を入手しました>

<脱力毒×3を入手しました>

<興奮剤♂×1を入手しました>

<興奮剤♀×1を入手しました>

<チュートリアルクエスト5『薬屋でポーション』を達成しました>

<報酬として100Gを取得しました>

<チュートリアルクエスト6『鍛冶屋で装備について学ぼう』を受領しました>


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