第86話 思惑

「ふむ、なんとなく今回の災厄に私たちを関わらせた異界の神の思惑が見えてきたような気がするね」

「え? ウ、ウイコウさん、いつからいたんですか?」


 突然の後ろからの声にドキリとして振り向くと、いつの間にかそこには腕を組みながら白い顎鬚をしごくウイコウさんがいた。


「ん? 周辺を軽く探索して戻ってきたらコチ君と彼が会話をしていたね」


 つまりモックさんとの会話はすべて聞いていたということらしい。まあ、リイドの人たちにかかれば隠密行動が苦手なアルや、あんなに目立つ体格のコンダイさんですら私に気づかれることなく簡単に背後を取ってくる。

 【索敵眼】を常時、全力で展開していれば少しは違った結果になるかも知れないけど、【索敵眼】はアクティブスキルなのでそれもまた厳しい。


「ほとんど最初からいたってことですね。全然気が付きませんでした、それより異界の神の思惑ですか?」

「神の思惑を推し量るなんて罰当たりかも知れないがね。コチ君はどう思うかな」


 ウイコウさんおどけたように肩をすくめる。異界の神、すなわち運営の思惑……か。

 イベントの根幹はポイントを稼いで景品をゲットすることで、ポイントを得る方法として一番簡単なのはモンスターを倒すこと。そして、その過程を楽しむためのバックストーリーとしてリュージュ村の人たちとの交流がある。

 私はそう思っていたのだけど、ウイコウさんが思惑なんて言葉を使うってことはそれだけじゃないってことなんだろうか。

 それなら運営はこのイベントを通して夢幻人であるプレイヤーたちに何かを見せたい? それとも何かをさせたい? はたまた何かを伝えたいとか?


 そう言えば、アプリゲームなんかでありがちなのは新システムを導入する際に、そのシステムを使って行うイベントを開催して、そのシステムの知識や使い方を覚えてもらうというのがあったっけ。でも、今のところ運営から新システムに関する通知とかはなかったはず。

 

「すみません、わからないです。……私が思うに異界の神は基本的に夢幻人が活躍できる場を用意するだけだと思います。だから思惑と言えるようなものはないのではないかと……」


 結局私にはウイコウさんが感じている思惑が何なのかがわからなかった。私にならわかると思ってくれていたとしたら、期待に応えられず申し訳ないが嘘を吐くのはよくない。


「おや? ……ああ、そうか。コチ君は当たり前のようにやっていることだから、逆に気が付かなかったのかな」

「え?」

「ふふふ、コチさぁん。今のこの状況こそがその思惑なのでは~」


 はてなマークを浮かべつつ首をかしげる私にファムリナさんがニコニコしながら六花のメンバーたちを指し示す。


「え、今の状況……ですか? ただ六花の皆さんがものづくりの技術を学んでいるだ……け、あ! そういうことか」

「気づいたようだね。我々もつい忘れてしまうんだが、夢幻人たちというのは戦闘でも生産でもなにかとスキルに頼りがちな傾向があるようだね」

「はい、そのせいで今の夢幻人たちの間では生産活動が低迷しています」

「うん、異界の神とやらはその状況をよく思っていなかったのかも知れないね。そこへ生産技術が発達していたリュージュ村の危機が重なった」


 ウイコウさんは優しく教え諭す教師のように私へと語りかける。さすがに私もここまでくれば言いたいことは分かる。


「つまり、このイベント……じゃなくて災厄を利用してリュージュ村の人たちを夢幻人たちに助けさせ、ついでに夢幻人たちに正しいものづくりの技術を覚える機会を与える……そういうことですね」

「ま、推測に過ぎないがね」


 ニヒルな笑みを浮かべてあくまでも推測だと言うウイコウさんだが、その考えは正しい気がする。

 運営があえてわかりにくいように仕掛けた生産スキルの罠、その罠の解禁こそがこのイベントなのではないだろうか。

 運営は元々どこかのタイミングでこのイベントを開催して正しい生産スキルの使い方を公開するつもりだった気がする。これだけの規模のイベントを開催するにはかなりの準備が必要なはずだからそれは間違いない。

 ただ、開催のタイミングがこの時期になったのは、もしかしたら私が【料理】スキルの取得方法と料理の作り方を公開したせいかも知れない。これが広まってしまうと、遠からず他の生産スキルについても同じやり方が当てはまることに他のプレイヤーたちも気が付く。そうなるとせっかく準備してきたこのイベントの意義がごっそり薄れてしまうことになる。


「それにしても……コチ君の言った『異界の神は夢幻人に活躍の場を用意するだけ』……これはなんとも怖いね」

「え、どういうことですか?」


 イベントが怖い? ウイコウさんが深刻な顔で呟いたその言葉が聞こえた私は思わず問い返す。


「丸投げ、と言えばわかりやすかいコチ君」

「丸投げ? えっと、つまり……異界の神が夢幻人に活躍の場を用意することが丸投げということですか?」

「そうだね、今回の厄災よりは少し前にあった厄災に当てはめればわかりやすいかも知れないね」


 私はまだゲームを始める前だったけど、前回のイベントは確かイチノセの街にモンスターの大群が襲撃してくるイベントだったはず。初回のイベントということもあって、ほとんどのプレイヤーが参加し、押し寄せる方向ごとに強さが調整された魔物相手に初心者から攻略組まで楽しめたという好評価だった。


 これにウイコウさんの言うことを当てはめると、魔物が押し寄せるというのが運営が用意した夢幻人の活躍できる場になる。

 それを丸投げ。誰に? それは当然夢幻人たるプレイヤーにだ。

 今回は多くのプレイヤーたちが参加して問題なく全ての魔物が討伐されたらしい……でも、もし運営の想定よりもプレイヤーの参加率が悪かったら? プレイヤーのモチベーションが低くてモンスターに対処しきれなかったとしたら?


「……確かに大地人の皆さんにとっては怖いですね。もし夢幻人が魔物を討伐しきれていなかったらイチノセの街が大きな被害を受けていたかも知れません」

「そういうことになるね。だから今後も異界の神からの神託で厄災が起こるときは、なるべく私たちにも教えてくれると嬉しい。夢幻人たちで対処仕切れなかった場合も考えて、被害を軽減する対策を少しでもしておきたいからね。うん、これがわかっただけでも今回パーティに入れてもらえて良かったよ。ありがとうコチ君」

「いえ、とんでもないです。こちらこそ、夢幻人では気が付きにくいことを教えてもらえて良かったです。確かに今回の厄災も、私たちがカラムさんたちを助けると決めなければリュージュ村の人たちを助けようとする夢幻人はいなかったかも知れませんから」

「ふふ、コチさぁんがそういう人だからこそ、わたしたちも一緒に行くことにしたんですよぉ」


 ファムリナさんがにこにこと微笑みながら私の腕を抱え込む。

 ふぉぉ! う、腕が埋まるぅぅ! エステルさんのささやかな柔らかさもいいけど、それとは一線を画する暴力的かつ圧倒的な……(ぞくり)ん? なんだか背筋に寒気が走ったような気が……まさか、ね。

 ん? クロ? 小さく首を振る私の肩をクロの肉球がトントンと叩く。と、同時に私の脳内にクロの思念。


『コチ、キミがおっぱいエルフにデレデレしていたことはちゃんととんがり女に伝えておくから安心しなさいな』


 エステルさんにばれたらヤバい! そう考えた私はこの後、クロに隠蔽を約束させるのにいろいろと代償を求められることになるのだが、それはまた別の話。

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