第7話 模擬戦

 どうやらあれは本当にメリアさんが与えてくれた祝福だったらしい。【神聖魔法】はレベル1で【聖癒ホーリーヒール』という回復系の魔法が使えるようだ。しかもHPの回復と軽微な状態異常回復を同時にできるという凄い魔法みたいだけど、効果がふたつあるせいかMP消費は重め。ステータスが低いうちは多用は難しそうだ。

 ……あれ? でもリイドで【回復魔法】スキルって取得できたんだっけ? 


「まあ、いいか。あって困るものではないし、最終的になにを選ぶかを決めるときに選択肢が多いにこしたことはないか」


 取りあえず神殿を辞去して大通りに戻る。入口の看板でも見ていたけど、念のため帰り際にレイモンドさんから冒険者ギルドの位置も教えてもらう。勿論、ギルドが街に入ってすぐの建物だという結果は変わらず、また大通りを端まで歩いて戻らなくてはいけない。


 でも、一度通った道も逆から見るとまた違った景色に見えるから面白い。それに。


「こんな出会いもある。よ~し、よしよし」

「くぅん」


 店舗と店舗の狭い隙間から、白と水色の間くらいの淡く綺麗な毛並みの子犬が通りに出てきて私を見ている。艶のある長めの毛とふさふさの尻尾の手触りは絶対に極上品だろう。なんとか触らせてもらいたいと思って近づいてみると、子犬は人に慣れているのか私が近づいても逃げようとはせず、そっと手を伸ばして撫で回すと気持ちよさそうに目を細めてくれた。


「うわ、これがもふもふってやつか。それに気持ちよさそうにしているのも可愛い。リアルじゃペットを飼うような余裕はなかったし、ここでは魔物使いテイマー召喚士サモナーになるのもいいかもな」


 そんなことを考えながら、心ゆくまでもふりたおして子犬がもっとも満足したタイミングで解放してあげた。嫌われたらもう撫でさせてもらえなくなっちゃうかも知れないから、名残惜しいけどまた今度だ。


「また後でなでさせてくださいね」

「わふ!」


 元気よく答えてくれた子犬に手を振ると、後ろ髪を引かれつつ歩き始める。入口付近まで戻ってくると、そこにはレイモンドさんが教えてくれたジョッキのビールと剣を意匠した吊り看板がかかった建物がある。これが冒険者ギルドか、チュートリアルのひとつめはここで冒険者登録をすること。では、さっそく……といきたいところなんだけど。

 

 さっきからちょっと気になるものが視界に入っている。ひとまず足元の小さな石を拾うと【投擲術】を活かして、ちょっと山なりに投擲。

 投擲された小石は綺麗な放物線を描いて、私が狙った場所へと静かに落ちる。


「ぅ! いってぇ! なんだぁ、突然? む! おいこらコチ! いまのお前だろ! いきなりなにしやがる」

「アルが門番の仕事をさぼっているようだったから、ちょっと喝を入れただけですよ」

「さぼってねーし! ちょっと座ってぼーっとしてただけだろうが!」


 うん、どう考えてもそれがサボっているってことだよね。なのに、どうやら納得がいかないらしい。


「いやいや、お前信じてないだろう? よっしゃ説明してやるから、ちょっとこっちこいや!」

「やだ、めんどくさい。アルが来ればいいんじゃないの?」

「俺には門番としての役目があるから門の周辺でしか動けねぇんだよ!」


 え~、これからギルドで登録しなきゃいけないのに仕方ないなぁ。と思いつつも、こんな気安い会話ができるのも仲良くなったからなんだと思うと正直悪い気はしない。


「よし、来たな。いいかコチ、この街は特殊で外界から隔離されてんだ、これはいいな」


 チュートリアル専用で、時間の流れも違って、チュートリアル終了後は入れなくなる街だというのは知っているから頷く。


「で、だ。この街の周辺の平野部には弱い魔物しかいないし街への入口はここひとつだけ。ということは、俺がここにいる以上は例え俺が寝てたって魔物は中に入るなんてできねぇんだよ。だからさぼってたわけじゃねぇ!」

「えぇ~本当ですかぁ? だって始まりの街の門番ですよ、そんなに強いとは思えませんけど?」


 始まりの街っていうのは、レベル1の弱っちい勇者でも凄い! 強い! とちやほやしてくれるような場所で、周囲にはそんな勇者でも倒せるような魔物しかいないというのが定番。

 そんな街にいる住人が強いとは思えないし、仮にいたとしても街の目立たないところとかにいたり、酒場の隅で酒を飲んでいたりする隠れキャラで、絶対に門番なんかはしていないと思う。


「ばぁか! 始まりの街の人間が弱いなんて誰が決めた? それは大きな勘違いだ! いいか、この街は新しく来る夢幻人たちを受け入れ、指導し、世界へ送り出す重要な役目を負っているんだぜ」

「……そう、ですね」

「そんな街が万が一にも滅びちまったら大変なことだろうが! つまり、この街にいる住人はみんな達人ばかりってことだ。ある程度の知識と強さがなきゃ、夢幻人たちを教え導くことなんかできるわけねぇだろうが」


 な、なるほど。確かに言わんとすることはわかる。この街がもし魔物たちに襲われて滅ぼされてしまったら、新規ユーザーはどこからスタートすればいいのかという話になる。まあ、運営がわざわざそんなイベントを起こすことはないだろうから、その仮定は無意味なものなんだろうけど。


「じゃあ、門番のアルはなんの達人なんですか?」

「俺か? まあ俺は、武芸百般ってやつ? あらゆる武器の達人だが、特に得意なのは長剣と槍だな」

「へぇ……」


 地面に置いたままになっていた槍を手に胸を張るアル。だがどうしても典型的なモブキャラである門番のイメージが拭えない私は、話半分で気のない相槌を打つ。


「あ、ああ! お前信じてないだろ! ……ようし、いいだろう。その格好、すでに見習い装備を手に入れてきたんだろ? だったら俺が全武器について実戦形式で指導してやるよ」


 あ、それはちょっと面白いかも。どうせあとで武器を使って体を動かすつもりだったし。


「いいですね、それ。むしろこちらからお願いしたいくらいです」

「ふん、いい度胸だ。じゃあ剣からいくか」

「え、いつの間に剣を? まあいいですけど」


 いつの間にか手に持っていた槍を長剣に持ち代えているアル。どうやらNPCもインベントリ、もしくはアイテムバッグのようなものを持っているらしい。私も腰に差していた長剣を抜くと、ある程度距離を取ってアルと対峙する。


「知っているか、コチ」

「なにをでしょう?」

「〔見習い〕はリイドと斬っても切れない関係の特殊な職業だ。どんなに頑張ってもさほど強くなれない代わりに、不死の加護がついている。例え致死の攻撃を受けても、その体は死の直前、強制的にリイドの神殿前に完全回復した状態で転移される」


 死に戻りのことかな?


「〔見習い〕じゃない夢幻人も死ぬと光となって、別の場所に飛ばされるがそれとは違うぜ。奴らは死んで復活すると所持品を一部ロストしたり、しばらくの間だけ身体能力が下がったりする。だが〔見習い〕は死ぬ直前・・・・での転移だからそれがないし、転移時になぜか回復までする」


 あ、なるほど。つまり多少無茶して死んだと思っても、システム上の死亡じゃないからデスペナなしで何度でもやり直せるということか。普通ならチュートリアル中にHP全損とかはそうそうないと思うけど、もしものときにはありがたい。〔見習い〕の間だけだからあんまり恩恵は受けられないだろうけどね。


「えっと、それはわかりましたけど……それがこの指導となんの関係が」

「つまり」

「え?」


 いつの間にか、アルの持った長剣の剣先が私の喉元に突きつけられていた。えっと、洒落にならない速さなんですが? ……全然見えませんでしたけど。


「やりすぎてもすぐに戻って来られるんだな、これが。だからもしも、うっかりやりすぎちまったら、神殿前からここまでダッシュで戻ってくること。アルお兄さんとの約束だぜ」


 むかっ! 私に剣を突き付けながら、にやりと笑うアルの憎たらしい顔に久しぶりに本気でイラッとする。それならとばかりに、本気で斬るつもりで長剣を振ってやったがアルに余裕の顔でひらりとかわされる。


「く、この!」

「はん、あまいあまい。そんな振りじゃ、大地人の子供にすら勝てないぜ、コチ」

 

 そう言って笑うアルは悔しいくらいにイケメンスマイルだった。

 

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