第6話 神官騎士レイモンド・神官長メリア

 別れ際に何やらアナウンスが聞こえたけど、私的わたしてきには問題ないので放置でいいか。

 アルに別れを告げて門を抜けると、すぐそばに街の全景を描いた看板が立ててあった。これによるとリイドの街は後ろの山の裾野にめり込むようにして開いた扇形をしている。扇の要部分がこの道の突き当りにある神殿で、街へ出入りする門はここひとつだけ。

 外壁付近は各種農産物や家畜のスペースか……。もともとチュートリアル用のせいか大きな街じゃないし、扇の真ん中を通る大通りに主要な店舗がすべて並んでいる。店舗の裏側に一応住宅街が設けられているけど、広いスペースじゃないから、街の人口は多くても数十人くらいかな。


「そのくらいなら、せっかくだしこの街のみんな・・・と話してみたいな。よし、まずは神殿から始めてチュートリアルをこなしながら虱潰しに街を歩いてみよう」


 通り沿いに並ぶいろんな店を覗き見て、わくわくしながら大通りを歩いていくと神殿の手前に水路があって橋がかかっていた。


「へぇ、神殿を囲むように水路があるんだ」 


 見た感じでは橋はひとつしかないから、神殿に行くにはこの正面の橋を渡らなきゃいけない。橋の半ばまで行って下を覗き込むと、そこには思ったよりも綺麗な水が流れている。もしかしたら山からの水を引いているのかも。

 ここからだと魚がいるようには見えないけど、向こうで釣り糸を垂らしている人がいるからあとで釣れたかどうか聞いてみよう。

 あ! いま亀みたいのがいたかも? 街の中だから魔物ってことはないだろうけど、素材や食材になる可能性はあるからチュートリアルが落ち着いたらまた探してみるか。っと、取りあえずは神殿、神殿。


「リイドの神殿へようこそ、神々は異界より訪れし夢人を歓迎します」


 橋を渡り10段ほどの階段を昇ると荘厳な扉の前に白い板金鎧プレートメイル、白い手甲・脚甲、赤で裏打ちされた白いマントを装備した金髪、蒼瞳のイケメンが私を歓迎してくれた。うん、これは間違いなくアルの双子のお兄さんだ。髪の色こそ違うけど顔も体格もそっくり。


「はじめまして、私はコチといいます」

「これはご丁寧にどうも。私はこの神殿を守る神官騎士のレイモンドです。コチさん、まずは中で神官長メリア様のお話をお聞きください」

「わかりました。えっと、アルのお兄さんですよね」

「はい。ですが双子なので必ずしも兄というわけでは……」


 そこまで答えたレイモンドさんはなにかに気が付いて驚愕の表情を浮かべた。


「驚いたな……制約が解けている。まさかアルがなにかをしたのかい?」

「いえ、アルはきちんと門番の仕事をしていましたよ。制約は私がアルを質問攻めにしていたらなぜか解けちゃったみたいですけど」

「…………アルを質問攻め?」

「はい」


 笑顔で頷いた私を見て、レイモンドさんは堪えかねたようにお腹を抱えるとくつくつと笑い始めた。あれ、なにか面白いこと言ったっけ?


「いや、笑ってしまってすまない。私が覚えている限りでは、アルの役目は基本的に街の名前を伝えるだけだったはずだ。そのアルに質問攻めをしたというから、つい……ね」

「いや、意外と会話は成立していた気がしますけど」


 実際にいろいろアルのことを知ることができていたから、間違ってはいないと思う。私のその言葉にレイモンドさんは一瞬呆気にとられたようだが、思い直したように頷く。


「……君はいろいろと面白い人のようだね。とにかく、私たちはいつもどおり夢人を歓迎するよ。奥へどうぞ」

「ありがとうございます、レイモンドさん」


 せっかく会話の制約が解除されているからもっといろいろ話してみたいけど、今はクエストをしなきゃいけないし街も探索してみたい。街の探索が終わってみんなとひととおり話すことができたら、そこからひとりひとりとゆっくり話していくのもいい。リイドでは時間調整がされているから、かなり長い時間滞在しても現実時間はほとんど進まないらしいし。


 開け放たれていた両開きの扉を抜けるとホテルのチャペルのような礼拝堂があった。そして中央に引かれた赤いじゅうたんの通路のその先には、白い神官服を身に纏い銀色の長い髪をポニーテールにして、背後のステンドグラスからの光でキラキラした女性が錫杖を持って立っていた。あれが神官長のメリアさんかな。


「よくいらっしゃいました、夢幻人様。どうぞこちらまでおいでください」

「はい、お邪魔いたします」


 招かれるままメリルさんのところへ行ってから気が付いた。

 メリアさんが超美人です! 淡緑の瞳と優し気な微笑み、ゆったりとしたローブ風の神官服を着ていてもわかる、わがままなスタイルの慈愛系癒し美女。アルとレイモンドさんが二十代を折り返したくらいだとしたらメリアさんはまだ二十代に入ったばかりくらいに見えるけど、醸し出す雰囲気がとても癒される。なんかマイナスイオン的なものを放射していると言われても納得してしまって驚かないレベルだ。


「私たちは、あなたたち夢人がこの世界で生きていく為のしるべ。お話を聞いていただけますか」


 もちろん断る理由はありません。

 メリアさんのお話は要約すると、神殿からの依頼という形で簡単なクエストを発注するので、それを受けてくださいということだった。クエストをクリアすれば少ないながらも報酬をくれるらしく、しかもリイドにいる間の宿代は神殿が負担してくれるらしい。


<チュートリアルが開始されます>

<チュートリアルクエスト1『冒険者ギルドで登録をしよう』を受理しました>

 

「ありがとうございます。あなたの」

「あ、私の名前はコチです。せっかくなので名前で呼んでもらえないでしょうか、メリア神官長」

「……コチ殿、ですね。それでは、コチ殿の可能性を切り開くために私たちからの贈り物です」


 私の要望に笑顔で応えてくれたメリアさんが手に持っていた錫杖をシャンと鳴らす。


<〔見習い〕のシャツを入手しました>

<〔見習い〕のズボンを入手しました>

<〔見習い〕のブーツを入手しました>

<〔見習い〕の武器一式を入手しました>


 夢幻人に標準装備されているインベントリに入ってきたのは〔見習い〕シリーズの服とブーツ、それから各種の武器。これらは〔見習い〕しか装備できない特別製。ただし効果はお察し、ただ壊れないだけの初心者用装備だ。

 どうやらここにいる間にいろんな武器を使って、自分に合った武器を見つけてくださいということらしい。ちなみに〔見習い〕はチュートリアル職なのですべての武器を装備できる。

 ひとまずなんの効果もないシャツとズボンをシステムを使って見習いの服上下に換装して、革製のクロッ○スのような見た目の、なんの効果もない靴を見習いのブーツに交換。そして、見習いの長剣を腰に装備した。う~ん、地味に似合っていない気がする。まぁ、見た目のアンバランスさも、装備のステータスとしてもチュートリアルだからな。


見習いのシャツ

VIT +2 耐久 ∞

【清浄】  

〔見習い〕だけが装備できるシャツ。汚れを寄せ付けない祝福が掛けられている。壊れない。


見習いのズボン

VIT +2 耐久 ∞

【清浄】  

〔見習い〕だけが装備できるズボン。汚れを寄せ付けない祝福が掛けられている。壊れない。


見習いのブーツ

VIT +1 AGI +1 耐久 ∞

【清浄】

〔見習い〕だけが装備できるブーツ。汚れを寄せ付けない祝福が掛けられている。壊れない。


見習いの長剣

STR +3 耐久 ∞

〔見習い〕だけが装備できる長剣。壊れない。


 初心者用の装備とは言っても防具や武器を装備するっていうのは、やっぱりちょっとテンションが上がる。早く剣だけじゃなくいろいろな武器を装備してみたい! 転職すると職によっては装備できない武器もあるので、リイドにいるうちにいろんな武器を思う存分使っておかないと。


「素敵な贈り物をありがとうございました。メリアさん」

「この街での出来事はすべて泡沫うたかたの夢。お渡ししたものもこの街を去るときには消えゆくものです」

「そうですね……でも、そんなことは些細なことだと思います。頂いたものが消えてしまったとしても、私がいまメリアさんから頂いた贈り物を嬉しく思った気持ちが消えるわけではないですから」

「あら……ふふふ。ものは消えても想いは残る。確かにその通りです。それなら、私がいまコチ殿に抱いた『おかしな人』という想いも永遠ですね」

「え? それはちょっと……」


 思いがけない反撃に慌てる私が面白いのか、口元の笑いを上品に手で隠しながら笑うメリアさんは意外とお茶目な人らしい。


「また、あとでお邪魔します。そのときは神様についても教えてください」


 メリアさんの背後のステンドグラスの前に立ち並ぶ6体の神像、これがきっとこの世界の神々。たしか……ウノスとかドゥエノスとかって名前だったはず。この世界で冒険する以上はちゃんと神様たちのことも知っておいたほうがいい。そしてそれを聞くのに神官長であるメリアさん以上の人はいないだろう。


「……本当に面白い人ですね、コチ殿は。もちろん歓迎します、それこそ私たち神官の本務ですから。遠慮せずいつでもお越しください。それでは夢人に幸多からんことを」


 祝福を授けるかのように手をかざしてくれたメリアさんに丁寧に頭を下げる。


<【神聖魔法】を取得しました>

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